リニアの夏、45歳の点と線
第一章 品川からの逃避
品川駅を出た東海道新幹線の窓に、四十五歳になった自分の顔が映っていた。
頬は痩せ、目の下には薄黒い影がある。三日前、自宅近くの量販店で買った紺色のスーツだけが、顔から浮いて見えた。袖口にはまだ折り目が残っている。成功した男の服ではない。成功した男に見せかけるための服だった。
明は窓から目をそらし、ポケットの中のスマートフォンを握りしめた。
画面には、何度読んでも意味の変わらない件名が表示されている。
――リニア中央新幹線建設事業に伴う用地取得説明会の開催について。
その下には、実家の所在地と、地番と、説明会場となる市民公民館の名前が記されていた。
二十八年ぶりの帰郷だった。
本当は、死んでも帰りたくなかった。
東京で一発当てる。
十七歳の夏、明はそう言って故郷を出た。駅のホームで見送る母親に、五年待てと胸を張った。五年後には迎えに来る。もう畑仕事なんかしなくていい暮らしをさせる。東京の高層ホテルで、腹いっぱい天ぷらを食わせてやる。
あのときの自分は、本気だった。
最初の五年は、小さな広告会社で働いた。寝る間もなく企画書を作り、接待で酒を飲み、上司に殴られるような言葉を浴びても笑っていた。二十七歳で独立した。三十歳になる頃には、社員が六人いた。恵比寿に小さな事務所を借り、革張りの椅子とガラスのテーブルを置いた。
あの頃、母親には毎月五万円を送っていた。
電話をかけると、母親は決まって言った。
「自分のために使いなさい。こっちは何も困ってないから」
明は、その言葉を成功者への称賛だと思っていた。
実際には違ったのだろう。
母親はただ、息子の金が、息子自身を削って作られたものだと知っていたのかもしれない。
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