前人未踏ではない。前人無関である
「前人未踏」という言葉がある。
誰も踏み入れたことのない場所。
誰も挑戦したことのない領域。
しかし、本当にそうだろうか。
エベレストは昔からそこにあった。
月も何千年も夜空に浮かんでいた。
新大陸にも人は住んでいた。
自然は、人類が発見する前から存在している。
「未踏」とは、本当に誰も踏んでいなかったことなのか。
私は違うと思う。
それは、
前人無関だっただけではないか。
誰も存在を知らなかったのではない。
誰もそこに関心を持たなかったのである。
リンゴは昔から落ちていた。
重力は昔から働いていた。
しかし、
「なぜ落ちるのか」
には無関心だった。
だから発見とは、
新しいものを作ることではない。
皆が見ていたものに、
初めて関心を持つことである。
そして最初に関心を持った人は、
称賛されるより先に、
「そんなこと考えてどうする」
と言われる。
無関心とは反対ではない。
もっと強力である。
存在そのものを透明にしてしまう。
だから本当に新しい挑戦とは、
未知へ向かうことではない。
人々の無関心へ向かうことである。
冒険家は未踏の地を探す。
発明家は未踏へ行く方法を探す。
思想家は未踏の概念を探す。
しかし、その最初の敵は自然でも技術でもない。
「どうでもいい」
という空気である。
私は思う。
前人未踏とは、人類の偉業を表す言葉ではない。
前人無関とは、人類の無関心を表す言葉なのである。
