『胡桃の箱』第11話 突然の別れ
それから三ヶ月後、母からLINEが来た。
「電話、ちょうだい」
まただ。LINEでやりとり出来ない内容なのか。
僕は、しぶしぶ電話をかけた。
「もしもし」
「春人?」
「うん」
「春人、あのね」
「うん」
「秋人パパがね、」
「うん」
「もしかしたら、長くはないかもしれないの」
「長くないって何が?」
「お医者様が言うには、そろそろ心の準備をして下さいって」
「どういう準備?」
「お別れのよ」
それは、全く受け入れられない言葉だった。
「それって医者がオーバーに言ってるだけじゃない?」
僕は、突きつけられた現実を否定したかった。
「そんな簡単に秋人パパが、死ぬ訳ないじゃん。弱気になんないでよ」
「そうよね」
「だからほら、元気出して」
「うん、 うん、」
電話口で母は泣いている。
電話を切ると僕は急いで着替えた。東京駅から上越新幹線に飛び乗り、高崎からはタクシーで病院に向かった。
病室には、母と源ちゃんがいた。ベッドには、チューブだらけの叔父が寝ている。その弱り果てた姿に、絶句した。
「秋人パパ、僕だよ。春人だよ。わかる?」
叔父はぼんやりと目を開けた。
「ああ、」
「春人だよ」
「ああ今、春人とキャンプしてたんだよ」
「それ、夢だよ。本物の僕は、こっちだよ」
「ああ、」
叔父は、また目を閉じた。
「起きてよ、寝ないでよ」
「起きてるさ」
そこへドクターが、診察にやって来た。
ドクターは聴診器で叔父の胸の音を聞き、そして声をかける。
「古城さーん、古城さーん」
「はい」
「きついですか?」
「きつい」
「きついね?」
「はい」
塩らしく応える叔父が、意地らしかった。いつもの様に、もっと毒づいて欲しかった。
診察が済むと、僕と母はドクターの後を追って廊下に出た。ドクターは小声で言った。
「我々も出来る限りの手を尽くしていますが、そろそろ限界です」
「それって、助からないってことですか?」
僕は、医者に食ってかかった。
「今はもう、本人の気力だけで持っている状態です。それが何時まで続くかは、私にも分かりません」
医者も苦しそうだ。彼を責めても仕方がない。
「そうですか。わかりました」
「お辛いでしょうが、悔いのないように過ごして下さい」
僕と母は、立ち去る医者に黙ってお辞儀をした。
それからの三日間、僕と母と源ちゃんは、病院に交代で寝泊りした。親戚でもない源ちゃんが、そこまでしてくれるのには感謝しかなかった。
「秋人さんは、兄貴みたいなもんすから」
「源ちゃんがいてくれるだけで、どんなに心強いか分からないよ」
「本当にありがとう」
母も涙を浮かべた。
それからは、長くて苦しい三日間だった。
体力も気力も、限界に達しそうになった時、病院の駐車場の車の中で寝ている僕に、母からLINEが来た。
「すぐに来て」
慌てて飛び起きて、病室に駆けつける。病室にはナースが慌ただしく出入りし、さまざまな計測機器の音が鳴っている。
中に入るとドクターが、叔父に心臓マッサージを施していた。叔父は、まだ呼吸をしている。
「秋人パパ、頑張れー」
「秋ちゃん、秋ちゃん」
「秋人さーん」
みんなで、叔父の名前を呼んだ。けれど叔父の呼吸は、だんだん弱くなる。
最後に叔父は、目を閉じたまま大きく息を吐いた。
叔父の顔から、血の気が引いていく。
それでもドクターは、手を休めない。流れ落ちる汗を拭おうともせず、ひたすらマッサージを続けている。けれども叔父の心臓は、再び動き出すことはなかった。
「先生、もういいです。十分です。ありがとうございました」
母の言葉で、ドクターは心臓マッサージを止めると、一連の確認作業をした。それが済むと、母は叔父の髪をなでた。
「秋ちゃん、頑張ったね。きつかったね。もう十分、十分頑張った。ありがとう」
そう言うと、母はタオルに顔をうずめて嗚咽した。
叔父の顔は、ホッとしているような、笑っているかのように見えた。
あっけない。あまりにも、あっけない。叔父の早すぎる人生の終わり方に、僕は呆然としていた。
