過払いしてまう借り手の心理バイアス、過払いさせるマインドコントロール

[20250604改訂]
法律は、最低限の常識を定めたもの、と言われることがあります。しかし、実際には裁判の場では、当たり前のことが、なかなか当たり前として通用しないことが少なくありません。世間で、「そんなの常識っしょ?」という問題が、法律の世界では常識とされない、という問題です。サラ金の過払い金請求もその一つです。利息制限法は、定められた上限を超える金利支払いの約束を無効としています。それにも拘らず、借り手側が無効な金利を払った場合、「いや無効な約束だから、無効となる支払金利分を返してね。」と言えるでしょうか。
サラ金側は、上限金利を超える支払い約束も、契約自由の原則からすれば有効だし、支払がサラ金から強制されたものではなればの自由意思によるもので、有効な弁済となるでしょ、と反論するでしょうね。
平成18年1月13日最高裁第ニ小法廷判決(最二小判平18・1・13)は、サラ金への上限利息を超える金利弁済を無効とし、借り手側からの返還請求を認めました。いわゆる「過払金返還請求」バブルの幕開けです。
さて、それはどのような理屈によるんでしょうか。これまでの民法の伝統的法理で説明できるのでしょうか、それともその背景にパラダイムの転換があったのでしょう。
サラ金被害救済に携わる弁護士界隈ては、この種の議論は見当たりません。本稿では、まず、この判決までの過払い金返還請求をめぐる借り手側とサラ金側の攻防の経過をざっと概観します。その上で、いささか、荒っぽい切り口ではありますが、認知心理学、行動経済学の観点を織り交ぜながら、この判決の射程距離を含め、どんな議論ができるんかいな、なんて考えてみたいと思います。

1   熱血系サラ金弁護士?

最高裁判所の統計では、2005(平成17)年ころから急増・極めて件数が急増したとされてます [最高裁_民事局, 日付不明]。それと歩調を合わせるように2006(平成18)年頃から、「過払い金請求ができますよ」とする弁護士広告が、氾濫するようになりました。サラ金に対する過払い金請求は、それまでは、消費者問題を扱う弁護士が、ほとんど「手弁当」で扱う事件の類型でした。人権被害や公害事件のような、人権や命の問題に比べればしょせん「お金の問題」として、弁護士界隈では人権問題とされつつも「軽い」扱いとされていたような印象があります。

しかし、1980年代に入ると、個人の金銭に対する貸金業者の過酷な取り立てが報道されるようになりました [橋本昇, 2024], [橋本昇、高木瑞穂, 2025]。米国のTIME誌の予定稿のタイトルに、「借金が返せなかったら腎臓を売らんかい!!」が掲載されました(1997年5月28日号)。退職や一家離散に追い込まれる者が増加しました。同時にサラ金よりも恐い闇金業者も暗躍を見せます。利息制限法は年18%を超える利息の約束を無効としていましたが、刑事罰が科せられる高金利は年109.5%でした(旧出資法5条)。そのたに、当時のサラ金各社は年70%を超える高金利で貸し付け、厳しい取立てに邁進しました借金苦にあえぐ庶民の一家離散や自殺などが相次ぎました。

多重債務で、にっちもさっちもいかなくなったあげくに飛び込むのが「闇金」です。法外な利息に加えて、取り立ても過酷を極めます。最悪の場合には命に関わる事態も生じ、社会問題となりました。1977(昭和52)年5月に、弁護士や司法書士を中心に「サラ金問題研究会(大阪)」が発足します。1977(昭和52)年10月4日には、サラ金被害者の会(大阪)が結成され、1978年11月25日には「全国サラ金問題対策協議会」が創立されました。

クレサラ(クレジット・サラ金)問題の対策は、借金地獄に陥った多重をいかに救済するかという人権問題の観点から発展したわけです。他方でこれは、「借りたものは返さなあかん」といういわば「借り手注意」の自己責任原則から、「借り手が返せる金額・金利で貸さなあかんやろ」という取引上の貸し手注意の原則、私的自治の原則の転換を求めるものでした。

サラ金問題を扱う弁護士は、一般事件を扱う弁護士からすれば、自己責任原則を捻じ曲げる主張を行うものとして冷ややかな視線で見られます。他方、サラ金や闇金側からは、日々、業務に関し強迫や嫌がらせを受けるわけで、いわば「命がけ」な仕事となります。「コンビニのバイトより低い」と嘆きつつも、借り手の置かれた悲惨な状況を見過ごせないとして、少なくない弁護士が、「人権問題」としてサラ金被害を扱うようになります。

