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婚活全線異常あり ──「選ばれたい」が壊れていく。

「可愛ければ選ばれる」
「中身があれば選ばれる」
「年収があれば選ばれる」

……全部試して、全部、だめだった。

現代婚活の“正解”にすがる男女7人が、
それぞれの“異常”に気づいていく連作短編集。

最後に残るのは、“何も持っていない人”と、“問いを持った人”だった。

──今日も、婚活は異常でできていく。

#創作大賞2025


第1話:鏡の中だけ見ていた

〜外見ばかり気にしてる女性〜

——変身前の儀式

「光で飛ばして勝負するしかないの、わかってんの?」
自分に言い聞かせるように、絵理沙は鏡の前でハイライトを叩き込んだ。
鼻筋、頬骨、涙袋、顎下。陰影をコントロールして“光”を操作する。
元が地味なのはわかってる。中高時代、アルバム写真は背景扱いだった。

だからこそ、今の彼女には「努力で勝ち取った顔」があった。

ベージュのワンピ、巻き髪、レフ板級のハイライト。
婚活パーティーに挑む彼女は、まさに「戦闘形態」。

駅近の会場に着くと、すでに受付前では他の女性たちが“予選”を始めていた。
プロフィールカードの手書きの字をチラ見されたり、
「どこの美容室ですか?」と探るような視線を投げられたり──
視線、表情、距離感。全部、査定。

(わかってる。ここは選ばれる場所じゃない。
 “選ばせるに値する者か”を審査される、面接会場)


——武装が刺さらない違和感

「お綺麗ですね」
「モデルさんみたい」
「服装、すごく似合ってます」

初対面の男性たちは、想定どおりの褒め言葉を並べる。
絵理沙は反射で「ありがとうございます」と笑う。
だが──そのあとが続かない。

「で、最近ハマってることとかあります?」
「カフェ巡りです」
「へぇ〜……そうなんですね」

(終わった)

何人目だろう。毎回、似たような流れ。
外見は褒められる。会話は弾まない。
自分が用意した「整ったパッケージ」が、なぜか“中身にアクセスさせない壁”になっている。

隣の席では、ナチュラルメイクの女性が、
「犬、飼ってるんですか?」という何気ない会話で盛り上がっている。

(……あれでいいの?)

どこか悔しくて、焦りにも似た感情がこみ上げる。


——崩壊の一言

「カフェ巡りって、写真目的ですか? 味が好きなんですか?」

不意に、目の前の男性が静かに問う。

「え……どっちも、ですかね」
「どっちも、って答えが多いんですね。
今日、みんなにそう返してる感じがして……」

一瞬、頭に血がのぼった。

「……私、ちゃんと話してますけど?」
「そうかもしれません。でも、誰にでも通じる“答え”って、
結局、誰にも届かないことが多いですよ」

彼はそれだけ言って、静かに立ち去った。

絵理沙は、ふと手元のグラスを見た。
唇のあとが、きれいに残っている。
きれいすぎて、逆に自分が“誰とも触れ合っていなかった”ことに気づく。


——沈黙の問い

トイレの鏡。
映る自分は完璧だった。メイクも崩れていない。
だけど、その顔は“選ばれる女”ではなく、
“選ばれることに失敗した女”の顔に見えた。

スマホを取り出して自撮りしようとしたが、やめた。
カメラの向こうにいるのは“戦闘用の自分”で、
話し相手になってくれる気はしなかった。

「……私、誰かと話したかったんだっけ?」

呟いたその声が、自分の胸の奥にだけ届いた。

メモアプリを開き、指が震えながら書き込んだ。

「わたしは、何を隠してた?」

その問いの向こうに、少しだけ空が広がったような気がした。

──今日も、婚活は異常でできていく。


第2話:心の資格試験

〜内面を磨くことに必死な女性〜

——資格で武装した内面

智恵子のポーチには、いつも折りたたんだ「プロフィール補足資料」が入っている。
心理カウンセラー2級、メンタルケアスペシャリスト、読書会主催経験あり。
人の痛みに寄り添える人間になること──それが、彼女の内面磨きの目的だった。

