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戦争は財布の中から始まった ――昭和恐慌、満州、そして金に追い詰められた日本

戦争は財布の中から始まった  
――昭和恐慌、満州、そして金に追い詰められた日本

戦争というと、どうしても軍人の顔が浮かぶ。

軍服を着た男たち。
会議室で地図を広げる参謀。
新聞に並ぶ勇ましい見出し。
国民を熱狂させる演説。

たしかに、それは間違いではない。

けれど、私は最近思う。

戦争は、軍人だけが始めたのではない。
もっと前に、もっと生活に近いところで、すでに始まっていたのではないか。

それは、財布の中である。

売れない商品。
減っていく注文。
薄くなる給料袋。
米を売っても暮らせない農村。
大学を出ても仕事がない若者。
そして、新聞の見出しにすがるように、どこかに出口を探していた国民の心。

昭和の戦争を考える時、軍部だけを見ていると、見落とすものがある。

金である。

1929年、世界恐慌が起きた。

アメリカの株が崩れた。
ニューヨークのウォール街で起きた出来事が、まわりまわって日本の農村や町工場まで冷やしていった。

当時の日本は、今よりずっと貧しい国だった。
それでも、明治から必死に追いついてきた。
日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦を経て、なんとか先進国の仲間入りをしたつもりでいた。

しかし、実際にはまだ新参者だった。

イギリスには巨大な帝国経済圏があった。
フランスにも植民地があった。
アメリカには広大な国内市場があった。
ロンドンにはシティがあり、ニューヨークにはウォール街があった。

では、日本には何があったのか。

真面目に働く人間。
安くてよくできた製品。
生糸、綿製品、雑貨、玩具。
小さな工場で作られた軽工業品。

日本は、それを海外に売って食っていた。

ところが、世界恐慌で外国が一斉に財布を閉じた。

アメリカは自国の産業を守るために関税を上げた。
いわゆる高関税政策である。
自分の国の農民や工場を守るため、外国製品に高い壁を作る。

アメリカから見れば、自国防衛だったのだろう。
しかし、日本から見れば、飯の種を奪われる話だった。

日本の繊維が売れにくくなる。
玩具が売れにくくなる。
陶磁器や雑貨も売れにくくなる。
安く作って、海外に売って、なんとか外貨を稼いでいた日本にとって、これはきつい。

商社は困る。
問屋は困る。
工場は困る。
職工は困る。
そして農村も困る。

なぜ農村まで苦しくなるのか。

当時の農村には養蚕があった。
生糸は日本の重要な輸出品だった。
農家の娘たちが働き、家計を支えていた。

その生糸の先に、アメリカ市場があった。

つまり、ニューヨークの株価が崩れると、日本の農村の台所まで寒くなる。
世界経済とは、きれいな言葉で言えば国際分業だが、庶民から見れば、知らない外国の都合で自分の飯が減る仕組みでもある。

昭和恐慌は、そういう恐ろしさを持っていた。

町には失業者が出た。
工場は人を減らした。
学生は卒業しても行き場がない。

「大学は出たけれど」

この言葉は、ただの流行語ではない。
当時の若者のため息である。

親が無理をして学費を出した。
本人も勉強した。
それなのに働き口がない。

今なら、景気が悪い、雇用が悪い、政策が悪いと数字で語る。
しかし当時の人にとっては、もっと切実だったはずだ。

明日の飯。
家族への顔向け。
実家に戻っても農村は苦しい。
都会に残っても仕事はない。

そういう時、人間は強い言葉に弱くなる。

「満州がある」
「大陸に活路がある」
「日本は資源がない」
「このままでは欧米に締め出される」
「自前の経済圏を作らなければ生き残れない」

最初は理屈だったのだと思う。

だが、不況の中で理屈はだんだん熱を持つ。
熱は怒りになる。
怒りは新聞の見出しになる。
見出しは世論になる。
世論は政治家を押す。
政治家が押されると、軍部はさらに前に出る。