日弁連では、1985(昭和60)年9月に、消費者問題対策委員会が発足しました。当時、クレジット・サラ金による多重問題や、ネズミ講などの消費者被害が多発していたほか、豊田商事がその二か月前に破産していました。消費者被害の予防・救済、消費者の権利の確立の機運が盛り上がっていました。サラ金被害についても法改正を含む独自の機動的な対策が求められていました。それまで人権委員会に間借りしていたものを、消費者問題対策委員会がとして独立の委員会としたのは、自然な流れでした。

当時のサラ金被害の状況については、最近のメディアでも繰り返し放送されています。例えば、NHKの「プロフェッショナル仕事の流儀(第5回)旧プロジェクトⅩにはサラ金問題と戦う宇都宮健児弁護士が登場しました。新プロジェクトXでは闇金と戦う植田勝博弁護士たちの活動が紹介されています。
https://www.nhk.jp/p/ts/P1124VMJ6R/episode/te/8XRNKL3W9J/

2   頭脳系サラ金弁護士

2.1   贈与系

釧路弁護士会の今瞭美弁護士は、「返せる限度を超える貸付は贈与だ」なんて理屈を立てて勝訴しています。過払い分は返さんでいいという理屈として、返せないお金を貸すのは、返してもらうこと期待しないお金の交付で、それは、実質的には「贈与」に当たるという理屈です。比較法的には、米国のノンリコースローン制度があります。これは、特定の住宅ローン(たとえば購入マネーローン)の場合、借主が担保物件(住宅)を差し出した時点で債務は完了し、追加の支払い義務(deficiency judgment)は負わないとするものです。この制度の下では、土地を担保にして借金した場合、条件付きながら、その土地を手放せば残りの借金は返さなくてよい」という場面があり得ます(カリフォルニア州One Action Rule、Anti-deficiency Laws、Code of Civil Procedure §580bなど)。返済能力を超える返済は不要とする法理で、そのリスクは資産評価を誤った貸し手側にあるという法理ですね。

2.2   過払充当系

このような荒業ではなく、利息制限法を活用し、過払い金の元本充当、過払い金の返還に軸足を置く弁護士たちも登場します。利息制限法は制限利率を超える利息の支払約束は無効よ、と定めています。それでは、無効な約束であるにも拘らず支払ってしまった利息の行方はどうなるんでしょうか。これについて、最高裁は、目まぐるしく判断を変遷させています。最高裁判所の先例を変更する場合には、大法廷の判断となります。以下で「最大判」とは、「最高裁大法的判決」の略をいいいます。

(1)最大判昭37・6・13
この判決は、利息の上限超過した利息は元本に充当されないよ、と判断しました。これは、それを認めると、結果的に返還請求を受けたと同一となるから、という理由です。
(2)最大判昭39・11・18
その2年半後、最高裁は判断を改め、制限超過利息を元本に充当することを認めました。しかし、充当は認めるが返還請求は認めないとしました。

しかし、ネックがありました。改正前の利息制限法は第1条には2項があり、「債務者は前項の超過部分を任意に支払ったときは前項の規定にかかわらず、その返還を請求することができない」という規定があるからです。これが「任意弁済」の問題です。

2.3  債務不存在=利限法の「任意弁済」規定不適用アプローチ

このアプローチは、ちょっと複雑です。

(3)最大判昭43・11・13
超過利息を順次元本に充当し、計算上、元本債権が完済されて、元本が存在しなくなった後は利息が発生する余地がないことになります。そこで、借り手は不当利得として完済後に支払った金額の全額を返還請求できると判示するに至りました。理由は、利息制限法1条2項と4条2項の規定は元本債権が存在することを前提とした規定で、元本債権が弁済により既に消滅した場合はそもそも、同法の適用はないんよ、と判断したものです。

しかし、債務不存在系の考え方に逆風が吹き荒れます。1983(昭58)年に、いわゆるサラ金2法が制定されました。これにより出資法の制限利率(刑事罰対象)を年73%に引き下げましたが、他方で、貸金業法に、「みなし任意弁済」の制度も設けられました。「みなし任意弁済」は、貸付時の書面(いわゆる「17条書面」)の交付、弁済金受領時の受取証書(「18条書面」)の交付、借主が「利息として任意に支払った」等の要件を満たせば、利息制限法の制限利率を超える利息の支払も「有効な利息の債務の弁済とみなす」とするものです(旧貸金業法43条)。

