侵害発見性が低い発明を言われるがままに出願してない?
このnoteでは、顕現性が低い発明の出願の意義を含め、特許で実現可能なことと、そのコストが釣り合うかを確認すべきである、ということをお伝えします。
特許事務所の弁理士や、知財部または知財担当者の方。
こんな出願を担当していませんか?
「これ、どうやって侵害を見つけるんだろう?」
「このクレームで、将来本当に差止めできるのかな?」
「でも、依頼者/開発部門が出したいと言っているから出願するしかないよな」
出願して権利化して、ここで一旦クローズ。
その瞬間は何も起きない。
でも、本当に怖いのはその後。
5年後、10年後、忘れた頃にクライアントや上司から言われるかもしれません。
「この特許で競合を止められませんか?」
「大企業が似たことを始めたので差止めできませんか?」
「この特許、何のために取ったんですか?」
そのときに、
「いやー、侵害の立証は難しいですね」
「当時、出願したいって言ったじゃないですか。そう言われたから私はそれを明細書にして権利化したまでです」
とはなかなか言えません。
だから、出願時点でその目的を確認しておく必要があります。
しかも、ただ確認するだけでは足りません。
依頼者や社内の期待値を、掛ける費用と釣り合う程度まで下げておく必要があります。
出願可否判断のフローチャート
そこで、出願可否判断のフローチャートを作りました。
これでもう迷いません。出願可否の判断を機械的にできます。

このフローチャートでは、「差止めまで必要か」「他社牽制・後願排除・実施権確保が目的か」「宣伝広告が目的か」「侵害立証が困難か」を順に見て、通常の出願、審査請求なしの出願、出願不可に振り分けています。
最初に聞くべきことは「差止めまで必要?」
このフローチャートの最初の質問は、
差止めまで必要?
です。
出願時の打ち合わせでは
「真似されたくないです」
「パクられたくないです」
「他社に使われたくないです」
とよく聞きます。
でも、それは本当に最終的には差止めまでする覚悟がある、という意味でしょうか?
訴訟してまで止めたいのか。訴訟費用まで予算化しているのか。
ここを確認せずに、
「パクられたくないなら特許出願しましょう」
とやると危ないです。
予算100万円で「パクられたくない」は無理です。期待し過ぎです。
「警告しても止めれなかった場合、1000万円、2000万円掛けて訴訟をしてでも止めさせたいですか?」と中小企業やスタートアップに聞くと、YESと答える会社はほぼありません。
だから、出願・権利化の費用の範囲で期待することを、クライアントや社内と合意を取ることが重要です。
開発部門や経営者は、軽く「真似されたくない」と言います。気持ちはとてもよくわかる。
でも、それが「訴訟までやる」「訴訟の費用も予算化している」という意味なのかは別問題です。
ここを出願時に確認しておく必要があります。
差止めが目的なら侵害立証できるかを見る
費用を掛けてでも差止めまで必要なら、次に見るべきなのは、侵害の立証が困難か?です。
つまり、他社がその技術を使っていることを外から見て分かるかどうかです。
製品を見れば分かる構造ならわかりますね。
でも、工場の中だけでやっている製法。
サーバーの裏側で動いているプログラム。
AIの内部処理。
こういうものは、外から見ても分かりにくいです。
もちろん、絶対に立証できないとは言いません。
でも、少なくとも出願時点で、
「これ、どうやって侵害立証するんだろう?」
と思う案件については、差止め目的で出願するのは相当慎重になるべきです。
ここを曖昧にしたまま出願すると、将来かなり困ります。
権利化後にクライアントや自社の上司から「競合がやっているので止めたいです」と言われたときに、「この特許、侵害立証が難しいです」と初めて説明するのは手遅れですよね。
だから、差止めが必要な場合には、顕現性が無いならそのことを出願時に説明しておく必要があります。
差止め目的じゃないなら顕現性だけで切らない
このフローチャートのポイントはここです。
差止めまでは不要なら、顕現性の判断を省略できる。
ここがかなり重要だと考えます。
一般的には、
「物は出願」
「ノウハウは秘匿」
みたいに言われがちです。
一般論としてはそうでしょう。
でも、それだけで判断すると、工場の中だけでやっている技術とか、UIからは想像できない裏側のプログラムとか、AI関連技術とかは、全部秘匿になりがちです。
それで本当にいいのか。
差止めが目的でなくても別の目的もあり得ます。
たとえば、
他社牽制
後願排除
実施権確保
です。
この目的なら、顕現性が低くても出願する意味があります。
他社牽制・後願排除・実施権確保なら出願
(1)他社牽制
工場の中だけでやっていることは、外から見ても分かりません。だから、差止め目的なら厳しい。
しかし、他社牽制が目的なら話は別です。
大企業は定期的に他社の文献をウォッチングしているので、特許公報を見つけたら勝手にやめてくれる可能性があります。
もちろん、必ずやめてくれるとは言いません。
でも、知財部員が特許公報を見つけたら、揉み消さずに上に報告するはずです。
今はコンプラがうるさいから、他社特許を見つけた上で、あえて真似するのはかなりリスクがあります。
また、弱い者いじめに見えることを大企業は嫌います。そんなことをすると今はSNSで炎上してしまい、一旦炎上すると消火するのは大変です。
「他社がコンプラ重視で勝手にやめてくれる」という観点を持ってないと、顕現性がない発明を出願する意義を説明できません。
皆さん、クライアントや上司にどのように説明をしているんでしょうか?