この時代、日本の頭脳と呼ばれる人たちも、ただ精神論を言っていたわけではない。

近衛文麿の周辺には、学者、官僚、新聞人、調査マンが集まっていた。
昭和研究会、満鉄調査部、企画院。
名前だけ聞くと硬いが、今で言えば政府系シンクタンク、政策ブレーン、国家戦略室のようなものだ。

彼らが見ていたのは、世界経済のブロック化だった。

自由貿易の時代は終わりつつある。
列強は自分たちの経済圏を守っている。
古い大国は、すでに市場も資源も押さえている。
後から来た日本には、席がない。

ここが苦しい。

日本はようやく先進国の末席に座ったつもりだった。
しかし、座ってみたら、上座はもう埋まっていた。
しかも先に座った連中は、自分たちの皿を抱え込んで、こちらに分けようとしない。

ならば、日本も自分の食卓を作るしかない。

この発想が、満州へ向かった。

満州は、遠い大陸の地名ではなかった。
仕事に見えた。
市場に見えた。
資源に見えた。
農村の出口に見えた。
工場の注文に見えた。
そして国家の生き残り策に見えた。

近衛文麿の第一次政権、第二次政権のころ、日本の政策ブレーンたちは、単に軍部に引きずられていたわけではない。
彼らなりの経済ビジョンを持っていた。

円で回る経済圏。
日本の工業製品を売れる市場。
日本に必要な資源を確保できる地域。
欧米に締め出されても、内側で回る仕組み。

美しい言葉にすれば、東亜協同体。
もっと泥臭く言えば、食い扶持の囲い込みである。

しかし、ここで日本には大きな問題があった。

高橋是清がいなくなったことだ。

高橋是清は、ただの大蔵大臣ではなかった。
日露戦争の時、欧米で外債を売り、日本の戦費をつないだ男である。
ロンドンやニューヨークの金融界が、何を見て金を出すのか。
どこで警戒するのか。
どうすれば信用されるのか。
それを体で知っていた。

金は愛国心では動かない。
金は情では動かない。
金は返ってくるところへ行く。
信用できるところへ行く。
危ないと思えば、一瞬で引く。

高橋は、その怖さを知っていた。

だから昭和恐慌の後、思い切った財政出動で景気を戻しながらも、軍事費の膨張にはブレーキをかけようとした。
景気を温める金と、国家を壊す金の違いを知っていたのだと思う。

ところが、その高橋が二・二六事件で殺される。

これは単に一人の政治家が消えた事件ではない。
日本から、国際金融の言葉がわかる最後の大物が消えた事件だった。

軍部は金を使いたい。
官僚は統制で何とかしたい。
新聞は強い見出しを書きたい。
財界は軍需に期待する。
国民は不況から抜け出したい。

その時に、

「その金はどこから来るんだ」
「外貨は足りるのか」
「鉄は、石油は、ゴムはどうするんだ」
「世界の金融市場は日本をどう見ているんだ」

と腹の底から言える人間が弱くなった。

ここから日本は、だんだん自分の中だけで金を回す方向へ行く。

国債を出す。
軍需に金を流す。
工場が動く。
失業者が減る。
一見、景気は良くなる。

だが、これは怖い景気である。

戦争で景気が良くなるというのは、麻薬のようなものだ。

軍服を作る。
靴を作る。
船を作る。
飛行機を作る。
銃を作る。
弾を作る。

注文は出る。
工場は動く。
給料も出る。

しかし、その先には消費者がいない。
生活を豊かにする商品ではない。
壊すための物を作り続ける経済である。

しかも、一度その味を覚えると、やめられなくなる。

軍需で工場が回る。
軍需で雇用が生まれる。
軍需で政治が支えられる。
ならば、もっと軍需が欲しくなる。

戦線を広げる。
物資が足りなくなる。
もっと統制する。
もっと国債を出す。
もっと日銀に頼る。
もっと国民に我慢させる。

金の流れが、戦争から離れられなくなる。

ここで、欧州金融界の影も見なければならない。

明治の日本は、国際金融の力を利用した。
日露戦争では、欧米の金融市場から金を引っ張った。
その背後には、ロンドンのシティ、ニューヨークの金融家、ロスチャイルド家のような欧州金融資本の名門もいた。