これは、支払いが任意であれば、本来は合意が無効で存在しないはずの債務を存在すると扱い、それに対する弁済を有効とするものです。借り手が、自身に債務が存在しないことを知って弁済した場合の借り手保護には限界が生じます。サラ金に対する債務が損じしなくても、非債弁済として、有効な弁済とされ、返還請求できないとされる余地があるからです。

2.4    任意性不存在アプローチ

サラ金側は、平成18年最判で、旧貸金業法43条1項の「みなし弁済」の可能性がほとんどなくなったことが公知の事実となったとして、その後の原告の弁済を非債弁済に該当するとの主張がなされます。これをクリアーするアプローチに、借り手に債務が存在しないことを知らないとするものがあります。この立場を採る裁判例は、次のように述べます。

「通常、消費者である原告が相当期間継続した取引を具体的に把握していることはなく、貸金業者から取引履歴が開示されてはじめて払い過ぎた利息があるかどうかの有無の判断が可能となることを考慮すると、特段の事情がない限り、(その開示がなされていない)平成18年最判の言い渡し日の翌日を基準日として、原告が原・被告間の金銭消費貸借上の債務がないことを認識していたとは考えられない。」

みなし弁済の規定があることで、貸金業者は、過払い金請求訴訟で、「みなし任意弁済」を執念深く主張してきます。借り手側が「みなし任意弁済」の成立を否定するためには、①その要件となる書面(17条書面、18条書面)が要件を満たしていない(記載事項が足りない、誤っている等)こと、②18条書面の交付に不備があること(交付していないとか、「その都度、直ちに」交付されていないなど)などの主張に迫られました。貸金業者側が作成した書類を、何とか貸金業法の要求を満たさないと評価できるように、「よく言えば緻密な、悪く言えば重箱の隅をつつくような些細なあらさがしをする作業」も迫られることになりました [伊藤良徳, 日付不明]。

2.5    任意性「否定」アプローチへの転換

このような状況の下で、過払い金請求の手法として、次第に債務不存在=利限法不適用アプローチとは異なる任意性否定アプローチの手法が取られるようになります。
訴訟においてこの手法による粘り強い主張がなされ、敗訴判決の山を築きながらも下級審で、任意性否定アプローチと採るものが増えていきます。その例に、小倉簡判平14・9・25(消費者法ニュース 53号34頁)があります。事案はサラ金業者側が貸金返還請求を行ったのに対し、借り手側が弁済の任意性を争った事案です。

サラ金業者側は,「みなし弁済が成立し,利息制限法所定の制限利息を超過する約定利息の支払が有効とみなされれば,約定利息金の不足は,必然的に債務不履行となる。したがって,約定利息金の支払を怠った場合は,期限の利益を失うとの約款に何ら齟齬はない。」と主張しました。これに対し判決は次のように判示してサラ金業者側の主張を退けました。

「この見解は「みなし弁済の成否」と「懈怠約款の効力」の問題を混同したものである。福岡高裁第1部民事部平成13年4月18日判決では,「利息制限法は強行法規であるから,制限超過利息の約定は,制限利率を超過する部分については無効であり,それゆえ,制限超過利息を前提とした期限の利益喪失約款も,それに文字どおりの効力があると解するならば,債務者は,期限の利益を喪失させまいとして,制限超過利息の支払を強制されることになるから,制限利率を超過する部分については無効であるというべきである。したがって,貸金業法43条1項は,その要件を満たした場合には制限超過利息の支払も有効な利息債務の弁済とみなす旨定めているので,同項が適用される場合には,その限度で,債務者は制限超過利息の約定が無効であるとの主張はできないこととなるが,それ以上に,同項が,上記制限利率を超過する部分を含めて期限の利益喪失約款を有効とするものではないことはいうまでもない。」と判示しており,「みなし弁済の成否」と「懈怠約款の効力」の問題は,明確に区別して考えるべきである。」

