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自分で考える、とはどういうことか

仕事をしていると、「自分で考えろ」という言葉を、
一度は言われたことがあると思う。

でも実際には、何をどう考えればいいのかまでは、
あまり説明されない。

その結果、とにかく早く、正確に、
言われたことをこなすことに意識が向く。

それ自体は、間違いではない。

正確にやる、はどこまで通用するのか

指示されたことを、ミスなく、期限通りに終える。

これは、仕事を始めたばかりの頃には、
十分すぎるほど評価される。

ただ、ある時期から、その評価は頭打ちになる。

理由は単純で、
それができる人は、想像以上に多いからだ。

差が出始めるのは、役割が変わるとき

年次が上がり、人をまとめたり、判断に関わる場面が増えてくると、
評価の軸が変わる。

「ちゃんとやれるか」より、
「どう考えているか」が見られ始める。

顧客とどう関係を築いているか。
課題をどう切り取っているか。
複雑な話を、どう整理しているか。

ここで効いてくるのは、スキルというより、
思考の癖だと思う

自分で考えないと、何が起きるか

自分で考える習慣がないまま仕事を続けると、
残る強みは、だんだん限られてくる。

ミスが少ない。
スピードが速い。

それ自体は価値がある。
ただ、それだけだと、「誰がやっても同じ仕事」に近づいていく。

結果として、
人としての判断が求められる場面から、
少しずつ外れていく。

自分で考える、の正体

自分で考えるというのは、
奇抜なアイデアを出すことではない。

「なぜ、そう判断されたのか」
「他の選択肢はなかったのか」
「その判断の前提は何だったのか」

こうした問いを、
一度、自分の中で引き受けてみることだと思う。

指示の裏側を見る

具体的には、
上司や先輩から指示を受けたとき、
そのまま動く前に、
少しだけ立ち止まって考えてみる。

この人は、
何を見て、
何を前提にして、
この指示を出したんだろう。

その視点に立とうとするだけで、
仕事の見え方は変わる。

真似るのは、動きではなく視点

芸事の世界では、
「師匠の技を真似るな。
師匠が見ているものを見ろ」
と言われる。

仕事も、同じだと思っている。

やり方をなぞるより、判断の視点を借りる。

それを繰り返すうちに、
少しずつ、自分の判断が立ち上がってくる。

自分で考える、とは判断を引き受けること

自分で考える力は、
ある日突然、身につくものではない。

日々の仕事の中で、判断の前提を想像し、
少しずつ引き受ける量を増やしていく。

そうやって初めて、
「自分で考えている」と言える状態に
近づいていくのだと思う。

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