多少変でも、許してくれ🙏と思いながら中国語を話してる note59日目
日本語では空気を読み、中国語ではとにかく単語を探している
「この日本語、ちょっと間違ってるけど、
まぁ言いたいことは分かる😊」
日本にいる外国の人と話している時、
私は昔から、
そんなふうに思って会話していた。
文法が少し違っても、
敬語がおかしくても、
単語そのものが間違っても
「たぶんこういうことかな?」
と想像しながら聞いていたし、
ちょっと直してあげたりして、
それが当たり前だと思っていた。
アザラシのことを
「イザラシが可愛くて」
って言われた時とかね😅
でも今、
自分が中国語を話す側になって、
初めて分かったことがある。
今の私は、
まさにあの“たどたどしい外国人”側だ。
中国語を話す時、
私は「失礼じゃないかな?」とか、
「この表現は自然かな?」まで
考える余裕がない。
まず先にやるのは、
「知っている単語を探す」こと。
そして、その次は
「この単語とこの単語で通じるかな?」と、
頭の中で必死に組み立てる。
日本語を話す時の脳は、
マルチタスクで忙しい。
話す内容を考えて、順番を組み立てて、
相手との距離感、相手の反応を見て,
失礼じゃないかを確認して、
敬語まで調整している。
でも中国語の時は違う。
とにかく、「伝われー!」である😅
多少文法が違っても、発音が変でも、
「まぁ、きっとこういうことを
言いたいんだろうな😊」と
相手が受け取ってくれる前提
で話している。
そして最近思う。
人間の会話って、
案外みんな そうやって
成り立っているのかもしれない。
完璧な日本語だから伝わるわけじゃない。
相手が、「たぶんこういうことかな?」
と想像しながら聞いてくれているから、
会話は続いていく。
失語症になったあと、
私は「話す」ということの難しさを
前より強く感じるようになった。
でもその一方で、
言葉は完璧じゃなくても、人は案外、
ちゃんと受け取ろうとしてくれるんだな、
とも思う。
最初からペラペラ話せる人間なんて、
どこにもおらんのだて😊