このような流れの中で平成18年最判が出されます。任意性否定アプローチに尖弁をつけたものです。

事案は、利息制限法を超える金利であっても、それを支払わなければ、借入額の一括返済をしなければならないという期限の利益喪失特約がつけられたものでした。この特約を有効と考えれば、借り手が支払期日に制限超過部分を含む約定利息の支払を怠ることで,元本についての期限の利益を当然に喪失します。これにより,借り手は。残元本全額及び経過利息を直ちに一括して支払う義務を負うことになります。また,残元本全額に対して年29.2%の割合による遅延損害金を支払わなければならないことになります。これを避けようとすれば、本来は利息制限法1条1項で支払義務を負わない制限超過部分の支払を迫られることになます。しかし,これは、利限法を超える金利支払いの約束は無効とする法の趣旨に反することになります。

そこで判決は、事案の期限の利益喪失特約は法律上は一部無効であり,制限超過部分の支払を怠ったとしても期限の利益を喪失するわけではないとし、次のとおり判示します。

①    この特約は,「通常,支払期日に約定の元本と共に制限超過部分を含む約定利息を支払わない限り期限の利益を喪失し,残元本全額を直ちに一括して支払い,これに対する遅延損害金を支払うべき義務を負うことになるとの誤解を与え,
②    その結果,このような不利益を回避するために,制限超過部分を支払うことをに事実上強制することになるもの」となるから、
③    「本件期限の利益喪失特約の下で,利息として,利息の制限額を超える額の金銭を支払った場合には,上記のような誤解が生じなかったといえるような特段の事情のない限り,が自己の自由な意思によって制限超過部分を支払ったものということはできないと解するのが相当」と。

この理屈により、借り手の側は、「みなし任意弁済」の要件論での難しい論争(貸金業者が作る書類のあらさがし)から解放されるようになります。

また、弁護士(大阪弁護士会)出身の滝井繁男判事の果たした役割も大きかったように思います。滝井判事は、平成18年最判に先立つ最判平16・2・20の補足意見として、「期限の利益喪失約款がついている場合には、それを恐れてした弁済は任意になされたとはいえない」という趣旨の見解が示されていました。それが、平成18年判決の多数意見となったわけです。wikipedia では、「グレーゾーン金利判決で、多重債務者を救済し、その後の過払い金返還訴訟によって、サラ金を”殺した”男として知られる。」と紹介しています。ちなみに同弁護士は、大阪空港騒音訴訟の騒音被害者側の代理人を務めていました。この最高裁判決以降、最二小判平18・1・19、最三小判平18・1・24が、同じ内容の判決を言い渡しました。

3   ビジネス系サラ金弁護士の登場

平成18年最判決以降、「みなし任意弁済」問題を丁寧につぶしていく経験やノウハウがなくても、だれでも一定の範囲では容易に過払い金を回収できるようになりました。比喩的に言えば、例えは悪いのですが、運転で言えば、マニュアル車からレベル2程度の自動運転程度の技量で足りることなったするのは言い過ぎでしょうか。これにより、経験とノウハウではなく広告力で勝負する人々が登場し、電車広告やテレビ・ラジオ広告で集客し「過払いバブル」と呼ばれる時代が到来しました。消費者被害の救済という観点よりも、ビジネス目線での債権回収という観点からサラ金の過払い事件を扱う弁護士が激増したように思います。

検事出身のある女性弁護士が、消費者庁・消費者委員会の委員長就任が取り沙汰されたことがありました。女性弁護士は、「私も、過払い金請求をやったことがありますよ」と仰ったことがあります。このお言葉が、1970年代のサラ金問題が華やかなりし頃のものであれば、「ホオッー」となったでしょう。来る日も来る日も敗訴判決が続く中でで、なおもそれにめげずしぶとく過払い金請求を引き受けたとすれば、弁護士界隈から「大したもんだ」と尊敬を集めたことでしょう。しかし、消費者委員会の発足は2009(平成21)年 9月1日のことです。消費者問題に関心のない有象無象の弁護士たちが雪崩をうってこの領域に、「儲かるビジネス」として参入していた時期です。となると、先ほどの女性弁護士のお言葉も「なんだかなあ」となるわけです。

2006(平18)年に旧貸金業規制法が改正されて貸金業法に名称が変更され、貸付金額の総量規制やグレーゾーン金利が撤廃されました(いずれも2010(平22)年6月18日適用開始)。そして、過払い金返還請求権が次々と消滅時効を迎える中、ビジネス系サラ金弁護士たちの「過払バブル」も崩壊の時期を迎えようとしています。過払金返還請求の「起算点」から10年を経過すれば債権が時効消滅し請求できなくなるという「消滅時効の壁」です。

