闘病白書④ 旦那編
2021年12月。
私は人生の中で、最も煌びやかで、そして最も重たい決断を下した。
6年間付き合ってきた彼女に、プロポーズをしたのだ。
この瞬間から私は、彼女の人生を背負い、そして彼女に私の人生を背負わせることになる。
それは愛に満ちた選択でありながら、病を抱える私にとっては、どこか罪深い決断でもあった。
せめてもの償いのような気持ちで、20代の社会人には分不相応と思えるほど高価な婚約指輪を贈った。
もしも、私がこの世を去った時には、それを売って数ヶ月は困らないように――そんな想いも込めて。
入籍は、3ヶ月後の2022年2月。
すぐに私たちの愛の棲み家の建築にも着手した。
私たちには愛犬・あめがいるのだが、田舎ではペット可のアパートがほとんどなく、新婚でありながら、初めから別々の実家で暮らすという形で新たな生活が始まった。
どちらかの実家に入ることも検討したが、どちらの家にもまだ兄弟が住んでおり、それぞれの実家で過ごすことにした。
もっとも、私たちは同じ中学校出身で、実家同士も車で15分程度の距離。
さらには、祖父母の家がお隣同士という、まるで運命のような関係でもある。
付き合い始める前には、その事実すら知らなかった。
社会人編でも触れたが、私たちは同じ職場に勤めている。
そして、職場以外で初めて顔を合わせたのも、祖父母の家の庭だった。
新居は、私の祖父母が所有する土地に建てる予定だったため、完成すれば私たちの家、私の祖父母の家、妻の祖父母の家が、いずれも徒歩3分圏内という、立地関係になる。
別居状態のままだったが、同年9月、ささやかながら結婚式を挙げた。大切な人たちに囲まれ、祝福を受けたその時間は、かけがえのない記憶として残っている。
そして翌年3月。ついに新居が完成した。
私は患者であり、医療者でもある。理学療法士という職業は、リハビリだけが仕事だと思われがちだが、実際にはそれだけではない。患者の自宅を訪ね、住宅環境を評価し、生活動線を考え、必要に応じて住宅改修を提案する。そうした視点を自分の住まいにも反映させた。
将来、もし車椅子生活になったとしても、可能な限り自立して暮らせるように――。そう考えて、家の設計を自ら行った。
年齢を重ねれば、2階は使わなくなる。階段の昇り降りは身体への負担が大きく、転落のリスクもある。だから、平屋にした。一度家に入れば、床には段差が一切ない。廊下や部屋の幅は、車椅子でも無理なく通れるように計算し、回転半径にも配慮した。ドアは開き戸ではなく、極力、引き戸に。開き戸はデッドスペースが生まれやすく、車椅子では扱いにくいからだ。
もちろん、設計は自分本位ではない。
妻の要望にもきちんと耳を傾けた。中でも、彼女が心から気に入っているのが、こだわりのキッチンである。
結婚してからというもの、日々は穏やかで、時に苦労しながらも順調だった。
しかし、2020年〜2021年に受けたガンマナイフ治療では照射しきれなかった腫瘍がいくつかあり、そいつらは静かに、しかし確実に、私の頭の中で成長を続けていた。
2023年、その存在感が無視できないものになり、私は再び、ガンマナイフ治療を受ける決断をした。
その頃には新居も完成していた。結婚してから初めての治療である。
これまで私の緊急連絡先の一番上には母親の名前があった。しかし今回は違う。私の性の、妻の名前をそこに書く。その行為に、少しの照れくささと、じんわりとした温かさが入り混じった。
治療は2泊3日とはいえ、新しい生活が始まって半年。妻とあめを家に残して病院に向かうのは少し寂しかった。
とはいえ、ガンマナイフはこれでもう人生で4回目になる。こんなものに慣れたくはないが、大体の流れや要領は理解している。前回の治療では、短期間に2回続けて照射したことが影響し、副作用として脳が浮腫み、最終的には水頭症になった。その記憶が脳裏をよぎったが、今回は間隔をあけての治療。高校時代にはガンマナイフで6年間、追加治療なしで過ごせたこともある。だからこそ、今回は気を張りすぎず、希望を持って臨むことができた。
笑気麻酔が点滴から入れられる。これまで通り、意識が曖昧になり、気づけば治療が終わっている――そのはずだった。
しかし今回は、いくつかの場面で断片的に意識が戻ってきてしまった。しかも、フレームの取り付け中だった。笑気麻酔は通常、意識を保ちながら痛みや恐怖を緩和するものだが、私の場合は投与直後から記憶が完全に飛ぶ。周囲と会話していたらしいが、自分にはその記憶がまったくない。
それなのに今回は、フレームの取り付け作業中に、はっきりと“痛み”を感じた。
ぼんやりしていた意識が一瞬だけ戻り、「今、何をされているのか」が明確に理解できてしまった。おそらく、そのたびに追加の麻酔が投与されたのだろう。また、ブツリと記憶が途切れる。そして次に覚えているのは、ガンマナイフの照射中、ドーム状の筒の中で完全に目を覚ましていたことだった。