ここで、中小企業やスタートアップにとって一番怖いのは大企業に同じ商品・サービスを売られることです。
大企業に同じものを売られると、資本力の差で焼け野原にされてしまいます。
一方、クリアランス調査をしていないくらいの中小の同業他社がクリアランス調査をしてないからこそ参入してきた場合は、営業力とかスピードとか他の面でも対抗できます。もちろん、警告もすればいいし。
大きくない相手なら、まだどうにかなる。
だから、中小・スタートアップが一番避けたい、大企業が競合となってしまうことに対し、特許の牽制力がちゃんと効いています。
また、出願時に他社牽制を目的にしたとしても、他社牽制と差止めは地続きです。将来的に対象商品が大きな売上になった場合には、訴訟することにも経済合理性が出てくるかもしれません。
他社牽制目的でも、いざというときには差止めもできます。
なお、牽制目的だとしても、牽制目的だと外部に言うのは悪手です。やるときはやるぞという姿勢を見せておくことが重要です。
(2)後願排除・実施権確保
後願排除や実施権確保という意味でも、出願には意味があります。
利用発明の後願という極めて例外的なケースを除けば、自社が出願して公開されると、その後に他社が同じような内容で出願しても、自社が後願特許で差止めされる心配はかなり下がります。
これが、実施権確保のための出願です。
ここで「自社ホームページで公開したら、出願しなくても後願排除できるよね?」とも思われます。
理屈としては分かります。
しかし、審査官が最も検索しやすいデータベースである特許出願のデータベースに載せることで、後願の審査において見落とされる可能性を下げることが重要です。
自社ホームページに載せていたとしても、それを審査官が見落として後願が特許になったらどうするのか。
無効審判に持ち込まないといけない時点で負けです。
だったら、最初から審査官が検索しやすい特許公報として公開されるルートに乗せておく。
それが一番安全です。
宣伝広告目的の場合には特許権取得まで必要か?
次に、宣伝広告目的です。
「特許出願中」と展示会で言いたい。
営業資料に書きたい。
プレスリリースに書きたい。
投資家向け資料に書きたい。
この場合は、さらに、
特許権取得まで必要?
を見ます。
特許権取得まで必要なら、通常の出願です。「特許出願中」よりも「特許権取得済み」のほうが効果が高いと判断したような場合ですね。
その場合には審査請求して権利化を目指します。
でも「特許出願中」と謳えれば足りるなら、審査請求しないという選択肢もあります。
ノウハウを秘匿しつつ出願。
審査請求なし。
特許出願に対する期待値は最低です。
でも、審査請求しなくていいなら費用も最低です。
ここでも大事なのは、期待値の確認です。
「これは特許権取得が目的ですか?」
「それとも、特許出願中と表示できれば足りますか?」
「将来、競合を止めることまで期待していますか?」
ここを確認しておかないと、後でズレます。
どの目的にも当てはまらないなら出願不可
このフローチャートでは、
差止めでもない。
他社牽制・後願排除・実施権確保でもない。
宣伝広告でもない。
という場合には出願不可となります。
出願に向いている「物の発明」であっても、このフローチャートのどの目的にも当てはまらないなら、出願しないほうがいいと私は考えます。
「ライセンス収入が目的」の場合、このフローチャートで最初の分岐から全てNOになるので「出願不可」に流れます。
なぜなら「実現可能性が極めて低く、掛けるお金とリターンが見合わないから」です。
極端な話、「アイドルになりたい」という目的があったとして、このフローチャートにかけると分岐で全てNOになるので、この目的では特許出願してはダメ。
特許出願は、何かを叶えるための手段です。
でも、何でも叶えてくれる魔法ではありません。
弁理士も知財担当者も、ここを曖昧にしてはいけません。
依頼者や社内の人が「出願したい」と言っている。
だから出願する。
これだけでは、特に特許事務所の場合には、説明責任を果たしたことにはなりません。
「この出願の目的は何か」
「その目的は特許制度で実現できるのか」
を特許事務所はクライアントに確認すべき。
そして「その目的に対して、この出願は費用対効果があるのか」は出願人の経営判断です。
目的とは期待値
目的とは期待値です。
期待値が高いほど、必要な費用も高くなります。相関があるのが面白い。
最低の期待値は「特許出願中」と広告宣伝で謳うこと。
最高の期待値は差止め。
そして、最高の期待値には最高の費用がかかります。
世の中には、高い100円もあれば、安い100万円もあります。
結局は、その人の期待値がどこにあるかで、物・サービスの高い安いが決まります。
予算100万円で差止めを期待するのは、期待しすぎです。
でも、
「100万円で特許出願してその結果として他社牽制できる。それは高い?安い?」
と聞けば、高くはないと判断する会社は多いです。
つまり、費用の高い安いは、期待値=目的との関係で決まります。
だから、代理人や知財担当者は、出願前に期待値を調整しないといけない。
目的を達成できれば、がっかりしません。
「思ってたのと違う」を無くすことが重要です。
まとめ
世の中には、顕現性が低い特許権がたくさんあります。その特許の価値が必ずしも低いわけではありません。
他社牽制目的
後願排除目的
実施権確保目的
宣伝広告目的
目的が整理されていれば問題ありません。問題は、目的が整理されていないまま出願していることです。
「依頼者が出願したいと言ったから出願した」
「開発部門が出願したいと言ったから出願した」
「ノルマがあるから出願した」
この状態で、後から差止めを求められると危なくないですか?
「これをどうやって侵害立証するんだろ?」と思いながら、言われるがままに出願していませんか?
そのツケは、10年後とか忘れた頃にやってくるかもしれません。
だから、出願時に目的を確認する。
期待値を下げる。
合意を取る。
これは、クライアントのためだけではありません。
代理人や知財担当者が自分を守るためでもあります。
