滅多に推しができない人間、交響楽団に推しがいる

昨年の10月頃から、クラシック鑑賞に行く機会が増えた。

転出超過No.1県とはいえ、なんだかんだで地方中枢都市、プロの交響楽団と音楽大学を有する街は、意外とクラシックの公演が多い。交響楽団の定期演奏会、若手音楽家や学生を交えての演奏会、何より昨年は被爆80年ということで海外の演奏家からの申し出も多く、昨秋は毎週どこかで演奏会がある状態となっていた。

今年は今年でベルギーイヤー(天皇皇后両陛下が訪問したのでご存じだろうがベルギーと国交160年、かつ音楽大学の名前となっているエリザベト王妃の生誕150年である)なので、音楽大学での演奏会が多い。来年はベートーヴェン没後200年なので、今年からすでにプレ・シーズンとして演奏会が開催されている。

そんな割とクラシックに恵まれた土地柄、月1回以上クラシックを聴きに行く生活をしている。もちろん元々クラシックは好きだし(というかアンプで増幅された爆音がダメなのでポピュラー音楽のライブが選択肢からほぼ全滅する)、意外と価格がリーズナブルだし、デジタルデトックスを兼ねていたり、うっかり心地よくうたた寝して目が覚めた時の快感も素晴らしい(コラッ)。

でも一番の理由は、交響楽団に推しがいることかもしれない。二次元でも三次元でも「推しコンテンツ」はあれど「推し」がいなかった人間には非常に珍しい現象が起きている。コンテンツというまとまりや集団ではなく、個人を推している。珍しいにも程がある。ただ、推している相手が指揮者やコンサートマスター、ソリストではないのでなかなか理解されにくい。周りにクラシック仲間がいるわけでもないし、親や友達に言っても「はぁ……」となるだけである。

というわけで、推しを紹介する。

推しパート:チューバ

中学の吹奏楽部でチューバを担当してから、チューバは私の推し楽器である。どっしりとした豊かなフォルム、どっしりとした力強い低音、とにかくあの安心感が良い。オーケストラでもついつい目がいってしまう。

「いや、個人と言っておきながらパートじゃねーかよ」と思われたかもしれない。

まぁ、確かにそうである。吹奏楽ならそうかもしれない。しかし、オーケストラのチューバとなるとぶっちゃけ個人が特定可能だ。なぜなら……

基本、舞台の上に一人しかいないから

超巨大編成なら複数人いるかもわからないが、基本的な編成ならチューバは1人しかいない。なので、チューバを推すことは特定奏者を推すこととイコールである。オーケストラ内にチューバの音は一つしかないので、吹いたらすぐにわかる。良い音。好き。テンション上がる。

ただ、チューバ推しが辛いのは曲によっては出番がないことだ。某交響楽団での定期演奏会では大体3曲演奏されるが、うち1曲は必ずと言ってもいいほどチューバの出番はない(ステージ上にいない)。

仕方のないことではある。あんなでかい金属管を曲げられるようになったのは19世紀で、チューバは1835年にドイツで生まれたとされる。オーケストラの通常編成楽器では最も歴史が浅いのだ。

よって、前述のベートーヴェン没後200年が来年2027年、ということはベートーヴェンが亡くなったのは1827年なので、勿論ベートーヴェンはこの楽器を知らない。だからよく年末に演奏されるベートーヴェンの最後の交響曲、第九番にも本来チューバは登場しない(現代での演奏では合唱に負けない音量が必要なので大体登場しているみたいだけども)。もちろんチューバが生まれる前、チューバの音域に相当する低音管楽器はあったが、ピッチが安定しにくかったこともあり、あんまり多用はされていなかったらしい。

また、ただでさえ弦楽器の低音としては同じ音域にコントラバスがおり、管楽器ではファゴットやトロンボーン(バストロンボーン)もある程度チューバの音域を担える。意外とオーケストラ内で低音パートの楽器は渋滞している。仮にオリジナル楽譜でチューバ以前の低音楽器があった場合、現状のオーケストラでも基本チューバは一人しかアサインされないことから分かるように、いかんせんチューバは音量があるため低音が強くなりすぎてしまう可能性があり、別の楽器がアサインされてしまうと思われる。

それゆえに、逆にチューバを見ていれば初めて聞く曲でも進行がわかることもある。経験則として、チューバが構えられるということは音量がドンとくると見て8割くらいは間違いない。とにかく豊かな倍音と音量を生かして盛り上がる部分で低音を支えるのがチューバであり、音量が欲しいフィナーレは確実にチューバが登場する。

チューバ奏者、構えてからマウスピース握りつつベルの横から顔を覗かせて指揮者を見ているのがなんだか可愛い。恰幅の良いおじさんが楽器の陰から指揮者をひょっこり見ているの、なんだか可愛い(2回目)。オーケストラを聴きに行く機会があったらチューバ奏者の演奏待ちスタイルもチェックして欲しい。


