ユーモアは心の杖になる note92日目
ネタだと思えば少し歩ける
脳出血で倒れてから、
私はよく思う。
ユーモアとは、
心の杖みたいなものだな、と。
杖があると歩きやすいように、
笑いがあると、心が少し楽になる。
歩きやすくなる。
もちろん、
笑ったからって
病気が治るわけではない。
右手が動くようになるわけでもないし、
失語症が治るわけでもない。
それでも私は、
ユーモア・笑いに
何度も助けられてきた。
この体になって
思い通りにいかないことなんて、
山ほどある。
世の中は右利き文化だ。
でも右手は動かない。
そして左手では、やりにくい。
言葉は出てこない。
しかし筆談出来るほど、
綺麗な字は書けない。
障害者になったが、
なったからといって
生きやすくなった訳ではない。
家族を含め、周りの皆さんに
ご協力を仰いでばかりいる。
なので困ったことに出会したら
「どうしたもんじゃろのぅ?」
と笑ってしまうことがある。
もちろん本当は困っている。
でも、
ネタだと思えば少し歩ける。
ネタだと思わないと、
やっとれんのである🤣
昔、
フランクルの『夜と霧』を読んだ時も、
私の心に残ったのは、
ユーモアの力だった。
極限状態の中でも、
人は笑うことができる。
笑うことで、
ほんの少し心に余裕ができる。
あのアウシュビッツの中でも
笑うことが出来たんだ!
そう思うことが出来たんだ!
そのことがずっと、いまだに
私の心の中に強く残っている。
入院中、
夫もよく言っていた。
「泣いても人生、笑っても人生。
同じ人生なら、
楽しんだもん勝ちだに」
そうだよな、と思った。
私は
夫のことを
「ニコニコ教の教祖」
と呼んでいる。笑
夫も
「ニコニコしとれば何とかなる」
と言う。
人生には、
どうにもならないことがある。
頑張っても
変えられないこともある。
でも、
その出来事をどう見るかは、
自分で選べる。
悲劇なのか、
冒険なのか、
喜劇なのか。
私はこれからも、
失敗した時や困った時、
「またネタが増えたな」
「どうしたもんじゃろのぅ」
と思って生きていくだろう。
その方が、
気分良く歩けるし、
面白いからである😊