消滅時効の「起算点」については、利息に関する「基本的な契約」が残っている限り、起算点は後ろにずれる扱い採用されるなど顧客側に有利な考え方があります。しかし、「基本的な契約」については、一回全て支払終えてからあらためて借りた場合、基本的な契約が一度消えているか、ずっと残っているかなどの議論があります。取引の継続状態と残債権の仔細なチェックが求められ簡単にはいきません。

また、2022(令和2)年4月1日に施行された改正民法は、「権利を行使することができることを知った時から5年」という規定を設けています。「基本的な契約」が改正民法が施行された日以降に終了した案件では、「知った時」の解釈をめぐる議論が残ります。

4   過払いと(損失回避)バイアス

過払いは錯誤か?

任意性否定アプローチの肝は、「支払期日に約定の元本と共に制限超過部分を含む約定利息を支払わない限り期限の利益を喪失し,残元本全額を直ちに一括して支払い,これに対する遅延損害金を支払うべき義務を負うことになるとの誤解を与え」、その誤解により生じる「不利益を回避するために,制限超過部分を支払うことをに事実上強制することになる」とする点です。

しかし、利息制限法は、約束した上限を超える金利支払いの約束を無効とします。その約束を守らなければ、支払い期限が猶予されなくなります。これを言われれると、借り手は、つい支払ってしまいがちです。その支払い約束自体は無効ですから、支払いが強制されるわけではありません。それでも支払いを行う借り手に事実の認識の食い違いである誤解があると言えるのでしょうか。その誤解により、借り手に「不利益」が生じることがあるのでしょうか。

過払いは「強制」によるもの?

判決は、「通常,支払期日に約定の元本と共に制限超過部分を含む約定利息を支払わない限り期限の利益を喪失し,残元本全額を直ちに一括して支払い,これに対する遅延損害金を支払うべき義務を負うことになるとの誤解を与え」るとします。期限の利益喪失特約とは、支払期日に約定の元本と共に制限超過部分を含む約定利息を支払わない限り,期限の利益を喪失し,残元本全額を直ちに一括して支払い,これに対する遅延損害金を支払うべき義務を負うとする合意です。これは、借り手に、支払い金利が合法なものとの動機の錯誤を生ずるものでは必ずしもありません。

判決は「その結果,このような不利益を回避するために,制限超過部分を支払うことをに事実上強制することになるもの」とします。また、判決は「本件期限の利益喪失特約の下で,利息の制限額を超える額の金銭を支払った場合には,上記のような誤解が生じなかったといえるような特段の事情のない限り,自己の自由な意思によって制限超部分を支払ったものということはできないと解するのが相当」とします。しかし、誤解による不利益が法律上のものでなければ、それは何を意味するのでしょうか。これは、過払い事案であれば、過去のサラ金事案で問題となった過酷な取り立て被害などの負担・不利益が思い起こされます。

借り手が、借入れ残があると誤解している場合には、借り手は支払いに錯誤があるとして取り消しが主張できます。これを認めたものに小林簡判平28・10・15があります。これは、MUニコスの和解の確定効の主張に対し、借り手側が取引履歴の開示も受けず、引き直し計算もしておらず、ニコスの従業員から示された債務額が存在するものと誤信して、和解契約に応じた方が有利であうと誤信した経緯から和解契約の錯誤無効を認めたものです(訴訟外和解無効 | 会員等の判決 | 名古屋消費者信用問題研究会)。

