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チャーム

若さ。
それは、萌が持てた唯一の“チャーム”だった。
誰からも否定されず、誰にも強く肯定されず育った彼女は、
笑顔と愛想で“選ばれる女”を演じていた。

けれど、ある一言が彼女の仮面を静かに崩していく。
「話してて、何も伝わってこないんです」
──若さという呪いのカードが尽きたとき、
彼女は初めて、“自分”を育てる旅に出る。
#創作大賞2025


【第1章:映らない私】


──“可愛く見せる”ことは知っていた。けれど、私自身のことは何も知らなかった。

萌は、昔から「普通」だった。
可愛くもなく、ブスでもなく、目立つわけでもなく、嫌われることもない。
友達もいた。けれど、自分を「好き」と思ったことは一度もない。

中学の頃、仲のいい子が告白された話をしていた。
萌は笑って「すごいね」と言ったけれど、
心の奥では「私は、誰からも好きになられない側なんだ」と思っていた。

高校・大学でも状況は変わらない。
周囲はみな同じような年齢で、似たような会話をして、似たような服を着ていた。
だから「自分は平凡なんだな」と思いながらも、特に違和感はなかった。

「若いうちが勝負だよ」「愛嬌が大事だよ」
そんな言葉をSNSや美容系インフルエンサーが言っていたけれど、
そのときは、ただの“情報”として受け止めていた。

若さって、みんなにあるものなのに──どうして武器になるのか、よく分からなかった。
何が“魅力”なのか、誰にも教えられなかったし、自分でも深く考えたことがなかった。


【第2章:若さというチャーム】


社会に出て初めて、年上や異性と接するようになって、
「若いね」「癒し系だね」と言われるようになった。

そのとき初めて、その言葉の意味が“リアル”になった。

──そして気づいた。
これが、私にとって“唯一の武器”なのかもしれない、って。

24歳。婚活市場では“即戦力”とされる年齢。
プロフィールカードには「素直で笑顔を大事にしています」と書く。
服はパステルカラーのワンピース。髪はハーフアップ。声のトーンは少しだけ高め。
全部、“守ってあげたい”を狙って作った自分。

けれど、それが“本当の自分”かと聞かれたら、答えられなかった。
だって、私には「本当の自分」なんて分からないから。

若さというチャームだけが、唯一の戦えるカードだった。
だからこそ、今、それを使い切るまで、使うしかなかった。


【第3章:軽い言葉、重い空白】


──「若いですね」で終わる会話が、だんだん自分を削っていった。

「いや〜、若いっていいですよね」
「妹にしたい感じだよね」
「癒されます」

──全部、軽い。

趣味の話も、仕事の話も、広がらない。
「へえ〜」で流されて、「若いからなぁ」で終わる。
私という人間ではなく、“若さ”に話しかけられているだけだった。

隣の席では、30代前半くらいの女性が、落ち着いた口調で仕事の話をしていた。
それを男性が真剣に聞いていた。

(……あの人には“中身”がある)

それは、羨望でも嫉妬でもなかった。
ただ、自分にはそれがないという、確かな実感だった。


【第4章:崩れる笑顔】


──「人生を一緒に歩むイメージが湧かない」──言われた言葉は、なぜか納得できてしまった。

「すみません、ちょっと正直に言っていいですか?」
そう言った男性の言葉は、どこまでも静かだった。

「若くて綺麗だと思います、ほんとに。でも……話してて、“何も伝わってこない”感じがして」

「……え?」

「妹キャラっていうか……人生を一緒に歩むイメージが湧かないんです」

私は、笑顔のまま固まった。
でもその瞬間、どこかで「やっぱりな」と思っていた自分もいた。

(私、何も語れてなかったんだ)

会話が終わったあとも、鏡を見るように自分を振り返っていた。
中身を語れなかった自分を。
語るものを持ってこなかった自分を。


【第5章:私は、何を話せる?】


──問いだけが、画面に残った。

帰り道。駅のガラスに映る自分は、今日も“可愛く整っていた”。
でもその顔は、“誰かと話していた顔”ではなかった。

自撮りをしようとして、カメラを閉じた。
代わりに、スマホのメモ帳に書いた言葉はただひとつ。

「私は、“若さ”がなくなったとき、何を話せる?」

──問いだけが、画面に残った。

初めて、それだけが“本当の言葉”に思えた。


【第6章:本を開いた日】


──“可愛さ”じゃない“私の言葉”を、私はまだ育てたことがなかった。

ある日、帰り道の書店でふと目に入った一冊の本。
表紙には「魅力とは、誰かに与える前に、自分の中に育てるもの」と書かれていた。

気になって、手に取り、買って帰った。
読み進めるうちに、自分の中で何かが動き出すのを感じた。

それからというもの、自己の本質や生き方についての哲学書、エッセイ、対話本などを読むようになった。

そのとき、はじめて思った。
“空っぽ”だったのは、欠けていたんじゃなくて、まだ何も入れていなかっただけなんだ、と。

今は、年下の子に「婚活ってさ」と語る側にまわっている。
若さという呪いのチャームの下に、
ようやく“言葉”が育ちはじめた気がしている。

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