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それでも私はそう思う理由 note77日目

最初は半信半疑だった



「人生に無駄なことはない」

今の私は、
わりと本気でそう思っている。
でも最初から
信じていたわけではない。

むしろ疑っていた。

昨日も書いたけど、
25歳くらいまでの私は
相当ひねくれていた。

常識もないくせに、
自分は正しいと思っていた。

今思うと、
なかなか困った若者だった。

だから30歳前後で
「人生に無駄なことはない」
という言葉に出会った時も、
「いやいや、本当か?」
と思った。

そんな簡単な話じゃないだろう?
でもほんとかな?と。

でも今振り返ると、
20代後半くらいから
少しずつ
変わり始めていた気がする。

例えば私は、
その頃子供が年少さんだったが、
ママ友なんていらないよ、
と思っていた。

子どもがいるから、
子供のために付き合うだけでしょ?
そんなふうに思っていた。

ところがある時、
クリスマス会に誘われた。

最初は気が進まなかった。
でも行ってみたら、子ども達は大喜び。
そして私も、でら楽しかった!

あれ?
ママ友っていいじゃん。
そう思った。

自分でも驚いた。
180度方向転換だった。


実は私は、
子どもも好きじゃなかった。
うるさいし、
何を考えているか分からないし、
汚いし、すぐ泣くし。笑

同じ理解力がないなら,
泣かない認知症の方が良い、
と思っていた。

でも自分の子どもを育てているうちに、
子供の友達とも触れ合う度に、
あれ?
子どもって、でら面白いじゃんか。
と思うようになった。

そんなことが、
一つずつ増えていった。

あれ?思っていたのと違う。

あれ?勘違いしてた?

私の方が思い違いしていたかも。

そんな経験を何度も繰り返した。

すると不思議なことに、
人生に対する考え方も
少しずつ変わってきた。

自分が正しいと思っていたことが、
案外そうでもない。

意味がないと思っていたことにも、
意味があるかもしれない。

無駄だと思っていた出会いが、
後で大事になることもある。

そうやって一つずつ
考えが変わっていった結果、
私は
「人生に無駄なことはない」
という言葉を、
少しずつ信じるようになった。

最初から信じていたわけじゃない。

人生の中で、
「あれ?違ったな」 を
積み重ねた結果なのである。

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