正義
「あなた、それでいいの?」
義母は、嫁の育児を見るたびに、心の中でそうつぶやいてしまう。
それは助言のつもりだった。支えのつもりだった。
──けれど、返ってくるのは、目に見えない距離と沈黙だけだった。
かつて、誰にも頼れなかった義母は、
“正しさ”だけを道しるべにして、孤独の中で子どもを育てあげた。
「私は間違っていない」
その信念は、自らを支える鎧となり、
いつしか他人の“やり方”を認められない呪いにもなっていった。
嫁の育児に口を出すたびに、
義母は自分の過去を肯定しようとしていた。
助けたかったのではない。否定されたくなかったのだ。
やがて、嫁との間に生まれた静かな断絶。
そして義母は気づく。
正しさを振るうことが、やさしさではないことに。
ラスト、義母は初めて何も言わず、ただ赤ん坊をあやす。
帰り際、揃えた靴の前でそっとつぶやく。
「違ってても、それはあの子の育児」──
その一言は、正しさを手放した者にだけ許される祈りだった。
#創作大賞2025
第1章 音のしない玄関
靴音を立てないように、そっと玄関の戸を引いた。
気配を悟られたくないわけじゃない。ただ、足音ひとつで空気が波立つことを、私は昔からよく知っている。
「お義母さん、どうぞ……あ、靴のままで大丈夫ですよ」
そう言いながら、あの子は毎回、私の靴を揃える。
前に出過ぎない、けれど拒まない。そういう距離のとり方が、いつも少しだけ切ない。
リビングから赤ん坊の泣き声が漏れてくる。甲高くもない、くぐもってもいない、なんというか、“自己主張のための泣き声”──そんな印象だ。
私は、リビングに入る前に手を洗い、鏡で前髪を直す。育児をしていた頃の私なら、こんなことには意味を見出さなかったはずなのに。
「さっき寝かしつけたんですけどね、また……」
あの子は苦笑しながら言う。
その言い方が、どこか“言い訳”のように聞こえて、私はなぜか胸がチクリと痛んだ。
「外には、あまり出してないの?」
言葉が出るのは、もう癖になっている。
私の中にある“知識”が、自動的に答えを探しにいってしまうのだ。
泣く=刺激不足、刺激不足=外出不足。
そう習ったし、そう思ってきた。だから、それを口に出す。
「……まあ、暑いですしね。今の時期」
あの子はそう答えて、視線をテーブルに落とした。
私は、何も言わず、ただ赤ん坊を覗き込んだ。寝ている。うっすらと汗をかいた額が、私の息子とよく似ている。
……あの子のときは、もっと泣いた。もっと神経質で、もっと過敏だった。
でも、私はそれを「育てた」のだ。やりきった。それが私の“正しさ”だと思っている。思い込んできた。
なのに、どうしてだろう。
“正しさ”を口にするたびに、あの子が少しずつ遠ざかっていく気がする。
第2章 正義のはじまり
あの子の家を出て、バス停までの道を歩く。
アスファルトの照り返しが強い。
帽子を持ってくればよかったと少し後悔するが、日傘をさすほどの余裕はいつもない。私は昔から、前を向いて歩くことしか知らなかった。
──子育てを始めたあの日から、ずっとそうだった。
夫は、仕事は真面目にしていた。けれど、家庭という場所に興味がある人ではなかった。
「俺は金を稼いでるんだから、それで十分だろ」
そう言ってテレビを見ながら酒を飲む人だった。
夜泣きがひどかった息子を抱きながら、私は何度もベランダに立った。
外は静かだった。私の心の中は、泣き声でいっぱいだった。
「誰も助けてくれないなら、自分がやるしかない」
そう決めたあの日から、私は少しずつ“強く”なった。
正しくあること、強くあること、間違えないこと。
それだけが、母親としての“証明”だった。
他人の目が怖かった。
公園で、スーパーで、息子が泣けば、自分の存在までもが否定される気がした。
だから私は、誰よりも先に正解を探した。
育児書、保健師の言葉、テレビの専門家のアドバイス。
どれも「こうすればいい」と言ってくれる。その“答え”にすがるようにして、私は“正しさ”を集めた。
それらを武器にして、私は育児と戦った。
間違えないこと。それが愛情だと信じていた。
……今思えば、それは“愛”ではなく“正義”だったのかもしれない。
息子が小学生になったころ、私はすでに「頼れる母親」だった。
