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脳出血にも意味はあったのか? note80日目

私はこう思っている



「脳出血にも意味はあったのか?」
そう聞かれたら、
私は、
「あったと思う」
と答える。

ただし、
「脳出血になって良かった」
とは思わない。
当たり前だが、それは全く別の話だ。

発症した時は
右手も右足も、全く動かなかった。

言葉も出にくかった。
この先どうなるのか?
と思ってた。

出来なくなったことも山程ある。
家族や友達にも、心配や迷惑をかけた。

だから、
脳出血にならない人生が選べるなら、
そっちが良かったに決まっている。

でも私は、
人生に無駄なことはない、
と思っている。

だけど,昔からそうだった訳ではない。

むしろ、
「そんなの綺麗事じゃん」
と思っていた。

でも生きていると、
辛かったこと、悲しかった出来事が、
後からつながることが何度もあった。

親友との別れ。
人生の師匠との出会いと別れ。
SMAPのオーラス事件。
中国語との出会い。

その時は意味なんて分からない。
むしろ、
悲しかったり、
悔しかったり、
ムカついたりする。

でも時間が経つと、
「あぁ、あれがここにつながるのか」
と思うことが、本当にある。

私は、
フランクルの言葉を読んで、
「人生は決断の積み重ねなんだな」
と思った。

朝起きるのか、
二度寝するのか。
出かけるのか、
家にいるのか。

何気ない毎日も、
意識してないだけで
決断の連続で出来ている。

もちろん、
高血圧の薬もそうだった。

私は私が決断して、
薬を飲まないことに決めた。

結果、
脳出血になった。
良い子は真似しないでね😅

でも私は、
「あの時薬を飲んでいれば」
とは思わない。

それも私の実験、
私の決断だったからだ。

そして脳出血になった。

脳出血になった日のことは、
今でも覚えている。

私は、
「あぁ、そう来たか」
と思った。

そして、
「まだあの世に行けないんだな」
とも思った。

お師匠が亡くなった時、
私はその生き方にも、
亡くなり方にも感動した。

私もこんなふうに生きたい、
と思った。

だから私は、
脳出血になっても、
何か分からんけど、
まだやることがあるんだろうな、
と思った。


そして脳出血の意味は、
正直まだ分からない。
死ぬまで分からないかもしれない。

でも今までの人生を振り返ると、
その時は意味不明だったことの答えは、
いつも後からやって来た。

だから今回もきっと、
そのうち分かるんだと思う。

その日を楽しみに、
私は今日も新しい人生を生きている。

誕生日がひとつ増えた😊

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