子どものゲーム依存の原因と対策を考える
43歳になり、昨年度末3月で
17年勤めた特別支援学校を退職。
現在主夫となり小学校教諭の妻をサポート。
保育園児2人の子育て中。
認知症の両親の介護をしながら
現職のスクールカウンセラー。
公認心理師・国家資格キャリアコンサルタント
発達・不登校・親のキャリア支援【森の相談室】の開設に向けて準備中。
「うちの子、ゲームばかりで…」
カウンセリングで、この言葉を何度も耳にした。
親としては当然の不安。
(私も子どもの頃
ファミコン、スーパーファミコン、PlayStation
などで夢中になってゲームをした記憶がある。)
中には
注意しても逆ギレ
取り上げれば暴れる子もいる。
家庭の空気がピリピリしてるとのこと。
過去も現代も
ゲームが存在し、その中で育ってきた私たち。
近年、グラフィック感アップや課金、
ネットでつながる、など
夢中になる要素が増えたとはいえ
ハマりすぎると脳の報酬系を刺激し
コントロール能力を奪う、という点では
どちらも同じ。
ゲームには
・すぐに結果が出る
・評価が明確
・失敗してもやり直せる
という特徴がある。
これらはすぐに
私たちの脳に報酬をもたらしてくれる。
そして、現状、ゲーム依存について
効果的な治療法などは無い。
(先週、心理学会の依存症治療の講演会で
全国を講演して回っている精神科医に
尋ねたところ、そう言われた)
コカインやアルコールなどと
同じくらい依存度の高いものなのに
社会的にも規制が無い。
つまり、今、社会実験中であるとも言える。
(データを集められている。)
現時点では、ゲーム障がい(2019年にWHOが定めた病名)になった場合、精神科に入院して
ゲームの無い環境でしばらく生活をする
などしか対応方がない。
つまり、アルコールや薬物と同じ。
でも、元の生活に戻ってゲームがあれば
また再発してしまう。
だからこそ、ゲーム障がいにならない様に
親御さんは「管理の視点」が必要。
ゲーム障がいになってしまってからは
相当な覚悟と体力が必要になってしまう。
恐ろしいことをたくさん伝えてしまったが
まずは事実を理解していただき
どうするかを考えていきたい。
1,「自主性」を履き違えない
少し鋭い言葉の様に聴こえると思う。
日本にこの「自主性」の概念が入ってきたのは
約15年ほど前。
その時、教育先進国と
呼ばれていたフィンランドでは
学校の先生の支配的・管理的な教育でなく
子どもの主体性を重視した教育で
学力が上がったとされていた。
ところがインターネットの発展と同時に
学力に関してはどんどん低下。

もちろん、インターネットの発展と共に
ゲームの発展も目覚ましい。
一方、IT関連で遅れをとったとされた日本。
学力に関して見てみると…

上昇や落ち込みもあるが
近年持ち直し
参加国の中で上位に戻りつつある。
日本はフィンランドに比べて
子どもの自主性が尊重されない印象だったが
ある程度規制の強い
日本ならではの教育環境の中で
学力は維持、向上の傾向にあるのが
分かってくる。
ここでうっすらと見えてくるのは
インターネットやゲームを
自主的に利用するのはいいが
ダラダラと永遠とやっていないか…
ということ。
目的に合わせて
限られた時間の中で…といった
制限を設けて利用できているか。
または、利用している自分自身の状態を
客観的に捉えられているか。
ここが大事になってくると思う。
ダラダラとやっているだけだと
ドーパミン(報酬系)の虜になり
際限なく接種したくなる。
思考力は総合的に落ちていく。
でも管理の意識があれば
前頭葉が働き、戦略的な思考も身につく。
大人でもネットやゲームに夢中になるのだから
まだ前頭葉が成長過程の子どもに
「自分で決めて管理してね」というのは
難しい。
子どもの発達に応じて
どの部分に自主性を持たせて
どの部分は管理するか
ここの整理はしっかりしておきたい。
2,自主性と管理のバランス
では、管理や統制の効いた日本型教育が
正解だったのか。
これも一概には言えない。
何もかも指導者主導で
子どもに考えさせたり
決定権を与えたり
させないことが
良いかというとそうではない。
先にも書いたが
どの部分で自主性を持たせて
