invasion
いま感じていること、
考えこんでいることを、
小説のひとたちの口を借りて、
ひそやかに、ひっそりと
戦前に建てられたお屋敷の、ひろい西洋間に散らばりながら、三人はじっとBBCの放送に耳をそばだてていた。とおく遠くの隣国の雪は、べったりと血にまみれている。ほかのことはあまり手につかない。紬のきもの姿の八枝は、縫いかけの刺し子を手にしているが、針はずっと宙に浮いたままだ。この教会の牧師をしているパウロは、手元のスマホを見つめている。屋敷の主の真木は、束ねられたカーテンに寄りかかりながらまだ春の来ない晩冬の庭を眺めていた。
「もし」
真木が突然言い出した。
「もし呼ばれたらおれは行くだろうか」
八枝は刺し子を脇においた。その表情は意外に落ちついている。
「ずいぶんな老兵になりますわ」
「ウクライナは18歳から60歳だ」
「あなたはお行きになりたいの?」
「憲法九条のもとで教育されてきた人間は、祖国を侵略されたらどうすればいいのかなんて考えたことがないんだ」
「わたしたちの国籍はこの世にはない、と聖書はいいますけれど、もし実際に自分の国が侵略されることがあったら、キリストに生きるひとはなにをしたらいいのですか?」
八枝は、夫の言葉を引き継ぐようにしてパウロに問うた。パウロは画面を脇に伏せ、無意識に足を組みながら、英語で急いたように答えた。
「ぼくは日本人ではないから、もし日本が攻められたらどうすればいいかは答えられない。ぼくがアメリカにいて、アメリカが攻められたら武器を取るだろうけどね」
「ずいぶんな老兵だけどな」
真木はいまさっき年下の妻に言われた言葉を、そのまま同い年の親友に返す。
「第三次世界大戦が起こることはわかっている。そして大艱難の直前に、キリストはその花嫁を連れ去ってくださることも、聖書に書かれたとおりに信じている。けれどもしその前にこの世の戦に呼ばれることがあったら、おれはどうしたらいいのだろうか」
「聖霊に従うほかはないんじゃないか? お前がそのときに出来る最善がなにであるのか、知っておられるのは聖霊だから。一度も銃を取ったことのない、四十半ばでへっぽこな庭師が兵隊になるのが為になるのか、それともなにかほかの役目を与えられているのか」
「へっぽこを庭師に被せるな、雇われてるくせに」
「きっとアメリカでポールに誘われたときに、一緒にハンティングに行けばよかった、と思うだろうよ」
「日本に帰れば銃刀法があるから、狩猟なんかしたくなかったんだ。猟友会に入るならまだしも」
真木とパウロが軽口の応酬をしあうのを、八枝はいつものことのように眺める。
「考えているだけで、胸が押し潰されるような気がして、動悸がしてきますわ。法も道理もなにもかもを無視して、こんなことが起きてしまうんですもの。わたしは自分たちを守るものは九条だと教わって、そのとおりに投票してきたのに」
「アメリカに守ってもらえるから大丈夫って?」
すこし皮肉なパウロに、真木が返す。
「しかしその憲法は、アメリカ主導で作られたものなんだな」
パウロは落ち着かなげに顎ひげを撫でていたが、すこし息を整えてから言った。
「ここに来てからようやく、パールハーバーの話題で険悪にならない相手と結婚したい、とかいう独身のころの真木の戯れ言が、理解できるようになったよ」
「なんだかあんまり嬉しくありませんわ、真珠湾の話題が平和に出来るきみと結婚できてよかったよ、なんて言われても」
「それだけではないですがね、奥さん」
それ以上言わされてたまるか、というふうに真木。
「自分の国にいられる、というのは幸せなことだね。おれも帰りたいなあ、ディキシーランドに」
パウロは椅子の上に伸びをした。
「あの歌は、いま歌ったらまずいんじゃないのか?」
「極東に来てまで世知辛いこというなよ」
「なんの歌なんですか?」
パウロが八枝に、ディキシーを歌ってきかせる。
「ああ、南北戦争?」
「まあ、そうだね」
