資産価値と資本価値
最近よく見る「賢い人の振る舞い」がある。
水筒を持つ。
無駄な出費をしない。
100円を惜しむ。
たしかに合理的だし、否定する気はない。
でも、ふと引っかかる。
その賢さは、何を生み出しているのだろう?
資産価値と資本価値は、似ていて別物だ
ここで一度、言葉を分けてみたい。
資産価値
お金
評価額
保有している数字
守られるもの
資本価値
モノ
技術
人
時間
信頼
再生産できる力
資産は「保存」の概念で、資本は「生成」の概念だ。
本来、お金は何かを生み出すための道具だったはずだ。
主客転倒が起きている
ところが今、よく見かけるのはこの順序だ。
お金を守る
お金を減らさない
お金が増えている気になる
何が生まれたかは問われない
100円を節約するために、思考と時間を大量に使う。
その間に、
試作は止まり
実験は先送りされ
現場は静かになる
守った資産は残るかもしれない。
でも、その間に壊れた資本は戻らない。
モノがなければ、貨幣に価値はない
当たり前の話を、あえて言う。
食料がなければ、紙幣は食えない
技術がなければ、投資先は存在しない
創作がなければ、市場は回らない
貨幣は価値そのものではない。
価値が行き来するための記号にすぎない。
行き先(=モノ・技術・体験)が枯れたら、
どれだけ数字を積み上げても意味は薄れる。
お金を否定したいわけじゃない
誤解されたくないので、これは書いておく。
節約が悪いわけじゃない
投資が無意味なわけでもない
お金を大切にする姿勢も重要だ
ただし、
資産価値を守ることと、
資本価値を育てることは、
しばしば反対方向を向く
という事実は、忘れられがちだ。
最後に
価値は、数字の中で生まれない。
現場と時間と失敗の中でしか生まれない。
お金はあとから集まる。
生まれる場所にだけ、集まる。
もし今、「賢くなっているはずなのに、何も増えていない」そんな感覚があるなら、それは浪費ではなく、資本を止めているサインかもしれない。
