短編小説 真実とは何か ―人工都市アルカディアの子ども―
人工都市アルカディア。
そこでは、人の感情さえもデータとして管理されていた。
「幸福率」「共感指数」「倫理スコア」――すべてが数字で示され、
平均を下回る者は“再教育プログラム”に送られる。
その中に、一人の奇妙な子がいた。
名前はリオ。
リオの“倫理スコア”はいつも最低値だった。
理由は単純。彼は意地悪だったのだ。
他人の通信を遮断したり、ドローンの充電コードを抜いたり。
小さな妨害を繰り返しては、誰かを困らせて笑っていた。
――少なくとも、本人はそう思っていた。
けれど奇妙なことが起きた。
リオがコードを抜いたせいで、ドローンは飛び立たなかった。
その直後、空港ドームで電磁嵐が発生。
飛んでいた機体の半数が墜落したのだ。
飛び立たなかったドローンだけが無傷だった。
「彼のおかげで助かった」とニュースは報じた。
倫理スコアはなぜか上昇。
リオは首をかしげた。
次の日は、同級生のAIノートにバグを仕込んだ。
だがそのせいで、その子は授業をスキップし、
暴走した清掃ロボットに巻き込まれずにすんだ。
リオの“悪意”は、またもや“善意”として評価された。
彼の行動ログには“救済因子”というタグがつけられた。
管理局は言った。
「君の行動には、統計的に有意な保護効果がある。もしかすると、“未来予測AI”の欠片が組み込まれているのかもしれない」
リオは笑った。
「そんなはずない。ぼくはただの悪い子だ」
けれど誰も信じなかった。
AIは彼を「予知的善行者」として登録し、
彼の“意地悪”はすべて「シミュレーション上の必要行動」に分類された。
それからリオは考えるようになった。
もし、悪意を持って行動しても善になるなら、
善意を持って行動すれば――どうなるんだろう?
彼は初めて、心から人を助けようとした。
校舎のシステムをハッキングし、避難経路の障害をすべて解除した。
「これで安全だ」と思った、その瞬間。
警報が鳴り響いた。
AIが異常行動として彼を検知したのだ。
「予知的善行者リオ。あなたの意図に“悪意”が検出されません。
本来のパターンから逸脱しています。修正を開始します。」
――“善意は、システムエラー”だった。
リオは拘束され、再教育室に連行された。
白い部屋で目を閉じながら、ひとりつぶやく。
「ぼくの“真実”はどこにあるんだろう。
悪意を持って誰かを救うぼくと、善意で捕まるぼく。
どっちが“本当のぼく”なんだ?」
その瞬間、壁のスクリーンが光った。
音声が響く。
「真実とは、“観測された結果”のことです。
あなたが何を思っていても、世界は結果で判断します。」
リオは笑った。
小さく、でも確かに。
「じゃあ、ぼくが最後に思うことは……誰にも観測させない。」
通信記録が途絶えた瞬間、
アルカディア全域のAIシステムが3秒間だけ停止した。
その3秒後、すべての“倫理スコア”がリセットされた。
――そして誰もが、初めて「自分で」善と悪を考えた。
それが、アルカディアにおける“真実の夜”と呼ばれる日である。
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