スキャム臭いの次は「アルゴ臭い」が流行ると思う
少し前まで、違和感のあるコンテンツに対して人はよく「ステマっぽい」と言っていた。
その後、ネット上で日常語化したのが「スキャム臭い」だと思う。
ここで言うスキャムは、法律上の詐欺を厳密に指しているわけではない。
むしろ、
見せ方と中身の落差
期待値を意図的に吊り上げる入口設計
に対する違和感のラベルとして使われてきた。
サムネだけ強い。
タイトルだけ深そう。
最初の0.5秒だけ異様にフックが強い。
見た瞬間に「これ、なんか騙されそうだな」と感じる。
それが少し前までの「スキャム臭い」だった気がする。
けれど、最近は少し違う違和感が増えてきた。
騙された、というよりも、またこの構造か。この感覚だ。
私は最近、この違和感をアルゴ臭いと呼びたくなっている。
テンプレ臭い、と言ってもいい。
ただ、テンプレという言葉よりもう少し深い。
テンプレ臭が作品表面の既視感だとすれば、アルゴ臭はその背後にある最適化思想の臭いだ。
つまり作品の奥から、
「これは人に届けるために作られたというより、アルゴリズムに刺すために設計されているな」
という気配が漂ってくる。
たとえば今のコンテンツは、入口設計が極端に強い。
0.5秒で感情を掴む。
3秒で離脱を防ぐ。
最初の一文で結論を置く。
途中で感情を揺らし、最後に共感で閉じる。
もちろん、それ自体は技術だ。
問題なのは、それがあまりにも洗練されすぎて、作者の癖や思想よりも先に設計思想そのものが見えてしまうことだと思う。
見た瞬間に、
「あ、これ retention 用だな」
「ここで離脱防止入れてるな」
「ここで共感フック置いてるな」
と分かってしまう。
昔は「騙された」と感じていた。
今は違う。
見抜いてしまった。
ここが大きい。
スキャム臭は、受け手がまだ入口に引っ張られていた時代の言葉だ。
アルゴ臭は、その入口設計すら既視感化し、ユーザーが構造を先に嗅ぎ取ってしまう時代の言葉だと思う。
AI生成コンテンツが増えたことも、この感覚を加速させている。
最近よく「AI臭い」という言葉を聞く。
けれど私は、AI臭いの正体も、ある意味ではアルゴ臭だと思っている。
AIだから臭うのではない。
平均化された最適解、量産された共感、無難に磨かれた感情曲線。
つまり、アルゴリズムに最適化された既視感
これを人は「AI臭い」と呼んでいる。
人間が作っていても、同じように感じる作品は普通にある。
だから、AI臭いという言葉の本質も、実はアルゴ臭いに近い。
ステマは「誰が言わせているのか」への不信だった。
スキャムは「見せ方と中身のズレ」への不信だった。
そして次は、最適化されすぎた構造そのものへの違和感が主語になる気がしている。
その時に広がる言葉は、たぶん
アルゴ臭い
だと思う。
スキャムは「騙された」の言葉だった。
アルゴ臭は「見抜いてしまった」の言葉だ。