貸し手のマインドコントロール

平成18年最判は、このような錯誤や詐欺・強迫などによらない、借り手自身のバイアスで、借り手の自由な意思決定が損われる余地があるとします。

このように、借り手のバイアスを引き起こし、貸し手が求める結果への貸し手の誘導行為は、一般にマインドコントロールと呼ばれます。

マインドコントロールと似た概念に「洗脳」があります。主な違いは、強制性の有無と手法の性質にあります。洗脳 (Brainwashing)は、強い強制力を伴います。物理的な暴力、監禁、拷問、薬物の使用、睡眠剥奪、食事制限などです。このような相手方に身体的・精神的な苦痛を与えることで、相手の信念、価値観、精神構造を根本的に変えようとします。その目的は、特定の思想や主義を強制的に植え付け、相手の意識や行動を支配することにあります。ただ、物理的な強制から離れることで、比較的元の状態に戻りやすいとされます。
これに対しマインドコントロール (Mind Control)は、洗脳ほどの強い物理的な強制力は伴いません。むしろ、本人が気づかないうちに、巧妙な心理的手法を用いて思考や行動を操作するものです。ます。操作手法に、言葉巧みな誘導、情報操作、感情のコントロール(不安や罪悪感の煽り)、孤立化、権威の利用などを通じて、受け手の認知、判断に歪み、バイアスを生じさせます。これにより受け手の正常な判断力を奪い、特定の意思決定や行動に誘導します。強制力を伴わないことから、受け手としては、自身の認知、判断や行為が自発的なものと思い込みがちとなります。バイアスの排除(デバイアス)には専門的な支援が必要となることが、少なくありません。

判決のいわゆる「強制」とは?

平成18年最判は、「このような不利益を回避するために,制限超過部分を支払うことを事実上強制することになる」とします。これは、判決は借入れ約定に期限の利益喪失が定めが置かれることが、借り手を過払いに強制させるとするものです。

その強制は、身体的、精神的な圧力には当たりません。過払いへの動機づけ、誘導に過ぎません。しかし、そのような借り手の負担や不利益のリスクが借り手の心理を「損失」フレームに傾かせ、それを回避しようとする損失回避バイアスが働くことで、無効な支払いが事実上強制されることになります。そのような定めを置くことで、借り手を定型的に過払いに誘導するとすれば、それは借り手の損失回避バイアスを惹起させるマインドコントロールに他なりません。この場合、借り手の支払いはバイアスに影響されたものであり、任意による支払でないとなります。

民法は、個人が自らの意思に基づいて法律関係(契約など)を自由に形成できるという原則を前提とします。これが成り立つためには、人の意思が詐欺や強迫などによって歪められていないこと、つまり自由意思に基づく意思表示がなされていることが前提となります。これは、詐欺や強迫がなければ自由な意思決定ができることをいうに他なりません。バイアスにより自由な意思決定が損なわれるとすることは、このような、伝統的な私的自治の原則の修正を求めることになります。

サラ金の貸し付けに関し、2016(平18)年から2020(平22)年の間の契約で、一括払の約定がなされていないものも出ています。この場合には「一括払い」の圧力は無いんだから「任意の支払い」と言えるわけで「みなし弁済」は認められるんじゃないの?との主張もなされるようです。この「強制」をバイアスと捉えれば、一括弁済でなくても、本来は無効である利制限法違反の金利(遅延利息)が数字上で重なることで、心理的に「支払いたい」圧力の高まりは避けられません。一括払いの約定が無くっても、みなし弁済は認められませんよ、となるのではないでしょうか。

パラダイムシフト

パラダイムシフトとは、単なる制度変更や理論の微修正ではなく、「基礎的前提(アイディア)」の転換を伴う構造的変化です。ただし、「基礎的アイディア」の変化をどう捉えるか、どの水準で測定するかが問題となります。
T. Kuhnによれば、科学史における「パラダイム」は、「一定の時期の科学者集団に共有された問題の立て方、解決方法、評価基準などから成る総体的な世界観」と定義されます(The Structure of Scientific Revolutions、https://www.lri.fr/~mbl/Stanford/CS477/papers/Kuhn-SSR-2ndEd.pdf)。ここで、パラダイムシフトとは、①従来のパラダイムでは説明できない「異常」が蓄積され、②それを解決できるまったく新しい枠組み(≒新しいアイディア群)が登場することで、③「世界の見方」そのものが変わる現象をいいます。「主張の基礎となるアイディアが変わること」はパラダイムシフトの必要条件となります。

私的自治パラダイムと平成18年判決

弁護士界隈では、最高裁の昭和43年判決によりはじめて過払金返還請求ができることが確定したと考え方が有力です。この判決こそが、利息制限法引き直し計算での過払いが生じたときに過払い金の返還請求ができることを認めた画期的な判決だとするものです。

