アイドルオタクの私がバスケ選手を追いかけて東京から京都へ通うまでになった話
人生って、本当に何がきっかけで変わるか分からない。
数年前までの私は、あるアイドルを応援する普通のオタクだった。ライブに行って、SNSをチェックして、推しの活躍を追いかける。
まさかその数年後、自分が東京から京都へ何度も遠征する生活を送ることになるなんて想像もしていなかったし、そのきっかけはバスケットボール選手ですらなかった。
はじまりはアイドルと、1匹のマスコット
当時応援していたアイドルが、バスケボール応援番組に出演した。
そこで共演して、そのかわいさに界隈をざわつかせたのが、京都ハンナリーズのマスコット「はんニャリン」。
私はバスケのルールもほとんど知らなかったし、Bリーグのチーム名もよく分からなかった。
でも、はんニャリンがとにかくかわいかった。そのアイドルのダンスを完コピした動画をSNSに投稿してくれた。
はんニャリンの実物を見てみたい、という軽い気持ちで東京に住む私は京都ハンナリーズのホームゲームを観に行くことにした。
今振り返るとかなりフットワークが軽いけど、あの日の遠征が、私の人生を大きく変えてくれた。
なんとなく気になり始めた京都ハンナリーズ
初めてのアリーナ観戦は想像以上に楽しかった。
選手たちのスピードや迫力、会場の一体感、テレビでは伝わらない熱気に臨場感。
気づけば試合そのものが面白くなっていた。
観戦後も、私はなんとなく京都ハンナリーズの情報を追うようになった。
そしてある日、X(当時Twitter)で一つのリリースを見かける。特別指定選手加入のお知らせだった。
そこで初めて、小西聖也選手の存在を知る。顔がかわいかった。正直に言って、最初の印象はただただ「顔がかわいい」だった。
でも、試合を見るたびにどんどん気になる存在になっていった。当時の小西選手は大学生で、特別指定選手。出場時間は決して多くなかったけど、それでもコートに立てばミスを恐れず思い切りプレーしていた。
限られた時間の中で、自分の持てるものを全部出そうとしているように見えた。そのがむしゃらさに惹かれた。
横浜戦で決めたフリースロー
今でも印象に残っている場面がある。2022年3月27日横浜戦GAME2、小西選手がフリースローを決めた時。
もちろん得点そのものも嬉しかった。でも私の記憶に残っているのは、その後だった。ベンチにいた先輩たちが、総立ちで自分のことのように喜んでいた。小西くんの得点を、チーム全員で祝福している。その光景がすごく温かかった。
小室選手とのコンビ、"特指ーず"
同じタイミングで特別指定選手として加入した小室昂大選手の存在も大きかった。2人ともまだプロとしては駆け出し。ベンチから試合を見つめる時間も多かった。それでも少ないチャンスを掴もうとしていた。
一緒に成長していく姿。お互いを高め合っているような雰囲気。特指ならではのフレッシュさ。そんな二人を見ているうちに、自然と応援する気持ちが強くなっていった。
東京から京都への遠征生活
気づけば、私の生活は京都ハンナリーズ中心になっていた。
試合日程を確認する、新幹線や夜行バスなどの交通手段を予約する、ホテルを探す、仕事の予定を調整する……
休日の予定はほぼ遠征基準で決まっていった。
東京から京都は決して近くないし、交通費もかかる。それでも「行かない理由」より「行きたい理由」の方が大きかった。
推しがいるから
あの日の番組が人生を変えた。振り返ると、本当に不思議な流れだと思う。
好きなアイドルが番組に出て、そこではんニャリンを知る。はんニャリンに会いたくて京都へ行った。そして小西聖也選手を知り、応援するようになった。そして東京から京都へ通う生活が始まった。
どれか一つ欠けていたら、今の私はいなかっただろうし、全国各地に住む友達と出会うこともなかったと思う。
当時の私は、ただ「はんニャリンかわいいな」と思っただけだった。まさかそこから今まで見たことのなかったバスケ観戦のために3年間も京都へ通うことになるなんて本当に想像もしなかった。
京都へのホーム遠征だけではなく、アウェイでもいろいろなところへ行ったので、少しずつ振り返りたいと思います。