周囲のママ友に助言し、保護者会ではリーダーを任された。
みんなが「頼りにしてる」と言ってくれた。
でもその一言が、私の中の“正しさ”をさらに強固にしていった。
「間違ってはいけない」
それはもはや、呪いだった。
第3章 “違い”は許せても、“否定”は許せない
「外にはあまり出してないの?」と聞いた日から、数日が経った。
嫁からの連絡はない。
息子からも、「ちょっと育児で疲れてるみたいだから、また落ち着いたら来てほしい」とだけ、短いメッセージが届いた。
私は、スマートフォンの画面を指先でなぞりながら、静かにため息をついた。
別に、怒っているわけじゃない。
心配だった。ただ、それだけ。
──なのに、なぜだろう。
あの子の中には、どこか「私に見られたくない場所」がある気がする。
見られることで、自分のやり方が試される。
そして私は、その“採点者”になってしまっているのかもしれない。
「違うって、わかってるんです」
前にあの子がそう言ったことがあった。
「うちの子には、うちの子のリズムがあると思うんです」って。
その言葉に、私は頷いた。けれど、心のどこかがざわついた。
違うのは、いい。そりゃ、時代も違うし、環境も違う。
わかってる。
でも──。
違うと言われるたびに、
まるで「私の育児が間違っていた」と言われているような気がした。
私の正しさを否定されるような、
あのときの夜泣きも、抱え込んだ孤独も、「必要なかったんじゃないか」と言われているような。
“違い”として片づけるには、あまりに私はあの時間を引きずっている。
だからつい、「でもね」と言ってしまう。
あの子が言葉を切ったとき、私の中にある“義”が、思わず口を突いて出る。
「でも、外に出るだけで、子どもってだいぶ落ち着くものよ」
「でも、母乳って、そろそろ切り替えた方が……」
それは助言のつもりだった。
けれど、あの子の表情が、ふっと曇るたびに、私はその言葉が“奪っている”ことに気づく。
奪っているのだ。
あの子の“今”を、あの子なりの“葛藤”を、
そして“私はこれでいいんだ”という小さな自信を。
私の正しさは、いつのまにか誰かの自信を削る道具になっていた。
違いは、許せる。
でも、その違いの中に、「私の否定」が混ざっていたら──
私の中の“正義”は、それを見過ごせない。
第4章 優しさという防衛
「お義母さん、来てくださるのは嬉しいんですけど……ちょっと、今は気持ちがいっぱいで」
玄関先で、あの子がそう言ったとき、私は頷くしかなかった。
にこりと笑って見せたけれど、そのまま帰り道で、ずっと頭の中がざわざわしていた。
“気持ちがいっぱいで”。
その言葉が、まるで「あなたの存在が負担です」と言われたような気がした。
優しく、丁寧な言い方だったけれど、それが逆に私の心に深く刺さった。
私は、何か間違ったことを言っただろうか。
間違ったことなんて、していない。
むしろ、正しいことしか言っていない。
ただ、少しでも助けになればと思って。
ほんの一言、言葉を添えただけなのに。
──なのに、拒まれる。
拒まれた理由を考える。
あの子が敏感すぎるのか、気にしすぎるのか、それとも私の伝え方が悪かったのか。
でも、どこまで考えても、たどり着くのは一つの疑念だった。
もしかして私は、あの子の“今”ではなく、
“自分の過去”を守るために、言葉を投げていたんじゃないか。
「私のときはね」
そのフレーズは、慰めのように見えて、自分自身に向けた呪文だったのかもしれない。
「私は間違ってなかった」
「私はひとりでも、ちゃんと育てた」
「私は、やりきった」
それを何度も自分に言い聞かせないと、
あの夜泣きも、孤独も、痛みも、全部無駄になってしまう気がして。
だから、「あなたのやり方もあるね」と言えなかった。
その一言が、自分のやり方を過去に追いやってしまう気がして。
「気にしすぎるのが一番よくないわよ」
「そんなに神経質にならなくて大丈夫」
「私はもっと一人でがんばってたわ」
──あれは全部、優しさの顔をした、防衛だった。
あの子を安心させたかったわけじゃない。
ただ、自分の正しさを、崩されたくなかっただけだった。
そのことに、初めて気づいてしまった帰り道。
バスの窓から見える街が、どこか遠く感じた。