八枝はお察ししました、というふうに頷いた。
(注: Dixie は南北戦争《1861-65》で南部同盟の象徴のように用いられた歌。南北戦争は南部側が負け、Dixieはその後も古き良き南部の象徴とされてきた。パウロは南部アラバマ州の出身。南北戦争の争点のひとつであった黒人奴隷問題もあり、BLM運動後の世界において、アンタッチャブルな歌である。)
「だけれども、召集されて武器を取ることを余儀なくされるにしても、その大義になんら共感できないとしたら辛いだろうな」
「せめて日本がどこかに攻めいるような戦争に加担させられることはなさそうで、ほんとうによかったですわ」
「わからないがね。侵略された自国を守るというのは、とても単純な構図だけれど、戦争には大衆にわかりやすい表向きの大義だけではないものが潜んでいるから」
「アメリカ人の俺からしたら、なにをごねているんだ、武器を取れと思うけどね」
「日本では、戦争反対を唱える方が一般的なんだ。俺だって同意見だ。攻めいられる瞬間まで反対だと言い続けてやりたい。攻めいられたって、戦争をしたいと積極的になることはないだろうよ」
「わたしはずっと、鷲尾の祖父に戦争の話を聞かされて育ったんですの。祖父は医学生だったので、学徒出陣は免れていたのですけど、東京大空襲で焼きだされたんです。曾祖母もそのとき亡くなったそうですわ。小さい頃から折に触れて、体験談を聞かされてきましたもの。いまさら戦争反対のその先を、と言われてもどうしたらいいのかわからないんです」
「戦争もなにもかも、この世界のことに過ぎない。この世には争いが絶えない、人間にはそれを止める力など無いに等しい。でもなによりも、頭に浮かんでくるのは、神の道は人間の道とは異なり、はるかに高く越えている、という言葉だね。なんとかして、ぼくたちはその高い道に生きなくてはならない。肉体はいまこの戦争の火種のくすぶる世界を生きているのだから、難しいことだけれど、でも神に依り頼めば、不可能なことはないだろう?」
そこまで言うと、パウロは、すがるような眼差しを自分に向ける八枝に言った。
「だけどね、八枝ちゃん。ぼくが牧師だからって、すべての状況に際して、すべての答えを即座に用意できると思ってもらったら困るよ。ぼくも八枝ちゃんと同じだ、日本人ではないけどね。こんな侵略戦争を見るのは初めてだし、この状況下でいかに神に導かれていけばいいのか、ぼくだってまだわからない」
パウロは遠くをみつめた。まだわからない、まだわからない、とその言葉は八枝の頭に木霊したけれど、思い返してみれば、二年前も同じようなことを感じていたのだった。パンデミックが始まったときも、未来は見えず、みことばは知っていれど、右も左もわからなかった。けれど、神は一歩一歩導いてくださり、わたしたちは生きているし、神に頼りきることで確かに成長した。ここまで連れてきてくださった神は、いまさらわたしたちを見捨てることなんかない。
未来はみえなかった。いまここにあるけれど、日常ほどたしかに見えて、その実もろいものもなかった。いのちはもはや漠然と生きるものではなくなった。けれどわたしにはキリストがいる! そう思ったとき、八枝のこころに状況に反する喜びが溢れだした。その一点だけを見つめてさえいれば、きっとわたしは主の喜びをわたしの力とすることが出来るのだ、とそこまで思ったところで、八枝はソファから腰を浮かせた。
「コーヒーを淹れてきますわ」
「八枝ちゃん、ぼくが淹れよう」
むかしバリスタをしていたパウロが、任せておけと言わんばかりに立ちあがって出ていった。部屋はほの暗く、しずまりかえっている。真木はまだ庭の枯れた草木を眺めていた。なにがおきようと、主よ、あなたを信じつづけます。ひとことひとことを舌のうえで転がすように確かめながら、八枝はとなえた。それに気づいて真木はこちらを振り返ると、やさしい顔でかすかに微笑んだ。パウロのコーヒーは、いつもより濃くて苦かった。
