「スタッド・ランス(Stade de Reims)」ー1958年W杯に挑んだフランス代表黄金世代の象徴的クラブと「2人の天才」
1958年フランス代表の「2人の天才」

1958年、スウェーデンで開催されたW杯に出場したサッカーフランス代表は、第1次黄金世代と呼ばれるに相応しい結果を残した。フランス代表の創設後、初めて出場した大会で3位という栄誉を得たのだ。そんなチームの象徴が、レイモン・コパとジュスト・フォンテーヌだった。サッカーファンであれば、誰もが知る「2人の天才」である。
レアル・マドリードCFのレジェンドでもあるコパは、いわずと知れた史上最高のサッカー選手の1人。大会が開催された1958年には、バロンドールを受賞した。対するモロッコのマラケシュ出身のフォンテーヌは、1958年W杯で出場した6試合で13ゴールを記録した、強力なストライカーだった。実はこの2選手には、ある共通点がある。
どちらも黄金時代の「スタッド・ランス」でプレーしたのだ。
スタッド・ランスとフランス代表

1958年のフランス代表は、スタッド・ランスを土台としたチームだった。当時、フランス代表を率いたアルベール・バトゥーがスタッド・ランスとの兼任監督だったことが象徴だろう。1950年にランスの監督に就任したバトゥ―は、1955年、フランスサッカー協会(FFF)の要請を受けて代表監督に就任。当然のごとく、選出メンバーもスタッド・ランス出身の選手が多くを占めた。
GKのドミニク・コロンナ、中盤のロバート・ジョンケとアルマン・ペンヴェルヌ、FWのフォンテーヌ、ロジャー・ピアントーニ、ジャン・ヴァンサンの6名は選出当時クラブに所属し、それ以外にもコパを含む3名がクラブ在籍経験者だった。しかし、その選出は当然ともいえた。なぜなら当時のスタッド・ランスはフランスのみならず、ヨーロッパを代表するクラブの1つだったのだ。
史上最強の「スタッド・ランス」

1950年代のスタッド・ランスは、フランスを代表するクラブだった。1948/49シーズンに初のリーグ・アン優勝を成し遂げたランスは、1961/62シーズンまでに5度のリーグ優勝を達成。クープ・ドゥ・フランスでも2度の優勝を果たすなど、「フランスの絶対王者」となった。またスタッド・ランスの特筆すべき成果が、1953年のラテンカップでの優勝と2度のヨーロピアンカップ決勝進出だ。
ヨーロピアンカップは現在のUEFAチャンピオンズリーグの前身で、1955/56シーズンに初代王者のレアル・マドリードと決勝で対戦したのはスタッド・ランスだった。またヨーロピアンカップの前身ラテンカップは、スペイン、イタリア、フランス、ポルトガルのリーグ王者の間で行われ、スタッド・ランスは1953年大会で「グレ・ノ・リ・トリオ」擁したACミランを破り、優勝したのだ。
1956年ヨーロピアンカップ決勝のメンバー

GK ルネ=ジャン・ジャケ
RB サイモン・ジムニー
LB ラウル・ジラウド
RH ミシェル・ルブロンド
CH ロバート・ジョンケ
LH ロバート・シアトカ
OR ミシェル・イダルゴ
IR レオン・グロワッキ
CF レイモン・コパ
IL ルネ・ブリアード
OL ジャン・テンプラン
監督:アルバート・バトゥー
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