自魂電才と他評外才
「和魂漢才」という言葉がある。
日本人としての精神(和魂)を持ちながら、中国から伝わった学問や知識(漢才)を取り入れるという思想である。
当時としては合理的な考え方だった。
しかし、現代はどうだろう。
中国の学問を取り入れる時代ではない。
AI、インターネット、3Dプリンタ、SNS、LLM、世界中の知識が一瞬で手に入る時代だ。
必要なのは「何を使うか」ではなく、「誰が使うか」である
そこで私は、現代版として次の言葉を考えた。
自魂電才
自らの魂を軸とし、電子技術やAIを才として用いること。
魂とは価値観であり、思想であり、表現したいものである。
電才とはAIでも、コンピュータでも、3Dプリンタでも構わない。
技術はあくまで道具だ。
魂が先にあり、技術は後から付いてくる。
その対義語として考えたのが、
他評外才
他人の評価を魂の代わりとし、外から借りた才だけで自らを飾ること。
何を作りたいかではなく、
「何が伸びるか」
「何がバズるか」
「何点もらえるか」
が創作の出発点になる。
すると、技術は表現のためではなく、評価を得るための手段へと変わる。
AIも、流行も、テンプレートも、すべて借り物であり、自分自身は存在しない。
二つの思想
自魂電才
軸は自分
技術は道具
表現したいものが先
評価は結果
他評外才
軸は他人
技術は飾り
評価されるものが先
評価そのものが目的
現代は「AI時代」と言われる。
しかし、本当に問われているのはAIの性能ではない。
魂を持つ者がAIを使うのか。
それとも、
AIと他人の評価によって、自分の魂まで決められるのか。
技術の時代だからこそ、最後に差を生むのは技術ではない。
自魂である。