かつて「外見ばかり気にしてる」と言われたことがある。
だから今は、“中身のある女”を貫いている。

話題は読んだ本、学んだ心理理論、日常の感謝。
ポジティブ、共感、成長意識──婚活で嫌われない内面は、もう把握済み。

「今日こそ、ちゃんと伝わりますように」
そう祈るように会場へ入った。


——“意識高い会話”の空振り

最初の男性に、「最近心に残ったことありますか?」と聞く。
彼は少し驚いた顔をしてから、「……えーと、カレーが美味しかった」と言った。

(あれ……?)

気を取り直して、次の男性には「メンタル面で支え合える関係って大事ですよね?」と語りかける。
相手は「そ、そうですね……」と、曖昧な笑みで目を逸らす。

(なぜ? 私、ちゃんと“意味のある会話”をしているのに)

隣では、自己紹介カードに「アロマ検定」や「整理収納アドバイザー」などが並び、
それをめぐって女子同士で小声の心理戦が起きていた。

(私はマウントじゃない、“内面”を語ってるのに……)

でも、どこか空回りしていた。
誰も、“彼女自身”には踏み込んでこない。


——崩れと反発

次に座った男性は、少し気だるげな雰囲気だった。

「内面って、どうやって磨くんですか?」

いつものように、智恵子は答える。

「自己理解と、他者との対話の中から学ぶことだと思います。
日常の中で“ありがとう”を大切にするとか……」

「……なるほど。でも、
今のお話って、“相手に好かれる自分”を作ってる感じ、しません?」

カチンときた。

「違います。“ありのままの自分”で、ちゃんと向き合おうと──」

「それ、“ありのまま”って言ってる時点で、“見せ方”を意識してるんですよ」

(なんなの、この人──)

怒りよりも、怖さに近い感情が湧いた。
“内面”ですら否定された気がして。

男は柔らかく言った。

「ごめんなさい。でも、あなたが“整えてきた言葉”にしか聞こえなくて。
なんか……本音がわからなかった」

そして去っていった。

——問いと沈黙

トイレの鏡。
自分の顔はいつも通り、ナチュラルメイクのまま整っていた。
だけど、目の奥だけが、やけに疲れて見えた。

バッグから「内面プロフィール補足資料」を取り出し、折りたたんだまま見つめた。
そこには「努力」と「正解」が詰まっていた。
でも、“誰かと本当に話した記憶”は書かれていなかった。

隣の席で、別の女性が「毎朝感謝ノートつけてて〜」と話していた。
かつての自分がそこにいた。

(私……ただ、“正しい”を演じてただけ?)

ノートの端にこう書いた。

「私は、誰と“話してるつもり”だった?」

その問いに、答えはなかったけど、
今夜の沈黙は、妙に静かだった。

──今日も、婚活は異常でできていく。


第3話:年収700万以上限定

〜スペック至上主義の女性〜

——数字が私を守ってくれる

「年収700万以上。これはもう、絶対」

莉奈は繰り返しそうつぶやいてから、プロフィールカードにチェックを入れた。
家庭はずっと苦しかった。奨学金で進学、母は持病、父は借金。
「結婚は安定」なんて生やさしいものじゃない。
──“安心できる場所に身を置く”ことそのものが、莉奈にとっての人生目標だった。

だから、恋愛?トキメキ?
そんなのは、現実が満たされてる人間が語るファンタジー。

「私は、二度と“お金のことで怯えたくない”」

今日の会場でも、真っ先に“年収欄”を睨む目は鋭かった。

——条件一致、それだけで終わる会話

最初の男性──730万、営業、都内一人暮らし。合格。
でも会話は浅い。

「趣味は?」
「映画ですね」
「お休みの日は?」
「家でゆっくりしてます」

(……それ、私でも言える)

次の男性──800万、管理職、持ち家あり。完璧。
でも、莉奈が話すたび、相手の目はどこかよそを見ていた。

(なぜ? こっちは“選んでる側”なのに)

隣では、もっとスペック低そうな女性が、なぜか会話を楽しそうに続けている。

(またああいう“空気いい人”枠?)

