トルコの湘南に住む成功者は、人生がまったく計画通りじゃなかった話
エアビーのホストである。もしゲストから「この街の見どころは?」と聞かれたら、なにかしら「この街に良い印象を持ってもらえるデータ」を用意するだろう。なにせ、相手はこの先一ヶ月、この街に滞在するのだから。
ところが彼女はちがう。"nothing special"「特にないのよ」と言う。そう言ったすぐあとに、思い出したように、店の名前を3つ、4つと挙げ始める。あのカフェのボヨズは本当に美味しい、ワインが好きならあのお店、トルコ料理はここがベリーグッド、コルドン沿いのあの店はクロワッサンが絶品。
それで試しに、「トルコ国内でどこが一番良いと思う?」と聞くと、間髪をいれず、ドヤ顔で"Here."「この街よ」と返してきた。
なんだ、この人。"nothing special" って、何の話だったのだ。
彼女のそういうところに、私は逆にいい印象を持った。自覚なき愛郷心というのか、見た目と発言のクールさと相反して、実は熱い人なのかもしれない。出身でないこの街に十数年住み、エアビーを9邸も経営する理由が詰まっている気がした。

トルコのエーゲ海沿いにある街・イズミル。私にとって、前回の訪問から11年のあいだ、一度は長く住んでみたいと願い続けた場所であり、実際しばらく住んだあとにも再訪を願う場所。
ここで出会った、Defneという女性起業家の話をしたい。
親切の基準が、やたら高い
Defne(デフネ)は、見るからにバリキャリのサバサバとした女性だ。イズミル中心部にある海沿いの人気エリアに家族で住んでおり、在宅ベースで事業をしている。たとえるなら、湘南に住んで小型犬と海沿いを散歩するような、肩の力の抜けた側のバリキャリだ。
顔立ちは間違いなくきれいだが、けっして愛想のいいタイプではない。ニコニコした顔はたぶん、一度も見たことがない。
かと思えば、彼女の「親切の基準」はかなり高く、エアビーのホストとして必要以上の世話を焼いてくれる。滞在が順調にスタートすれば、後は放っておかれても、こちらとしては全く問題はない。だがDefneは、初日に一通り街を案内してくれたうえに、生活に困ったことがないか、手伝えることがあったらPlease tell meと、数日に一度は連絡をくれるのだ。
彼女がサバサバしているのだろうな、と感じるもう一つに、WhatsApp(海外で主流のLINEのような役割のアプリ)の使い方にある。
WhatsAppの設定の一つに、過去のやりとりを消し去る機能がある。これをオンにすると、数日以前の履歴が完全に見れなくなる。この設定を採用している人に、私は初めて出会った。過去のやりとりを参照して続きを送ることは誰にでもあると思うが、対Defneとのチャットは過去ログが残っていない。過去を振り返らないタイプなのだろうなぁと思う。
彼女とはよく、お互いの子どもを連れて街をぶらついたり、公園へ行ってビールを飲んだりした。会った時に「いつもありがとう」というと、なにが?という顔をする。本人は明らかに、自らの「親切」を意図していない。
アンカラ、イスタンブール、イズミル

出身はトルコの首都・アンカラの郊外。大学進学でイズミルへ出てきた。東京から神戸の大学に来たようなイメージだ。
専門は国際関係学。卒業後はイスタンブールに出て働いていたが、街のカオスに疲弊し、また一度の結婚と離婚も経て、イズミルに戻ってきた。のちにコンサルとして起業。
今はエアビーの経営と、大学の専門を活かした事業を営んでいる。休みはあるのかと聞くと、自由業ゆえ時間はフレキシブル。土日も関係なく仕事をしている代わりに、平日昼間に広場でウォーキングに勤しんだりしている。
計画の上でいまの形にした、というより、手元にあるものをその都度、形にしていく人なのだと感じた。揃うのを待つのではなく、ある意味で行き当たりばったりに。
言葉が、ぜんぶは通じない家族

