アルゴリズムは「満足」を提供しない。探索を終わらせないために存在する。

なぜ私たちは、スクロールを止められないのか。

なぜ「そこそこ満足するもの」は見つかるのに、「完全に満足するもの」にはなかなか到達しないのか。

これはコンテンツの問題ではない。

構造の問題だ。

そしてこの構造は、現代になって突然生まれたものではない。

はるか昔から存在している。

テキ屋のくじ引きと同じ構造だ。


一等賞の目的は、「渡すこと」ではない

テキ屋のくじ引きにおいて、一等賞の本当の目的は何か。

それは、一等賞を渡すことではない。

くじを引かせ続けることだ。

もし一等賞が存在しなければ、人はすぐに離れる。

しかし、一等賞が簡単に出すぎても、人は満足して離れる。

だから最適な状態は、一等賞は存在するが、簡単には出ない状態になる。

重要なのは、「報酬」そのものではない。

「報酬の可能性」が存在し続けることだ。

この可能性が、探索を継続させる。

アルゴリズムの目的関数は「満足」ではない

現代のアルゴリズムも、同じ問題を解いている。

しかし、ここで誤解されやすい点がある。

アルゴリズムの目的は、ユーザーを満足させることではない。

目的は、滞在時間を最大化することだ。

これは技術的制約ではなく、構造的必然だ。

満足は、探索を終了させる。

探索が終了すれば、滞在も終了する。

したがって、滞在時間を最大化する最適解は、

完全な満足ではなく、探索状態の維持になる。

探索状態は、「未解決」によって維持される

探索状態は、完全な満足でも、完全な不満でも維持されない。

完全な満足は、探索を終了させる。

完全な不満は、離脱を引き起こす。

探索を維持するのは、その中間の状態だ。

「まだあるかもしれない」という状態。

この未解決性が、探索を継続させる。

アルゴリズムは、この状態を最適化する。

アルゴリズムは未知を発見する装置ではない

アルゴリズムは、過去の行動を基に未来を予測する。

これは未知を探索することではない。

既知の範囲を補間することだ。

アルゴリズムが提供するのは、最大価値ではなく、予測可能な価値である。

未知の最大価値は、予測できない。

予測できないものは、保証できない。

したがって、アルゴリズムは最大満足を保証しない。

保証するのは、探索の継続である。

問題はアルゴリズムではなく、目的関数にある

アルゴリズムは悪意を持っているわけではない。

単に、与えられた目的関数を最適化しているだけだ。

目的関数が滞在時間である限り、探索状態の維持が最適解になる。

これは設計の問題ではなく、定義の問題だ。

どのようなアルゴリズムであっても、同じ目的関数を持つ限り、同じ構造に収束する。

アルゴリズムは「満足の装置」ではなく、「探索の装置」である

現代のアルゴリズムは、満足を提供するための装置ではない。

探索を終わらせないための装置である。

テキ屋のくじ引きと同じように、報酬を保証するのではなく、報酬の可能性を維持する。

この構造は、個別のプラットフォームの問題ではない。

目的関数が存在する限り、必然的に生まれる構造である。

アルゴリズムは、満足を最大化しない。

探索の継続を最大化する。

そして探索が継続する限り、システムは機能し続ける。

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