莉奈の指先に、力がこもった。

——壊れた安心計算

「条件、ってありますか?」と聞かれた瞬間、
莉奈は淀みなく答える。

「年収700以上、正社員、都内勤務。上場企業が理想です」

「すごいですね。じゃあ──その条件に合ってれば、誰でもいいんですか?」

静かで、丁寧だけど、核心を突いた声だった。

「え……それは、違いますけど……」
「違うって、何がですか?」

彼の目はまっすぐだった。
莉奈は言葉に詰まる。

「生活の不安とか、ありますよね。でも……
“この人と暮らしたい”って気持ちは、計算で出てきますか?」

反射的に返せなかった。
莉奈は、何も言えないまま、彼を見送った。

——問いと空白

帰り道、莉奈はスマホを開き、Excelの結婚条件表をスクロールする。
年収、職業、学歴、勤務地──すべて数字で整っていた。
でも、そこに“名前”は書いてなかった。

(私、安心が欲しかっただけ? 誰かと一緒にいる意味って……)

スマホを閉じ、ふと横を見ると、
カフェでひとり、話しかけられずに座っている女性がいた。
カードの年収欄には「400万」と書いてある。

でも、彼女は笑っていた。誰かの話にちゃんと笑っていた。

莉奈は、胸の奥が少しざわつくのを感じながら、
バッグの中の自分の「条件シート」を、そっと折り畳んだ。

──今日も、婚活は異常でできていく。


第4話:偏差値で恋は測れない

〜学歴至上主義の女性〜

——偏差値の中で育てられて

冴子の家は、偏差値で会話する家庭だった。

「うちはね、東大じゃないと“自由”じゃないの」
母の口癖を、冴子は幼い頃から信じていた。
テストの点数、模試の判定、進学実績。
評価されることが、生きていることと同義だった。

だから東大に入った。それは誇りでもあり、義務の継続でもあった。

婚活でも、自己紹介カードの最初に「東京大学」と書く。
学歴でつながらない相手とは、結局どこかで話が噛み合わなくなる。
──“共通言語”がないのだから。

——沈む会話、引きつる笑顔

「東大……すごいですね……」
「頭いいんですね……尊敬します」

そう言われることには、もう慣れていた。
でも、そのあと、決まって会話が続かない。

「そういえば、○○研究会に入ってて──」
「……へぇ〜、すごいですね(引き気味)」

彼らの目は、“すごい”というより“困っている”ようだった。

隣の席では、ゆるく笑っている文系女子が、
「なんか、こういう場でガチな話できるの、逆にレアですよね〜」と
愛嬌ある声で場を和ませている。

(……ああいうのが“モテる”ってやつ?)

内心で舌打ちした。彼女たちは“正解”じゃないのに、なぜか受け入れられている。
自分は“正しく”話しているはずなのに、弾かれていく。

——価値観の崩壊

「ご出身は?」
「えっと……△△大学です」

「そうなんですね(偏差値、20は下……)」

冴子の声が、少しだけ平坦になった。
相手の男性が、その空気を察して言った。

「……あの、正直に言っていいですか?」
「はい」
「学歴がすごいのは、わかります。
でも、“あなた自身”と話してる感じが、あんまりしなくて」

言葉が刺さった。

「……それって、どういうことですか?」
「なんかこう、“誰かに評価されてきた話”ばっかりで……
あなたが本当に何を楽しかったと思ってるか、わからなくて」

彼の声は静かだった。でも確かに、何かを壊していった。

——問いと空白

帰りの電車。
座席でふと取り出したのは、父から送られた大学新聞のコピー。
“卒業生紹介”に自分の名前があった。

だけど、その横顔の写真を見て、なんとも言えない感情が込み上げた。

(私……この顔で、誰かと一緒にいられるのかな)

