迷惑な人ほど、時に魅力的に映る理由

「迷惑かけるな」

日本でよく聞く言葉だ。

子どもの頃から、
人に迷惑をかけるなと教わる。

なるべく空気を乱さず、
なるべく人の手を煩わせず、
なるべく静かに生きること。

それが良しとされる。

けれど、ふと思った。

迷惑って、本当に悪いものなのだろうか。

むしろ人は、
迷惑を受けることでしか、
感情を揺さぶられないのではないか。


迷惑とは何か

迷惑という言葉を考える。

時間を奪われる。

感情を乱される。

予定が狂う。

面倒ごとが増える。

確かにそうだ。

けれど、それをもう少し分解してみると、

迷惑とは、

「主体性を乱されること」

なのかもしれない。

本来こうなるはずだった。

こう動く予定だった。

こう考えたかった。

その流れが、
他者や出来事によって崩される。

考えたくなかったことを考えさせられる。

感じたくなかった感情を感じる。

つまり迷惑とは、

認知を揺さぶられること

なのではないか。

だから迷惑は、
単なる損害だけではない。

時に、

モヤモヤそのものを意味する。

恋愛は最大級の迷惑である

恋愛ほど迷惑なものもない。

予定は狂う。

感情は乱れる。

思考は乗っ取られる。

どうでもよかった言葉に傷つき、
返信一つで気分が変わる。

頭の中のリソースを、
勝手に占領される。

冷静に見ると、
かなり迷惑である。

なのに人は、
それを「魅力」と呼ぶ。

不思議だ。

つまり人は、

感情を揺さぶられるものに惹かれる

生き物なのかもしれない。

恋愛だけではない。

尊敬する人も、
嫌いな人も、
忘れられない人も。

多くは、
何かしらこちらを乱してきた人だ。

良くも悪くも、
感情を動かした人が記憶に残る。

創作もまた、迷惑から始まる

創作も同じなのではないか。

なぜあの言葉が引っかかったのか。

なぜ納得できないのか。

なぜモヤモヤするのか。

その

「なんでそうなった?」

を考える。

恋愛ソングも、
社会批評も、
小説も、
哲学も。

結局は、

感情を揺さぶられた記録

なのかもしれない。

創作とは、

乱された感情を、
自分なりに理解し直す行為とも言える。

だから、

迷惑こそが創作の根源

というのは、
案外間違っていない気もする。

「迷惑をかけるな」の先にあるもの

最近は、
迷惑を極端に嫌う空気がある。

少し合わなければ離脱。

少し重ければミュート。

少し面倒なら距離を取る。

もちろん、
必要な距離感もある。

無理をしろと言いたいわけではない。

ただ、

迷惑を避けすぎた先には、

何も揺れない世界

が待っている気もする。

感情も動かず、
価値観も変わらず、
何も考えずに済む。

快適かもしれない。

けれど、

そこに魅力はあるのだろうか。

創作は生まれるのだろうか。

結び

だから私は少し思う。

迷惑な人ほど感情を揺さぶり、時に魅力的に映る。

迷惑に、
良いも悪いもない。

あるのは、

その揺れから何を受け取るか

だけなのかもしれない。

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