頭はフレームでしっかりと固定され、動かすことはできない。だが、思考は明瞭で、置かれている状況もすぐに理解できた。
医師も、私が覚醒していることに気づいていたようだったが、そのまま治療は続行された。おそらく残り時間が短かったのだろう。
数十分、意識があるまま照射を受け、ようやくすべてが終わった。
何度か笑気麻酔から覚めてしまったものの、大きな苦痛を味わうことなく、私は予定通り退院することができた。
ガンマナイフ治療を終えたあと、私たちは新婚旅行に出かける計画を立てていた。
この治療は非侵襲的で、入院もわずか2泊3日。退院すればすぐに普段通りの生活に戻れると言われていたし、実際そのとおりだった。
治療から1ヶ月後、私たちは自由の国・アメリカへ飛び立った。行き先は、ハネムーンの定番・ハワイ。
このタイミングを選んだのには、理由がある。
ガンマナイフ治療には副作用として「脳の浮腫み」があるが、症状が現れるのは通常、治療後3ヶ月以降とされている。
つまり、今ならまだ体調が安定している。これを逃せば、前回のようにさまざまな症状に悩まされ、旅行どころではなくなるかもしれない。逆にいえば、今しかない。
私にとっては、人生初の海外旅行でもあった。万が一に備え、海外旅行保険にも加入しておいた。
ハワイで過ごした日々は、体調も万全で、まさに「生きている」ことを実感できる時間だった。
ダイヤモンドヘッドの頂上から見た朝日は、ただ眩しいだけではなかった。
強く、あたたかく、そしてどこか優しい。その光が、自分の内側に溜まっていたものを静かに浄化くれるようだった。
また、もう一度この景色を見るためなら、どんな治療も乗り越えてみせる——そう思わせるほどであった。
帰国してから、副作用が出てきやすいとされる3ヶ月が過ぎても、身体に異変はなかった。やはり、前回は短期間で2回続けて照射したことが原因だったのだろうと安堵した。
しかし、5ヶ月を過ぎた頃から、時折、身体が重だるく感じる日が現れ始めた。この時期、私は病院勤務を離れ、経験を積むために半年間、訪問リハビリの仕事に就いていた。慣れない仕事の疲れが出てきたのだろうと、自分を納得させた。
訪問リハビリは、入院患者に対してリハビリを行う病院とは違い、自分で車を運転して利用者の自宅を訪れ、その場でリハビリをする。初めての環境、初めての働き方だった。
だが、徐々に「重だるさ」は頻度を増し、利用者宅を一件回るごとに、車の中で休まなければ次の移動ができなくなっていった。
それでも、前回のような激しい頭痛や視覚異常はなかった。治療からすでに5ヶ月が経っていたこともあり、脳浮腫の再発とは考えもしなかった。
それが変わったのは、首の異変だった。上下左右に動かすと酔ったような気分になる。周囲から「首が全く動いていないけど、大丈夫?」と声をかけられ、自分でも気づかぬうちに首を固定していたことを知った。
さらに、姿勢にも異常が出始めた。まっすぐ立っているつもりなのに、身体が横にくの字に曲がっていた。鏡に映る自分の姿に、違和感が走った。
ようやくその時になって、ガンマナイフの副作用か、あるいは腫瘍の進行かと疑い始めた。
N医師に相談し、検査を行った結果、腫瘍の進行ではなく、やはり副作用の影響だろうとの見立てだった。ただ、前回のように「水頭症」にはなっていなかった。私はもうしばらく様子を見ることにした。
休日も、ベッドやソファで横になって過ごす時間が増えた。見かねた妻が「気分転換に、少し遠出でもしてみる?」と提案してくれた。あまり乗り気にはなれなかったが、車で1時間半、妻の運転で小旅行に出かけた。
私は助手席で、目的地に着くまでほとんど寝ていた。首は動かず、身体も傾いたまま。妻に手を引かれながら、ゆっくりと散策をした。ベンチを見つけては、こまめに休憩をとった。太陽の光が、嫌に眩しかった。ただ明るいだけではない。頭の奥をチカチカと刺激するような不快感があった。
ガンマナイフの副作用であれば、どこかにピークがあり、その後は緩やかに回復していくはず。そう信じて、耐えるつもりでいた。
定期受診でN医師の元を再び訪れた。診察室に入った瞬間、私の顔色や不自然な姿勢、緩慢な動作を見て、N医師は、いつもと変わらぬ落ち着いた表情のまま
「今回も、手術しようか」と言った。
2年前の、苦くて重い記憶が一気に蘇った。
「今回も、また脳室ドレナージですか?」
恐る恐る尋ねると、N医師は静かに微笑んだ。
「いや、今回は水頭症にはなっていないから、多分そこまでは必要ないと思うよ」
その言葉を聞いて、心の中で何かが軽くなった。
数ヶ月、このまま不自由な身体で耐え続けるくらいなら——いっそ、手術を受けてしまったほうが、ずっといいかもしれない。そう思えるほどに、私はすでに追い詰められていた。
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