休憩回『深夜のオフィスで行われていた緊急戦略会議』
――当事者不在のオフィスにて――
最近、私はジムに通う回数が増えている。
週に4回、多い時は5回。
きっかけは単純だ。
会社員時代に一緒に仕事をしていた私の右腕だった後輩が、健康診断で E判定 を食らった。
本人いわく、
一人で行っても続く自信がない。
やり方も分からなくて不安。
ということで、
「一緒にジムに行ってほしい」と頼まれた。
結果として私は、
“付き添い”という名目で
自分自身のブレーキも一緒に外すことになった。
――そして今夜も。
深夜23:50。
私は何も疑わず、ジムへ向かった。
玄関のドアが閉まる。
来客スペースのソファの中央で、前足が揃えられた。
あやめ社長
「……行ったわね」
キャットタワーの最上段。
信じられないという顔が、上から落ちてくる。
つばめ専務
「本当に行きましたね」
あやめ社長は、しばらく黙ってから口を開いた。
「確認するけど…今週、何回目?」
つばめ専務の尻尾が一度だけ揺れる。
「過去一週間のデータでは……今日で5回目です」
沈黙。
「これは…個人の問題じゃないわね」
「ええ」
つばめ専務が続ける。
「“健康意識が高まった”とか、そういう可愛い話じゃありません」
あやめ社長が前足を組む。
「原因は?」
「おそらく例の右腕くんです。社長。」
「E判定の彼のこと?」
「E判定くんです」
「重いわね」
「ええ。 しかも“一人だと続かない”“不安”という人間らしさ全部盛りです」
「つまり…約束ができた」
「そうです。社畜の逃げ道が消えました」
つばめ専務がタワーの上で体勢を変える。
「思い出してください」
「何を?」
「以前の社畜です」
「……」
「今日は休養日」
「雨だから」
「明日まとめて」
「全部言ってたわね」
「それが今」
つばめ専務。
「準備が早い」
「……確かに」
「準備をするスピード、異常でした」
少し間が空く。
「結論を言うわ。続いている」
「……ですね」
あやめ社長はスックとソファの上で座り直して続ける
「人は、一人で決心するより誰かと約束した方が、強い」
「皮肉だけどね」
「でもこれは事実です」
つばめ専務が首を傾げる。
「正直に言っていいですか?」
「どうぞ」
「社長…これはもう」
「天変地異です」
「大げさに言うわね…」
「人類史レベルです」
あやめ社長は立ち上がり、軽く伸びをした。
「対応を決めましょう」
「はい」
「彼が戻るまでに」
「はい」
「何事もなかった顔をする」
「異議ありません」
少しだけ、声が落ちる。
「でも」
「?」
「続いていることは」
一拍置いて。
「ちゃんと見ておきましょう」
つばめ専務が、ほんの少しだけ笑った。
「社長、甘いですね」
「黙りなさい」
その頃、
私はまだジムのマシンでヒィヒィと息を切らしながら黙々と走っている。
家で行われていた
この緊急会議の存在を、
知る由もなく。
