#ふーるおんざたーふ vol.20 『血統表の中の #ウマ娘』マルゼンスキー ~血統表に息づくスーパーカーお姉さん(前編)
前回予告した新コンテンツ『血統表の中のウマ娘』。
誰から始めようかと思っていたのですが、やはりここからしかないでしょう、ということで、プレイアブルキャラのモデルでは最古の馬/ウマ娘、マルゼンスキーについて書いていこうと思います。
基本データ
実馬
馬名:マルゼンスキー
性別:牡
毛色:鹿毛
生誕:1974年5月19日
死没:1997年08月21日
父:Nijinsky
母:シル
生産者:橋本牧場
馬主:橋本善吉
調教師:本郷重彦
生涯成績:8戦8勝[8-0-0-0]
主な勝ち鞍:朝日杯3歳S
備考:優駿賞最優秀3歳牡馬(1976年)
ウマ娘
CV:Lynn
誕生日:5月19日
身長:164cm
体重:理想的な仕上がり
3サイズ:B92・W58・H88
学年:高等部
所属寮:一人暮らし
競走馬としてのマルゼンスキー、ウマ娘としてのマルゼンスキー
競走馬としてのマルゼンスキー
2026年1月1日現在、ウマ娘としてプレイアブルなキャラクターのモデルとなった馬として、最も年上の馬がマルゼンスキーです。
基本データにある通り1973年生まれ。
橋本牧場が購入した繁殖牝馬シルが、受胎した状態で国内に輸入され誕生した馬でした。
こういう出生の馬を持ち込み馬と呼ぶのですが、この出生がのちに彼の競走馬生に大きな影響を与えることとなります。
ちなみにこの橋本牧場の牧場主、橋本善吉氏はオリンピック銅メダリストにして現参議院議員、橋本聖子氏の実父です。
生誕直後から前脚の曲がり(負担がかかりやすく怪我しやすいとされる)以外は「完璧な馬体」と評されたマルゼンスキー。
血統面でも、現時点で最後のイギリスクラシック三冠馬であるNijinskyを父に持ち、母シルも父が名種牡馬Backpasser、兄や甥に大レース勝ち馬が並ぶという、当時の世界最先端の血統の持ち主でした。
その競走成績が凄まじいものであったことは、詳しくは下のサイトを読んでいただいたほうがわかりやすいと思うので記事を埋め込んでおきます。
短くまとめると
8戦8勝、2着につけた着差が延べ61馬身
朝日杯で残したレコード1分34秒4は明らかに馬場が高速化した21世紀に入るまで、上回れたのはリンドシェーバー、バブルガムフェロー、グラスワンダーのみ
ダービー後の日本短波賞(現在のラジオNIKKEI賞)で、ダービートライアル勝ちかつ後の菊花賞馬プレストウコウを子ども扱いの7馬身差圧勝
というものでした。
現代で文章を書いていても意味が分かりませんね。
攻略が極まったウマ娘かな?
記事にもありますが、ちょうどこの時期は国内生まれの馬の保護を理由に、持ち込み馬がクラシックや天皇賞に出走することが許されないルールとなっておりました。
そのため彼は皐月賞やダービーにも出走権利がなく、主戦騎手の中野渡氏がダービーについて
「大外でもいい。ほかの馬の邪魔はしない。賞金もいらない。この馬の能力を確かめるだけでいい」
というコメントを出した、という逸話も残っています。
唯一出走できそうだった晴れ舞台は有馬記念。
時はまさにトウショウボーイ・テンポイント・グリーングラスの『TTG』が激闘を繰り広げる時代の真っただ中です。
そこに殴り込みをかけるスーパーカー・マルゼンスキー、という構図を多くの競馬ファンが待ち望んでいたのですが、弱点であった脚元の爆弾がここにきて爆発。
3歳時の1977年有馬記念への出走は叶うことなく、屈腱炎で引退することとなりました。
『TTG』が最後の激戦を繰り広げたこのレースに出ていたらどのような結果になっていたのでしょうか、興味はつきません。
ウマ娘としてのマルゼンスキー
ベースとなるキャラクターは「古の流行語を使いこなす、面倒見のいい面白お姉さん」。
一方、育成イベントでは実馬とその関係者の苦悩もしっかりと描写されています。
史実では出走していませんが、スプリングSにおける「存在を恐れて頭数が揃わない」というエピソード、そして初回出走時は必ず8枠18番(大外)となる日本ダービーの仕様などはその最たるものと言えるでしょう。
後述の通り種牡馬、そして母父として活躍した実馬マルゼンスキーを反映して、他のウマ娘の育成イベントや、季節のイベントでも縁のあるウマ娘として数多く登場し、時には面白お姉さんとして、時には年長者として後輩を導く存在として、遺憾なく個性を発揮しています。
ちなみに実馬もダートで走ったことを反映してダート適性がそこそこ高く、初期はメンバーの薄かったチーム競技場のダート部門でお世話になった人も多いのではないでしょうか。