“優秀”でいることは、自分を守ることだった。
でもそれは、“誰かに見せる”こととイコールじゃなかった。

スマホのメモ帳に、初めて自分に向けた質問を書いた。

「私は、“何かを好きになった自分”の話をしたことがあった?」

電車の窓に映る自分は、
今日も正しく、孤独だった。

──今日も、婚活は異常でできていく。


第5話:上から目線の人生

〜社会的地位に驕っている男性〜

——俺を見て、褒めてくれ

「まあ、俺レベルなら“負ける”ことはないよね」

一条達也は鏡の中の自分にそう呟いた。
33歳、大手総合商社勤務、年収1,200万、外資の提携プロジェクト責任者。
美容にも投資してるし、スーツは仕立て。靴はイタリア製の本革。

名刺は渡さない主義だったけど、今日はポケットに数枚忍ばせてきた。
「聞かれたら」出す。それがスマートな“武器の見せ方”。

(条件で選ばれることはあっても、弾かれることはない)

婚活の場は、彼にとって“確認作業”だった。
「自分が優れていることを、ちゃんと分かってくれる相手がいるかどうか」。

——褒め言葉の空洞

「お仕事、すごいですね!」
「そんな年収、初めて聞きました!」
「頼りがいありそうですね」

そう、これでいい。これが正解。
でも──返ってくる言葉のすべてが、どこか“距離のある感嘆詞”に聞こえてくる。

「へぇ〜」「さすがですね」「やっぱり違いますね」

──なんだこれ。賞賛というより、処理されてる?

会話が浅い。質問も広がらない。
誰も「自分の話を聞こう」としてくれない。

隣の席では、地味な男が「最近の失敗談」で爆笑を取っている。

(なにあれ……成功談じゃないのに、ウケてる?)

ざわざわと、承認がもらえない違和感が募っていく。

——“すごい”の限界

「いやぁ、一条さんって完璧なんですね」
ひとりの女性が言った。

「東大出身で、年収も高くて、顔も整ってて……
あ、なんか……完璧すぎて、逆に話すことないかもって思っちゃいました」

達也は笑った。
でも、心の中で、何かが切れた。

(じゃあどうしろっていうんだよ)

「……そうですか? でも、自分は努力してきただけですよ」
「努力、してきたんですね。でも……努力“してる人”って、
それを見せない方が魅力的かもしれません」

彼女はそれだけ言って、軽く頭を下げて去っていった。

名刺に目をやる。
今日、1枚も渡していなかった。

——俺を脱いだ“俺”って何?

帰り道、自販機で缶コーヒーを買ってベンチに座る。
ネクタイを緩めて、靴を少し緩める。
こんなに身体が軽くなるなんて思わなかった。

“スペック”を纏っていた時は、誰にも近づけなかった。
でも脱ぎ捨てた今の自分には、何を話せばいいかすら分からない。

(俺、今日、何喋ってた?)

話してたのは経歴。自慢。成果。
──“俺のこと”じゃなかった。

スマホのメモに、こう書いた。

「俺は、誰かに“すごいね”以外の言葉をもらったことがあったか?」

沈黙の夜。
その問いだけが、彼の中に素で残った。

──今日も、婚活は異常でできていく。


第6話:期限つきの魅力

〜若さのみを武器にする女性〜

——若さが唯一の資格

「若いって、ずるいよね〜」
それは、褒め言葉じゃなかった。

萌は24歳。婚活市場では“即戦力”とされる年齢だった。
自己PRには「素直で笑顔を大事にしています」と書いた。
服はやわらかい色味のワンピ。髪はハーフアップ。
「守ってあげたい」と思わせるように。
──全部、ネットとSNSで“正解”を研究した結果だった。

(若さは、いつか失われる。だからこそ、今使わなきゃ)

でもそれ以外に、自分が何を持ってるのか──萌にはわからなかった。

——笑顔だけが仕事

「いや〜、お若いですね!」
「妹にしたいタイプだなぁ」
「話してると癒されます」

──軽い。全部が軽い。

趣味の話も、仕事の話も、すぐ打ち切られる。
「へぇ〜」で流され、「若いねぇ」で終わる。
話してるのは、自分じゃなくて“若さ”だけだった。

隣の女性は30代前半、地味だけど知的な雰囲気。
彼女が話す仕事の話に、男性がうなずいている。

(ああいう人には、“中身”があるんだろうな)