推しヴァイオリニスト:いつでも上機嫌なおじさん

オーケストラにはヴァイオリニストがたくさんいる。編成では一番数が多い楽器であり、1stヴァイオリンと2ndヴァイオリンがいて、1stヴァイオリンの主席奏者がコンサートマスター(略してコンマス)となる。

ざっくりとオーケストラの配置を紹介すると、まず弦楽器集団は指揮者を中心点にして半円を描くように並ぶ。一般的な配置では客席から見て左翼に1stヴァイオリンが並び、その奥から舞台中央にかけて2ndヴァイオリンが並ぶ。右翼は手前にヴィオラ、その奥から中央にかけてチェロ、後方にコントラバスが並ぶのがオーソドックスな弦楽器の並びだ。弦楽器集団はヴァイオリンは大体3〜4列、ヴィオラとチェロは右翼内側2〜3列程度、コントラバスは右翼一番外側で1〜2列である。コンマスは1stヴァイオリンで指揮者に一番近い席、よって半円の内側1列目一番手前に座っている。

尚、管楽器は弦楽器集団の半円の奥に、舞台に平行にひな壇が作られ手前列に木管楽器、奥の列に金管楽器&パーカッションとなっている。奥の列の一番右端がチューバの定位置だ。ハープやチェレスタといったオーケストラの通常編成にはない特殊な楽器が登場する時は、1stヴァイオリンと2ndヴァイオリンのちょうど境目あたりの後方に置かれる。

私の推しは、配置から見るとおそらく1stヴァイオリニストである。曲によっては2ndかな?というような位置に座っていることもあるが、基本は左翼一番手前の最後方にいる。アンサンブル力が必要な席順で、最後列だと時々ひな壇だったりする。デフォルトがわかりやすい席順であるのに加え、後述するが動きが特徴的なのと、団員で数少ないグレーヘアなので、仮に別の席に座っていても舞台の上をざっと眺めればすぐに居場所がわかる。

尚、定期演奏会の場合は毎度パンフレットに演奏者名簿があるのでチューバのように演奏者を特定できることもあるのだが、1stヴァイオリンに男性の名前は複数あるので推しが誰なのかはいまいちわからない。ちなみに載っている名前から男性と判別できる名前は割と渋く、その名前の数と男性奏者の数はほぼ一致している(ここから採用時の男女差別がなくなったことで若手奏者に女性が増えたのが見て取れる)。おそらくだが、渋めの男性名を持つどなたかが私の推しである。

私の推しヴァイオリニストは遠目にもニコニコしているのがなんとなくわかる。目の悪い私でもわかる。なんかすごくいい人そうな上機嫌なおじさんだなぁと眺めている。そして、演奏の前からとにかく動きがデカい。指揮者が登場する時、あるいは招待されたソリストが登場/退場する時、人一倍拍手をしているので、弓を構えなくてもわかる。

そして、弾き始めても動きがデカい。静かな、穏やかな曲調の間は周りの演奏者とさほど変わりはないのだが、音量が上がり曲調が激しくなってくるとボウイング(弓の動き)も周りより激しければ上体が前後に動く。「おいおい、コンマスはそこまで激しくないぞ?(注:コンマスにはボウイングを統一させる役割があるとされる)」と思うのだが、私の推しは動きが激しい。激しすぎて……

たまに椅子からお尻が浮く

いやぁ、本当、ノリノリになってくるとお尻が椅子から浮いている。僭越ながら椅子をひっくり返さないか心配になる。でも推しのお尻が椅子から浮く曲、私も好き、ノリノリになれるので。加えて、弾き終わった際に弦楽器は弓を宙に掲げるのだが、推しの弓は誰よりも垂直に掲げられており「弾き切りました!」感があって好きである。

あと、ヴァイオリンは2人で1つの譜面台を共有し、その共有する固まりをプルトと呼ぶのだが、この2人1組でも客側に座る人が表と呼ばれ経験豊富な人、奥に座る人が裏と呼ばれ経験の浅い人とされる。推しはおじさんだけあって経験値が高く表に座っている(なのでお尻が浮くとよくわかる)ので、楽譜をめくるのは裏に座っている若手奏者(大体同じ女性奏者である)なのだが、譜めくりしてもらうとペコッと頭を下げているのも目にする。演奏中ですら人が良すぎる。

というわけで、私は上機嫌で楽しくヴァイオリンを弾いているおじさんを眺めては元気をもらっている。ヴァイオリンに推しがいる良さは、どの曲でも絶対にステージ上にいることである。基本的にはチューバのように退場することはない。大体推しは上手いので、曲によって人数が減る場合でもステージ上にいる。ありがたい。

尚、ここまで読んでお気づきかもしれないが、私の推しは対角線上に座っている。最後方右端のチューバと、最前列左端のヴァイオリンである。そして二人ともが活躍するのは一番曲がノリノリの時である。耳も忙しいが目も忙しい。よって舞台を俯瞰できる2階席から聞くのがぴったりだ。

のんびりとオーケストラを聴きに行ける日々がずっと続くことを祈っている。推しが毎月楽しく演奏できますように。

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