彼女の子どもは、今年8歳と5歳の娘ふたり。Defne自身は金髪に白い肌のヨーロッパ系だが、娘たちは肌は黒く巻き髪、長くフサフサのまつ毛とパッチリした目を持つ、可愛い姉妹だ。実際に夫と会って納得した。彼女の今の夫はキュートな顔立ちのコートジボワール人で、見たところDefneより10くらい若い(彼女曰く、アフリカンは大体若く見えるらしいが)。
どこで知り合ったの?と聞くと、イズミルだという。1か月滞在した印象では、それほどアフリカ系の人は多くない。それでいて、ここで知り合って結婚する?この人の行動範囲はどうなっているのだ。
彼女のダンナさんは元フットボール選手。トルコではフットボール(サッカー)がとても人気で、海外からも多くの選手が集まるらしい。その中で本格的にプレイしていたそうだが、ケガが原因で想定より早く現役を引退。
いまは彼もDefneの仕事を一緒に営んでいるという。でも話を聞いて察するに、実態は彼女が主体で、旦那さんはサブという感じのようだ。
知らなかったのだが、コートジボワールの公用語はフランス語。国際的に活躍していただけに英語は堪能だが、トルコの英語通用度はそれほど高くない。彼がイズミルで自身主体で仕事をするのは、もしかするとカンタンではないのかもしれない。
言葉という観点からもうひとつ、発見があった。Defneとダンナさんの会話は100%英語だが、一方で娘たちはかなりの英語ビギナー。明確にトルコ語が母語だ(私とも会話はほぼ成立しなかった)。父親とはカタコトのトルコ語らしい。
私の常識では、コミュニケーションは会話が命。言葉が充分に伝わらない中で、どこまで関係は深まるのだろうか。かと思いきや、娘たちは父親が大好きで、「私のお父さんはアフリカンなのよ!」と、長女がとても誇らしげに説明してくれたのをよく覚えている。なんともかわいくて印象的だったからだ。どうやら、家庭はうまくいっていそうだ。
夜ごと、属性の違う会に呼ばれた

Defneはクールなバリキャリ系だが、妙に友人が多い。1か月の滞在で、彼女の定例の友人との集会に3回も呼んでもらった。見ず知らずのJapaneseを軽やかに受け入れてくれる皆に、感謝しきりだ。
来るメンバーは、毎回属性が違った。
気の置けない友人たちとは月に一度の平日の夜、街で一番大きな公園の芝生でビールを交わす。おしゃれなタトゥーに身を包んだ美男美女がいっぱい現れた。
ママ友系のメンバーとは2週に1回、持ち寄りのチーズやパン、チャイを囲んで海辺の広場でブランチ。「おかあさん」という風格の女性と多数の子どもがわんさか集まる会だった。
普段は赤ワインばかり飲んでいる私だが、芝生や海辺でのビールが最高だということをDefneから学んだ。
だいぶあとになって知ったが、Defneと私は完全に同い年だった。そして私の息子と彼女の長女は同い年だ。それに加えて、働き方のスタイル、都会で疲弊したこと、離婚歴はあるものの、いまは子どもとパートナーに恵まれてうまくやっていること。なんとなくお互いに、「この人、なんか自分と似てるよなぁ」と、たぶん思っていた。
私たちがイズミルを発つ日、ふだんは朝ゆっくり起きたい派の彼女が、8時台の飛行機に乗る私たちのために、きっちり早起きをして見送ってくれた。
そしてそのあと数日して、「ふたりがいなくなってすでに寂しいわよ」とメッセージをくれた。きれいな景色を見つけたら写真を送って、とも。あのクール系の彼女がだ。やっぱり見た目だけが実態と違って、情に厚い人なのだろう。
たった1か月の滞在が、彼女との出会いによって、予想以上に有意義なものになった。それも「居られるだけで幸せになれる」と確信していた、11年間も再訪を願った街で。これもぜんぶ、縁なのだろうなぁと思う。
イズミルを離れてからも、ときどき彼女のことを考える。そしてそのたびに、同じ問いに行きあたる。成功とは、なにが揃えば「成功」と言えるんだろう。
私の人生も、彼女の人生も、かなり不揃いだと思う。たぶん人生の一時期、私たちは現状に絶望し、先が見えないなかで何とか進んできた。今も子どもは小さく、手がかかる。仕事も誰かに頼ることなく、自分で切り開く必要がある。お互いに、背負っているものは軽くないと思う。
私自身、いまの自分に充分に満足しているという自覚はない。そして彼女も、たぶん同じなんじゃないかと思う。夫の仕事の話をしていたときの横顔が、なんとなくそう感じさせた。
でも少なくとも私から見たら、彼女は成功者だ。そして彼女から見た私も、また。
いいなと思ったら応援しよう!
ありがとうございます😊