私がずっと守ってきたものが、
今の私を、誰とも近づけさせない鎧になっていたのだとしたら。
私は、何のために“正しく”あろうとしてきたのだろう。
第5章 正義の孤独
夜、ひとりでお茶を淹れる。
テレビはつけていない。
音のない部屋は、かえって耳に残った言葉を反響させてくる。
「……ちょっと、今は気持ちがいっぱいで」
あの子の言葉が、何度も頭の中で繰り返される。
声は柔らかいのに、その奥にはっきりとした線が引かれていた。
「これ以上は、来ないでください」
そう聞こえてしまったのは、私が勝手に持っていた距離感のせいなのかもしれない。
私は、息子の育児日記を棚から取り出した。
あの頃は、日記というより、戦況報告だった。
“夜2時 授乳”
“3時半 泣き止まず”
“朝6時 ミルク少し飲むが吐く”
ページの隅には、時折震えた字で、「疲れた」「無理かもしれない」と書かれている。
それでも、「やりきった」と言えるようになるまで、私は書き続けた。
あれは、誰かに見せたくて書いたものではなかった。
でも、どこかで、「誰かが、私を見てくれている」と信じていた。
それが“未来の息子”であれ、“いつかの自分”であれ。
……けれど、実際には誰も見てなどいなかった。
夫は、私の疲れに気づこうともしなかった。
「おまえは神経質すぎる」と言ったのは、一度や二度ではない。
義母は、「そんなの誰でも通る道よ」と言った。
母は、「あんた、甘えてるんじゃない?」と電話で言った。
誰も、あの時の私を、肯定してくれなかった。
誰も、「気にしすぎてるあなたも、よくがんばってる」とは言ってくれなかった。
だから私は、誰かに言いたかったのだ。
「気にしすぎてるのは、ちゃんと愛してるからだよ」って。
「違ってても、あなたの育児だよ」って。
でも、それをあの子に言うことはできなかった。
私がそれを言ってしまったら、今まで私が自分に言ってきた言葉──
「正しさで戦ってきた自分」すら、崩れてしまいそうだったから。
私は、孤独の中で“正義”という名前の旗を掲げていた。
それが、唯一の誇りであり、
誰にも壊させたくない砦だった。
でも今、その旗が──
誰かの心に風を送るどころか、
壁になっていることに、ようやく気づいた気がした。
第6章 手放すことは、負けじゃない
それから少し時間を置いて、私は再び息子の家を訪ねた。
事前に連絡はしていた。あの子も「はい、大丈夫です」と穏やかに返してくれた。
玄関を開けると、赤ん坊の泣き声が聞こえた。
以前よりも声に芯があって、少しだけ世界に主張できるようになったのかもしれない。
私は音を立てずに靴を脱ぎ、そっとあの子の姿を探した。
リビングでは、嫁が抱っこしながら小さく揺れていた。
その目は、どこか遠くを見ていた。
疲れているけど、あきらめてはいない目。
私には、わかった。
あのときの私と、同じだった。
「お義母さん、お茶いれますね」
そう言った彼女に、「座ってて」と返し、私は勝手知ったる流し台で急須を探す。
昔なら、それを“勝手にやるな”と受け取られるのが怖かった。
でも今は、違う。
静かな時間が流れる。
赤ん坊が、少し泣き止んで私の顔をじっと見た。
その目に、ふと息子の幼い頃の面影が重なる。
「……この子、泣き顔もあの子にそっくりね」
私はそう言って、赤ん坊の頭をそっとなでた。
嫁は、少しだけ微笑んだ。
私は、それ以上何も言わなかった。
“アドバイス”も、“経験”も、“正しさ”も、今日は持ってこなかった。
帰り際、玄関に小さな靴が乱れて並んでいた。
私はかがんで、それをそっと揃えた。
そして、何気なく、ぽつりとつぶやいた。
「……違ってても、それはあの子の育児」
その言葉が、自分の中から自然に出てきたことに、私は少し驚いていた。
でも不思議と、負けた気はしなかった。
むしろ、何かをようやく“渡せた”気がした。
誰にも手渡せなかった“やりきった日々”。
誰にも認めてもらえなかった“強さ”。
それを、正しさという名の砦に閉じ込めず、
ただ静かに、あの子に託すことができた。
私は、少しだけ背筋を伸ばして、家をあとにした。
これからは、“違う”ということが、
“間違い”ではなく、“信頼”であることを、
私はこの年になって、ようやく知ったのかもしれない。
