アルゴリズムゲームから降りるという選択

SNSではよく、

「良い作品を作れば評価される」

と言われる。

しかし実際に評価されているのは、本当に作品なのだろうか。


作品の評価と導線設計の評価は違う

現代のプラットフォームは、

  • 再生数

  • 滞在時間

  • エンゲージメント

  • シェア数

などを重視している。

つまり、作品そのものよりも、

「アルゴリズムに適した導線設計」

が評価される構造になっている。

その結果、

  • タイトル最適化

  • サムネイル最適化

  • トレンド便乗

  • コミュニティ形成

  • アルゴリズムハック

が作品以上に重要になる。

ならば競争相手は作品ではない

導線設計を重視するのであれば、競争相手は他のクリエイターではない。

競争しているのは、

「誰が最もアルゴリズムを攻略できるか」

というゲームである。

そのゲームでは、

  • 模倣される

  • 切り抜かれる

  • 再編集される

  • 先に拡散される

ことも起こる。

そして、アルゴリズムにより適した形へ再構成した者が勝つ可能性もある。

作品で負けたのではない。

ゲームルールの中で負けただけである。

是正を求めることの矛盾

もし自らもアルゴリズム攻略を行っているなら、

「アルゴリズムを改善してほしい」

という主張は、自身の優位性まで失わせる可能性がある。

つまり、

アルゴリズムハックによって利益を得ながら、
アルゴリズムの結果だけを否定することには矛盾が生じる。

不快感の正体

作品を模倣されたり、

「再生数を盗られた」

と感じたりすることに強い不快感を覚えるなら、

自分が本当に求めているものは再生数ではない。

求めているのは、

作品そのものへの評価

である可能性が高い。

アルゴリズムゲームから降りる

作品を評価してもらいたいのであれば、

導線設計ばかりを磨く必要はない。

磨くべきなのは、

  • 思想

  • 表現

  • 技術

  • 世界観

  • 独自性

という作品のコアである。

アルゴリズムは変わる。

プラットフォームも変わる。

しかし、本当に唯一無二の表現は、アルゴリズムの仕様変更によって価値を失うものではない。

だからこそ、

作品を評価してほしい者は、アルゴリズムゲームに執着するのではなく、自身の作品の核を磨き続けることが肝要である。

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