借屍還魂は「権威を借りる計略」ではない──成功体験を再利用する計略である


人は成功を繰り返したがる

三十六計第十四計「借屍還魂(しゃくしかんこん)」は、
「既にある権威や名義を借り、新しい目的に利用する計略」
と説明されることが多い。
もちろん、それも間違いではない。
しかし、本当に重要なのは、
なぜ人は権威を信じるのか
という点である。
人は権威そのものを信じているのではない。
一度成功したものは、もう一度成功する可能性が高い
と認識しているのである。

成功体験は思考のショートカットである

生物は、
限られた認知資源で生きている。
毎回ゼロから考えていては、
危険への対応も、
餌探しも間に合わない。
だから、
一度成功した行動は記憶される。
同じ状況なら、
同じ行動を選ぶ。
これは怠けではない。
認知資源を節約するための生存戦略なのである。
成功体験とは、
過去の結果を利用して
未来の判断を省略するための
思考のショートカットなのである。

借りているのは権威ではない

借屍還魂で利用するのは、
権威そのものではない。
借りているのは、
成功したという記憶
である。
老舗企業。
復刻ブランド。
名門校。
「元○○」。
ベストセラー。
これらが信用されるのは、
権威があるからではない。
過去に成功し、
長く維持されてきたという記憶が、
人に
「今回もうまくいくだろう」
という予測をさせるのである。
権威バイアスは、
その一例に過ぎない。

成功の記憶は認知を省略させる

成功体験は、
自分自身の経験だけではない。
他者の成功もまた、
思考の材料となる。
「あの会社だから安心。」
「あの人が推薦している。」
「昔流行った商品だから。」
こうした判断は、
自分で検証しているように見えて、
実際には
過去の成功を現在へ転用している
のである。
つまり、
借屍還魂とは、
死体を借りる兵法ではない。
成功した記憶を借りることで、相手の思考コストを省略させ、新しい対象へ信頼を転移させる兵法なのである。

おわりに

生物は、
毎回新しい答えを探していては生き残れない。
だから、
一度成功したものを記憶し、
再利用する。
これは、
認知資源を節約するための合理的な仕組みである。
しかし、
その仕組みは利用されることもある。
過去の成功。
伝統。
ブランド。
肩書き。
それらは、
現在の価値ではなく、
過去の成功体験を思い出させる装置として働く。
借屍還魂とは、
権威を借りる兵法ではない。
人が成功体験を思考のショートカットとして利用するという認知の性質を利用し、その成功の記憶を新しい対象へ転移させる兵法なのである。

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