脚元の問題、そして当時の持ち込み馬に課せられた出走制限により能力を全開にする機会を与えられなかったマルゼンスキー。
ウマ娘マルゼンスキーの育成は、そんな悔しさをその魂に持った彼女を、思うように走らせてあげるチャンスでもあるのです。
マルゼンスキーの血統表

父:Nijinsky(ニジンスキー)
父 Nijinsky は1967年生まれの英国産。
その父 Northern Dancer は、自身は1964年のケンタッキーダービーを2分フラットで制してみせた名馬でありつつ、数多くの種牡馬となる名馬を輩出して世界の血統地図を文字通り塗り替えました。
今日では彼の血を引かないサラブレッドを探す方が難しいとすらいえる状況です。
Northern Dancerは「小柄で短気な胴が短い牡馬」だったそうで、体高は151cm程度。
一方の Nijinsky は体高は一説には170cm近かったとも言われ、大柄で脚も胴も長い見映えのする馬だったそうで、残されている写真からもその雄大さは伝わってきます。
そのため、この馬格は Nijinsky の母 Flaming Page から受け継いだものと推測されています。
この Flaming Page は父がカナダの年度代表馬であり、Bull Dog ~ Bull Lee と続く北米ダート向けのパワーとスピードの鬼である Bull Page。
そして母の父が同じく米国のダート路線で2歳からスピードを発揮して大レースを制し、種牡馬としても Tom Fool を通じてその血を広げた Menow 。
さらにその奥にも Bull Dog の全兄弟で、同じように米国的パワーとスピードを伝えた Sir Gallahad と、米国競馬を代表する馬名が並ぶわけで、The 米血といって差支えない血統構成です。
米血といえばデカくてパワーがある(偏見とも言えない意見)ということで、Nijinsky は英国の三冠を制したとは思えないくらいの、米国的なパワーとスピードをその血に備えた馬だったといえるでしょう。
母:シル
母シルは自身の競走成績こそありませんが、その父 Backpasser は現役時代にアメリカのダート1マイル(≒1600m)を1分32秒6で走破する能力を誇ったスピード馬でした。
Backpasser は父系をさかのぼると Tom Fool から Menow にたどり着くため、マルゼンスキーはこの Menow をインブリードし、早いうちから大レースを勝てるスピードと底力の血を強調していることになります。
Backpasser は種牡馬としても一定以上の好成績を残しましたが、それ以上に母父として El Gran Senor(英2000ギニー他)、Miswaki(仏サラマンドル賞勝ち、凱旋門賞馬 Urban Sea や快速馬サイレンススズカの母父)、Seeking the Gold(米G1馬、産駒に Dubai Millennium やシーキングザパール)ら、競走馬としても種牡馬としても名を馳せた馬たちを輩出し、最強の母父の1頭としての評価を不動のものとしています。
シルの母(つまりマルゼンスキーの祖母)Quill は米で最優秀2歳牝馬になるなど、2歳~3歳時に多くの主要レースを勝った名牝であり、繁殖牝馬としても米主要レースを勝利して種牡馬入りした One for All や愛セントレジャーを勝利した Caucasus などを輩出。
その父 Princequillo は米にてリーディング種牡馬になった実績もありますが、こちらも Backpasser 同様に母父としての実績が強烈で、8年連続米母父ランク1位という結果を残しました。
欧州の馬らしくスタミナと底力と芝向きの柔らかさを伝えた馬ですが、スピードに恵まれた Nasrullah の系統や Royal Charger の系統との間に好相性を示し、 Secretariat や Mill Reaf といった、現代競馬でも生き続ける名馬の血の中で確かな影響力を発揮しています。
サラブレッドの「良血」という呼称は母系の活躍馬の多さから計られることを考えると、マルゼンスキーは米国的なパワーとスピードを強調しつつ、欧州的な芝適性とスタミナを母から補強された、当時の世界基準でも有数の名血であったといえると思います。
出典:ジャパン・スタッドブック・インターナショナル「大型種牡馬と小型種牡馬のいずれが望ましいか(アメリカ)【生産】」
~後編へ続く~
いいなと思ったら応援しよう!
宜しければ応援お願いします。いただいたチップは分析資料などに使わせていただきます。