この判決は、債務が存しないのに支払うのは、「任意』とは言えないとして、利息制限法1条2項の適用を否定することもできたはずです。しかし、それはしませんでした。平成18年最判は、支払いの「任意性」の存在を問題にしたもとで、昭和43年最判とは異なるアプローチです。過払いに任意性がないとしたものですね。これは、債務が存在しない利息制限法の条文の解釈によるわけではありません。

平成18年最判は、期限の利益喪失約款が存在することで、借り手が過払いを「強制」という言葉を使います。これが、「強制」に当たるというためには、期限の利益喪失約款が存在する以外の他者による身体的、精神的圧力以外にわ人が過払い心理に追い込むパラメータが必要となります。これについて、期限の利益喪失約款の重みに、借り手自身の損失回避バイアスの重みが加算されることで、人を過払い心理に追い込むのではないか、それが系統的なバイアスと捉えることができれば、法的にも過払いの「任意性」を損なう「強制」と評価できないかという問題意識です。

これは、バイアスという表意者側の事情を、詐欺や強迫などの他者による圧力と評価するもので、私的自治、自己責任原則を前提とする従来の法解釈の延長線上の判断枠組からは外れます。認知心理学や行動経済学の知見の「お助け」で、表意者のバイアス利用を「強制」概念に取り込むアイデアです。これは、私的自治則が前提とする人の「自由な意思決定」の再考が求められます。ここでは、自由な意思決定には、詐欺や強迫など他者による「強制」によるものにとどまらず、表意者自身の「自重圧力」となるバイアス利用も含むと考えることになります。これは、「人のふんどし相撲をとる」ってやつですね。
あるいは古い話て恐縮ですが、相手の自重を利用する三船久蔵の「空気投げ」に近しいでしょうか。空気投げ(隅落)は、相手に足や腰、背中を触れずに体捌きによって投げ倒す、非常に高度で難易度の高い技として知られています。自分の力で相手をねじ伏せる伝統的柔道のパラダイムを転換させ、相手に触れることなく、相手の力を利用する技です。これは、人のバイアス利用で過払いに追い込むマインドコントロールに似ています。マインドコントロールを「強制」と捉えるためには、バイアスによる判断の歪みを自己責任とする考え方の転換が求められます.これは、自己責任に関する基礎的前提(アイディア)」の転換である「パラダイムシフト」が前提となるとなりそうです。

5   おわり

パラダイムシフトという言葉は、実に便利な用語です。アイデアが革新的なものであるかどうかを一言で表してくれます。自然科学の領域では、あるアイデアがパラダイムシフトに当たるかどうかは、比較的容易です。しかし、文系の領域では、その区別は簡単ではありありません。平成18年最判が、従来と異なるアイデアでの判決と評価できるとすれば、これはパラダイムシフトとなる判決と言えます。これをパラダイムシフトと呼ぶかどうかはさして重要ではありません。この判決が民法の基礎のなるアイデアが変容の兆しであるとすれば、この判決の法律は、過払い金請求のみならず、顧客の損失回避バイアスが問題となる事例に広く影響を及ぼす判決として活用される伸びしろをもつものといえるのではないでしょうか。

参照文献

伊藤良徳. (日付不明). 過払金請求の歴史と現状. 参照先: https://shomin-law.com/m/kabaraikinrekishitogenjo.html

宇都宮健児. (日付不明). 第91回法学会大会 弁護士として生きる~サラ金・ヤミ金・貧困との闘い. 参照先: 早大法学会リポジトリ: file:///C:/Users/musan/Downloads/WasedaHogaku_88_2_Utsunomiya.pdf

橋本昇. (2024年5月21日). 「借金返せんなら腎臓を売れ」を地で行った“闇金の帝王”がカメラマンに見せた虚栄と虚無. 参照先: JBpress: https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/81070?page=4

橋本昇、高木瑞穂. (2025年3月30日). 「借金が返せなかったら腎臓を売らんかい!!」インタビュー中に2億円をバラ撒いたことも…「闇金の帝王」と呼ばれた男の“あまりに異常な金銭感覚”. 参照先: 文春オンライン: https://bunshun.jp/articles/-/77907

村本武志. (2023年1月). 契約と心理学. 参照先: 心理学ワールド100号 「弱み」を「強み」に変える心理学: https://psych.or.jp/publication/world100/pw08

最高裁_民事局. (日付不明). 貸金業者に対する過払金返還請求訴訟. 参照先: https://www.courts.go.jp/saikosai/vc-files/saikosai/file3/80903002.pdf


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