ビジュアル萌え文化とキャラ萌え文化は別物だった
最近アニメやソシャゲを見ていて、ずっと感じている違和感がある。
「萌え」と一括りにされているけど、
実は**全く違う文化が混ざっているんじゃないか?**ということ。
それが
ビジュアル萌え文化と
キャラ萌え文化。
この二つは似ているようで、実はかなり構造が違う。
ビジュアル萌え文化
まずビジュアル萌え。
これは単純に見た目の魅力に対する萌え。
例えば
・可愛い顔
・巨乳
・髪型
・服装
・仕草
つまり視覚刺激としてのキャラクター。
構造としてはこう。
ビジュアル
↓
魅力
↓
萌え
この文化はSNS時代と相性がいい。
なぜなら一瞬で理解できるから。
例えば
一枚絵
キャラ立ち絵
PV
ガチャ演出
全部ビジュアルで成立する。
ソシャゲ文化が広まってから、このタイプの萌えはかなり強くなったと思う。
キャラは人格ではなくデザイン商品になった。
キャラ萌え文化
一方で昔のオタク文化には別の萌えがあった。
それがキャラ萌え。
これは見た目ではなく
人格への愛着。
例えば
・性格
・価値観
・弱さ
・トラウマ
・成長
こういうものが積み重なって「このキャラが好き」になる。
構造はこう。
人格
↓
物語
↓
愛着
↓
萌え
つまり時間をかけて成立する感情。
90年代〜2000年代のオタク文化はむしろこっちが中心だったと思う。
なぜ混ざったのか
問題はここ。
今はこの二つが同じ「萌え」として扱われている。
でも本来は
ビジュアル萌え = デザイン消費
キャラ萌え = 人格愛着
で、文化としてはかなり違う。
ソシャゲが文化を変えた
この変化の大きな原因はソシャゲだと思う。
ソシャゲの構造はシンプル。
キャラ
↓
性能
↓
ガチャ
つまりキャラは人格ではなく商品カードになる。
ここでは深い人格はあまり必要ない。
必要なのは見た目。
だからビジュアル萌えが強くなる。
SNSとビジュアル萌え
SNSも同じ構造。
SNSは
一瞬
↓
拡散
の世界。
つまり
ビジュアル
↓
いいね
が成立しやすい。
逆にキャラ萌えは
物語
↓
理解
↓
共感
が必要なので時間がかかる。
キャラ萌えの本質
キャラ萌えの面白いところはここ。
オタクはキャラをデザインとしてではなく人格として扱う。
例えば「このキャラならこうする」とか「このキャラはこういう人」みたいな話。
これはもう人間関係の感覚に近い。
つまりキャラ萌え= 人格萌え。
文化としては別物
まとめるとこう。
ビジュアル萌え
瞬間
視覚
デザイン
キャラ萌え
時間
人格
物語
同じ萌えでも実は文化の構造が違う。
そして今起きていること
今のアニメ文化では
ビジュアル
↓
キャラ
↓
物語
という順番になりつつある。
昔はむしろ
物語
↓
キャラ
↓
ビジュアル
だった。
この順番の変化が、最近のアニメに感じる違和感の正体かもしれない。
