キャッチフレーズ文化はAI時代に廃れていくのか

「強い言葉を作る」ことは、長い間マーケティングの中心だった。
短く、覚えやすく、人の注意を引く言葉。いわゆるキャッチフレーズやキャッチコピーである。

しかしAIが普及し始めた今、この文化はむしろ終わりに向かっているのではないかと感じている。

AIが脅かしているのは小説や創作だと言われがちだが、実際にはキャッチフレーズの方が先に価値を失う可能性がある。


キャッチフレーズ文化は意外と新しい

キャッチコピー自体は古い広告にも存在する。
しかし「コピーライター」という職業が独立したクリエイティブ職として成立したのは比較的最近のことだ。

日本では1970年代以降、広告代理店のクリエイティブ分業の中でコピーライターが職業として確立した。
1980〜90年代にはテレビCMの黄金期とともに、コピーそのものが文化として語られるようになる。

この時代は「言葉でブランドを作る」時代だった。

さらに2000年代に入ると、キャッチコピー文化は広告の外へ拡張する。
ブログ記事のタイトル、ニュースサイトの見出し、SNS投稿、そしてライトノベルの長いタイトル。

インターネットの構造は一覧画面で情報が並び、タイトルだけでクリックするかどうかが判断される。
その結果、あらゆる言葉が「クリックされるための言葉」へと変わっていった。

キャッチフレーズは広告の技術から、ネット文化そのものへ広がったのである。

キャッチフレーズはクリック経済の産物

ネット上の多くのコンテンツは、一覧画面の中で選ばれる。

ユーザーが見ているのは本文ではなく、タイトルだ。
そこで重要になるのが「一瞬で目を引く言葉」になる。

つまりキャッチフレーズとは、

・短い
・強い
・目立つ

という特性を持つ言葉であり、クリック経済と非常に相性が良かった。

言葉の力でクリックを生み、クリックが価値を生む。
この構造の中でキャッチコピー文化は大きく成長した。

AIはキャッチコピーを最も得意とする

しかしここでAIが登場する。

AIは長い物語を書くよりも、短い文章を作る方が得意だ。
そしてキャッチフレーズとは、まさに短い文章の技術である。

AIに「キャッチコピーを作って」と頼めば、いくらでもそれらしい言葉が出てくる。
10個でも、100個でも、数秒で生成できる。

つまりキャッチフレーズは、AIによって最も簡単に量産できる言葉になった。

これが何を意味するかというと、
キャッチフレーズの希少性が消えるということである。

言葉の希少性が消える

キャッチコピーに価値があったのは、それを作れる人が限られていたからだ。

強い言葉を思いつく能力。
短い文章で心を動かすセンス。

それらは専門的な技術とされてきた。

しかしAIはその技術を一瞬で模倣する。
そして大量に生成する。

そうなると何が起きるか。

「強い言葉」そのものが、もはや珍しいものではなくなる。

誰でも作れる。
無限に作れる。

つまり言葉の希少性が失われる。

キャッチフレーズは信頼されなくなる

キャッチフレーズが溢れる世界では、もう誰もそれを信じない。

クリックを誘う言葉。
強い印象を与える言葉。
ドラマチックなタイトル。

それらがあまりにも多くなると、人はそれを「広告」として処理するようになる。

つまりキャッチフレーズは、むしろ警戒される言葉になる。

クリックさせるための言葉は、クリックされなくなる。

これはネット文化の中でもすでに起き始めている現象だ。

AI時代に残るもの

では何が残るのか。

キャッチコピーではない。

おそらく残るのは「コンセプト」だ。

言葉そのものではなく、
その言葉の背後にある構造や思想。

AIは言葉を量産できるが、
世界観や構造を簡単に作れるわけではない。

強いキャッチコピーよりも、
強いコンセプトの方が価値を持つ時代になる。

クリックされる言葉ではなく、
共有される作品。

AI時代の文化は、おそらくその方向へ進んでいく。

AIが本当に終わらせるもの

AIは小説や創作を殺すと言われることがある。

しかし実際には逆かもしれない。

AIが最初に価値を失わせるのは、
短い言葉の技術。

つまりキャッチフレーズ文化だ。

AIが言葉を無限に生成できる世界では、
強い言葉そのものに価値は残らない。

残るのは、
その言葉の奥にある構造だけである。

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