自分には、“中身”なんて語れるものがない。
ただ、笑って、うなずいて、可愛くいようとするしかない。

でも──何かが、どんどん摩耗していった。

——武器が効かない瞬間

「すみません、ちょっと正直に言っていいですか?」

ある男性が、不意にそう言った。

「若くて綺麗だと思います。ほんとに。
でも……話してて、“何も伝わってこない”感じがして」

「……え?」

「妹キャラっていうか……言い方悪いですけど、
“この人と人生を一緒に歩くイメージ”が湧かなくて」

萌は、笑顔のまま固まった。

(……じゃあ、私、なんで来たの?)

——問いと沈黙

帰り道。駅のガラスに映る自分は、今日も“可愛く整っていた”。
でも、その顔は“誰かと話してた顔”じゃなかった。

(私……話すこと、何もなかったんだ)

スマホを取り出して、自撮りをしようとした。
けれど画面越しの自分を見て、そっとカメラを閉じた。

その代わりに、メモを開いてこう打った。

「私は、“若さ”がなくなったとき、何を話せる?」

問いは、静かに画面に残った。
それを見つめながら、萌は初めて少しだけ息を吐いた。

──今日も、婚活は異常でできていく。


第7話:何も持ってないけど

〜何も持ってない男性〜

——“何者でもない”日々

大地は、婚活の会場に入ったことがない。
プロフィールカードも、自己PR欄も書いたことがない。
というか──そもそも、書けることがなかった。

特技:なし
年収:平均以下
趣味:散歩と読書(でも人に語れるほどでもない)

アプリでマッチングしても、すぐ既読無視される。
会話が“映えない”のはわかってた。
写真の背景も地味。文章も普通。何をしても、「印象に残らない人」だった。

でも、大地にはひとつだけ得意なことがあった。

「人の話を、最後までちゃんと聞くこと」だった。

——通りすがりの帰り道

その日も、大地は駅前のベンチに座っていただけだった。
自分が出会いを求めるような立場じゃないと思っていた。

ふと、視線の先を、足早に歩く女性が通った。
コートの襟をぎゅっと掴み、目は伏せられていた。

“この人、疲れてるな”と、なぜか分かった。

(声なんてかけちゃダメだろ)
そう思いながらも、気がついたら歩き出していた。

「……あの」

その声に、女性が立ち止まった。

「もしかして……さっき、婚活イベントに……?」
「……違います。見てただけです」

彼女は、一拍置いて、やわらかく笑った。

「……じゃあ、すごく目立たない見学者ですね」

——誰かと話すということ

その夜、ふたりは駅の近くのカフェに入った。
コーヒーを飲みながら、ぽつぽつと話す。

仕事のこと、最近読んだ本のこと、
そして「なんで婚活に行けなかったか」について。

「なんか……怖かったんです。誰かに、“中身がない”って思われるのが」
「え、でも私、もう“中身あるフリ”で疲れたとこなんで。
空っぽ同士、ちょうどいいかも」

冗談交じりの声に、ほんの少し、救われた気がした。

——それでも名前を呼ばれた日

帰り道、駅のホームで電車を待つあいだ、ふたりは並んで座っていた。

智恵子がコートの襟を引き寄せるようにして、ぽつりとつぶやいた。

「昔、婚活で“話す価値もない人”って、目で言われたことがあるの。
……たぶん、私もそういう目で誰かを見てた」

大地は、胸の奥がちくりと痛んだ。

(俺も、“話す価値もない人”だったんだ)

誰にも引っかからなかった。誰にも「選ばれなかった」。
だからこそ、“話を聞くこと”だけが、自分にできる唯一の方法だった。
でも──それは、繋がりを諦めたわけじゃない。

