売上を「足し算」から「掛け算」へ——AIが変えた事業の構造
中小企業で事業全体を見る仕事を始めたとき、一番困ったのが「客観的に状況を把握する手段」が十分ではなかったことだった。
チームやスタッフにヒアリングして状況を探ることはできる。でもそこには必ず主観が入る。それぞれの立場や思惑、好き嫌いといったフィルターがかかっていて、事実が見えづらいことがよくある。
それぞれの人が考えや感情を持つこと自体はいいことだし、否定するつもりはない。ただ、事業の現状を解像度高く把握して、本質的な課題や機会を見出すためには、主観がノイズになることが大いにある。
だから自分は、事業を見るときにはまず数字(データ)を押さえることを習慣にしている。
「事実」と「解釈」を分ける——味の素で叩き込まれたこと
新卒で入った味の素では、何かを報告するとき、考えを伝えるとき、とにかく「事実と解釈を分けろ」と口酸っぱく言われた。
大企業で組織として判断して動いていくためには、事実と解釈を積み上げて強固なロジックを構築し、誰が見ても納得できる結論を導く必要があったからだ。
これは食品の品質評価でも徹底していた。「おいしい・まずい」という主観(嗜好)と、「甘い・しょっぱい」という客観(特性)は必ず分けて評価する。
商品開発のゴールは、ターゲットとなるお客さんが「おいしい」と評価し、「購入する」という行動を起こすものを作ること。でもその過程では、甘味や塩味といった食品の特性を数値で点数付けして、どのバランスで設計すれば「おいしさ」の評価が最も高くなるか、緻密にロジックを組み立てていた。
ちなみに味も人によって感じ方が違うから、客観的に味を評価できる鋭敏な舌を持った人が社内で選抜されていたりもする。そこまで徹底していた。
だから今でも、事業の構造や状態を見るときには必ず事実=データを押さえる。事実は揺るがない情報として持ちながら、関係者の意見をそれぞれのフィルターを見通して調整していく。それが自分の仕事の進め方になっている。
データはあった。でも「メス」がなかった
話を戻すと、中小企業で客観的に状況を見られなかったのは、データがなかったからではない。むしろ以前の記事でも書いたように、データは驚くほど豊富に揃っていた。
ただし、その豊富なデータを取りまとめたり分析する手段がなかった。
例えば飲食店のPOSデータ。お客さんがいつ、どの店舗で、何を注文したのかという貴重な情報がたくさんある。でも1行ずつ見ていても構造は見えてこない。集計や分析をして初めて傾向やつながりが見えて、課題や機会を見出す価値のある情報になる。
でもそれを自由自在にできるツールがなかった。
最低限、期間別・店舗別に売上をまとめることはできていた。ただそれだけだと「今月は実績が良かった・悪かった」という話で終わってしまう。店長に聞いても「天気が良かった」とか「近くでイベントがあった」とか、次のアクションにつながらない理由が出てくる。
全体の数字の動きを見て、経験から仮説を立てることはできる。でもその仮説が正しいのか、もっと深いところで何が起きているのかを突き止めるのは難しかった。
だから必要なのが、データの「見える化」だ。もっと正確に言うと、データを様々な角度から切り刻んで、問題や成果の真因を突き止めていくための「メス」のようなもの。
大手であればデータベースがあって、そこから欲しい形でデータを引き出せるツールが整っている。でも中小企業だとそうはいかない。入ってくるデータをそのまま置いて、提供されるデフォルトの機能でざっくり全体の動きを追うのがやっと、というのが現実だと思う。
だからAIでデータを自在に操れる時代が来たことは、中小企業にとって大きく前進するための武器を手に入れた状態だと思っている。
足し算の売上から、掛け算の売上へ
実際にAIを使ってデータを分析していくと、課題をより深いレベルで理解できるようになる。そしてそれによって、打ち手そのものが変わってくる。
わかりやすいのがECの事例だ。
従来は毎月の売上予算を達成したかどうかを、セッション数(アクセス数)とCVR(購買率)に分けて見ていた。セールや新商品・限定品などの施策ごとに分けて見たり、Web広告の効果を測りながら改善していくという基本的な活動は、デフォルトのダッシュボードでできていた。
でも、一人ひとりのお客さんの購買行動を分析して、ブランドとしてどのように顧客やファンを育てていくか。その視点は、感覚的にはわかっていても、データからは捉えられていなかった。
AIによってECの膨大で詳細なデータを分析できるようになったことで、顧客一人ひとりの購買行動を捉えて、より良いタイミングで、より効果的なコミュニケーションができるようになった。
これは構造的な変化だ。
施策やアクションの積み上げ——つまり「足し算」で見ていた売上を、顧客一人ひとりのLTV(生涯価値)と顧客数の「掛け算」で見ることができるようになった。
当然、毎回毎回の売上を足し算で大きくしていくことに注力し続けるよりも、一人のお客さんが使ってくれる金額や購入のタイミングを改善して、掛け算で売上を伸ばしていくほうが成果は出やすい。
そしてやるべき施策にフォーカスし続けるよりも、顧客一人ひとりにフォーカスしているほうが、スタッフもやりがいを感じられるし、お客さんの満足度も上がりやすい。
見るべき指標を変えることで、目線が変わる。使う言葉も変わる。積み上げ続けるマラソンから脱して、お客さんとともに成長していくブランドへと変化を遂げることができた。
AIは効率化ツールじゃない。事業の構造を変える武器だ
業務改善や効率化ももちろん大事だ。でもAIの本当の価値はそこだけじゃないと思っている。
AIを使いこなせば、事業そのものの構造を変えられる。社員の働き方も、働きがいも変えられる。
今まで大手しか持ちえなかったデータ分析の武器を、中小企業が使いこなせる時代が来ている。これはAI時代の到来がもたらす、中小企業にとっての本当のチャンスだと思う。
自分は食品業界で約20年、大手もコンサルも中小も経験してきた。その中で一番確信しているのは、中小企業には伸びしろが山ほどあるということ。データはすでにある。足りなかったのは、それを活かすための手段だった。
その手段がいま、手の届くところにある。
一緒にこの武器を使いこなして、事業の構造そのものを変えていきませんか。
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