ただ、ここを雑に書くと危ない。

ロスチャイルドが日本を操った。
世界資本が裏で全部決めた。
そう言えば話はわかりやすい。

しかし、歴史はそんな安い陰謀論ではないと思う。

本当に怖いのは、特定の一族が裏で糸を引いたことではない。
国際金融市場そのものの冷たさである。

金は、正義に貸すのではない。
金は、かわいそうな国に貸すのでもない。
金は、返ってきそうな国に貸す。
信用できる国に貸す。
国際秩序の中で約束を守りそうな国に貸す。

満州事変。
国際連盟脱退。
日中戦争。

こう進むにつれて、欧米の金融界から見た日本は、だんだん危ない国になっていく。

危ない国には金が来ない。
金が来ないから、自前で回す。
自前で回すから、統制する。
統制するから、軍と官僚の力が強くなる。
軍と官僚の力が強くなるから、ますます外国から見れば危ない国になる。

悪循環である。

日本は世界経済のブロック化の中で、真ん中から弾き出された。

アメリカは関税で守る。
イギリスは帝国で守る。
フランスは植民地で守る。
ソ連は計画経済で閉じる。
ドイツも独自の圏を作ろうとする。

では、日本はどこで食うのか。

その問いに、日本は満州と大陸で答えようとした。

ここに軍部が乗った。
新聞が乗った。
知識人が理屈をつけた。
官僚が制度を作った。
財界が注文を待った。
国民も、どこかで期待してしまった。

これが怖い。

戦争は、狂った軍人だけで始まるものではない。
普通の人間の生活不安が、少しずつ戦争を受け入れていく。

仕事がない。
物が売れない。
子どもの将来が見えない。
農村が苦しい。
新聞は強い言葉を並べる。
政治家は止められない。
知識人は「これは歴史の必然だ」と説明する。

そして、いつの間にか戦争が、生活再建の手段のように見えてくる。

これが一番怖い。

会社で考えるとわかりやすい。

売上が落ちた。
銀行も厳しい。
取引先も減った。
社員の不満も溜まっている。

そこへ誰かが言う。

「あそこに新しい市場があります」
「あそこなら資源も取れます」
「あそこを押さえれば、会社は生き残れます」

最初は経営再建の話に聞こえる。
だが、それを国家が軍隊でやれば侵略になる。

昭和の日本は、その境目を越えた。

だから私は、戦争を語る時、軍部だけを責めて終わりにしたくない。

もちろん、軍部の責任は重い。
それは絶対に消えない。

しかし、それだけでは足りない。

新聞は何を書いたのか。
財界は何を期待したのか。
官僚はどんな制度を作ったのか。
知識人はどんな理屈を与えたのか。
国民は何にすがったのか。
そして、金はどこから来て、どこへ流れたのか。

そこまで見ないと、戦争の本当の怖さは見えてこない。

戦争は、戦場で突然始まるのではない。

売れない在庫。
閉じられる市場。
薄い給料袋。
借りにくくなる金。
輸出できない商品。
不安をあおる新聞。
そして、どこかに出口を求める国民の心。

そこから始まる。

昭和の日本は、世界恐慌で追い詰められた。
高関税で市場を失った。
金本位制で苦しんだ。
高橋財政で一度は息を吹き返した。
しかし、高橋是清を失った。
国際金融の信用も失っていった。
そして、外で食えないなら内側に経済圏を作るしかないと考えた。

その内側が、満州だった。

満州は夢だった。
だが、危険な夢だった。

仕事に見える。
市場に見える。
資源に見える。
国の未来に見える。

しかし、その夢の奥には、他人の土地があり、他人の生活があり、他人の命があった。

経済の言葉で始まったものが、最後は戦争になる。

これほど恐ろしいことはない。

金が詰まった国は危ない。
仕事が消えた社会は危ない。
新聞が怒りを売り始めた時代は危ない。
知識人が戦争に理屈をつけ始めた時代は、もっと危ない。

軍靴の音が聞こえる前に、戦争はもう始まっている。

それは、財布の中で始まっている。


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