彼はゆっくりと口を開いた。

「……だから、今日は声をかけたんだと思います。
自分が“選ばれなかった側”だからこそ、誰かをちゃんと見て、繋ぎたくて」

智恵子が、少しだけ目を見開いた。

「ねえ、呼んでもいいですか?」
「……うん?」
「智恵子さん」

その響きに、智恵子はふっと笑って、視線を落とした。

「……なんか、それだけで泣きそうになるのズルいよ」

大地は静かに笑った。
でもその胸の奥には、言葉にしなかったひとつの問いが、そっと灯っていた。

「僕は、誰かと話せる人間でいたい。
じゃあ、その“誰か”は──どうやって選ぶんだろう?」

静かに電車が滑り込んできた。
それに乗らず、ふたりは少しだけベンチに残った。

──選ばれることの外側で、
ふたりは“誰かといる”という感覚を、ようやく手に入れようとしていた。

──今日も、婚活は異常でできていく。


終章:列車の終点で

〜静かな再会と、問いの共有〜

その夜、ふたりは同じ駅で降りた。
電車の中で、ぽつぽつと話した。
仕事のこと、家族のこと、今日の疲れのこと。

誰も、正解を言おうとしなかった。
誰も、“すごいね”も、“可愛いね”も言わなかった。

ただ、“何を感じていたか”を話すだけだった。

智恵子は、何かを演じるのをやめていた。
大地は、はじめて“話してる実感”を持っていた。

「変な質問ですけど……」
「うん?」
「あなたは、私と話してて、“何を見てる”んですか?」

大地は、少し考えてから言った。

「……表情。と、間。と、言葉の途中にある、迷いとか」
「それって、何がわかるの?」
「わからないです。でも、そこに“人がいる”って思えるから」

智恵子は、ふっと笑って、視線を落とした。

その笑顔は、誰にも見せるために作ったものではなかった。

──婚活列車の終点。
ホームに降りたふたりの間に、特別な言葉はなかった。
けれど、静かに「選ばれること」から降りた人たちが、
ようやく“誰かと話すこと”を始めていた。

──今日も、婚活は異常でできていく。


エピローグ:その後の乗客たち

【外見女子】絵理沙
美容系の仕事に転職した。
“自分を整えること”を、人のために使うようになった。
誰かの笑顔が、彼女の「可愛さ」を超えていくたび、
少しだけ、自分の顔が好きになっていった。

【内面女子】智恵子
資格の整理をした。
“正しさ”で埋めた棚から、自分の好きなことだけを残した。
今は、近所の小さな読書会で人と話すのが日課になっている。
本を読むより、人と話す時間が好きになった。

【スペック女子】莉奈
条件表のファイルはもう開いていない。
今は、自分で経済的に自立できるよう、副業を始めた。
“安心”は誰かに与えてもらうものじゃないと気づいたとき、
初めて、「誰かと一緒にいたい」と思える余白が生まれた。

【学歴女子】冴子
教員免許を取り、大学ではなく“高校”で教えている。
偏差値より、教室の空気を読む方が難しいと気づいた。
「正解がない世界」を教えるたび、
自分が一番学んでいる気がしている。

【エリート男性】一条達也
名刺は持ち歩かなくなった。
最近は、同僚の相談に本気で乗るようになり、
「頼れるけど、ちょっと天然」と言われている。
“すごい”と言われなくても、人と笑い合える時間が増えた。

【若さ女子】萌
年齢の“カード”を失ってから、本を読み始めた。
自分が“空っぽ”だと思っていたのは、
まだ何も入れてなかっただけだと気づいたから。
今は、年下の子に「婚活ってさ」と語る側にまわっている。

【何も持ってない男】大地
相変わらず、何も持っていない。
けれど、隣に“ちゃんと話をしてくれる人”がいる。
それだけで、自分が「誰かになっている」気がした。

──それぞれが、降りた先で。

「婚活」という名の列車は、
誰かに選ばれるための高速移動だった。
でも、降りてみれば──
歩く速度でしか見えない景色が、たしかにあった。

──今日も、人生は、問いとともにできていく。

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