どの部分は管理するか。
経験のある大人が見極めていく必要がある。
何もかも統制されて
決定権が持てなくなると
人は学習性無力感という状態に陥り
思考が停止してしまう。
それこそ学力の基礎を奪ってしまう。
仮想空間ではなく
現実空間で
やってみて、つまずいて、修正して
最後にできた、という体験をする。
これが脳をフルに使う学びになる。
この部分においては
大いに自主性を発揮させるべきだと思う。
ここでの「できた」は
自己肯定感につながる。
心も育つ。
日本は良くも悪くも保守的で
1つの方針に
いっぺんに針が振り切れてしまうことはない。
新しい主張には必ずカウンターの勢力が働く。
そのお陰で言葉だけの自主性に偏りすぎず
バランスを取りながら
学力の維持、向上につなげることが
できたのかもしれない。
つまり、自主性と制限のバランスは
とても大事だということ。
心理学の観点でも
制限がある方が
人は能力を発揮しやすい
というのが分かっている。
3,ゲームが逃げ場になることの危険性
家族や本人の管理によって
バランスよくゲームやネットと
付き合えているのなら良いが
現実世界の過酷さから
ゲームに没入する流れになっていれば
よりゲームにハマりやすくなると思う。
その場合ゲームは
“問題行動”ではなく
“サイン”であることが多い。
ゲームが「心を支える唯一の手段」に
なってしまっていないか。
現実世界で
・うまくいかない
・否定される
・努力しても報われない
そんな体験が続いた子どもにとっては
ゲームは安心できる居場所に。
また、依存の背景には
こんな気持ちが隠れていることも。
・不安や緊張を感じやすい
・自信がない
・人との関わりがしんどい
・失敗が怖い
つまり、
ゲーム依存=心の弱さではなく
生き延びるための工夫に
なってしまっていることもある。
まずは、家庭や学校、友人関係など
その子がゲームなんてなくても
生きていると感じられる場所を
もつことが大事。
結局これだなと思う。
4,「依存に陥りそうな子」が出しているサイン
家庭支援でよく見られるサイン。
・ゲーム以外の話題になると無関心・不機嫌になる
・注意されると強く反発、または完全に黙り込む
・睡眠リズムが乱れている
・以前好きだったことに興味を示さなくなった
・「どうせ」「別に」が口癖になる
これらは
ゲームが心の調整役になっている可能性あり。
こういうサインが出てきたら
家族や支援者の働きかけの工夫が必要になる。
① いきなり制限しない
「やりすぎ」「いい加減にしなさい」
この言葉が、状況を良くすることは
ほぼない。
代わりに、こんな問いかけを。
「そのゲームしてる時、どんな気持ち?」
正解を求める必要はなく
“聞いてもらえた”という体験が大切。
「指示」ではなく「コミュニケーション」となる。
② ゲームが担っている役割を理解する
私は必ずこの視点を持つ。
・この子はゲームで何を得ているのか
・安心?達成感?承認?コントロール感?
そして同じ機能を
現実の生活の中で、少しずつ用意する。
例えば
・結果ではなく工夫を褒める
・短時間でも「できた」を積み重ねる
・親が一番の味方でいる。
現実の世界が充実していれば
子どもがゲームから脱する可能性が
増える。
5,すでに依存状態にある場合の対応
大原則
いきなりゲームを奪うことは
安心を奪うことになりやすい。
様々な禁断症状につながる。
だからこそ、最初に行うのは
「やめさせる」ではない。
① 関係の立て直しを最優先に
ゲームの否定ではなく、
子どもの“生き方”を
理解しようとする自分自身の姿勢に
目を向ける。
② ゲーム以外の「安全基地」を作る
依存から回復するために必要なのは
「ゲームをやめる力」ではなく
安心できる選択肢が増えること。
・評価されない人との時間
・自然や音、身体感覚
・決まった時間・決まった関わり
家庭の中に
受け入れられる場があるか。
脳を心地よく刺激する物があるか。
脳が健康なリズムを保ちやすい環境があるか。
③ 生活の土台を整える
多くのケースで、ここが最優先。
・睡眠
・食事
・朝起きること
ゲーム時間を減らすよりも先に、
体のリズムを整える支援に目を向ける。
土台が整い、生きる環境が整うと
ゲームへの執着は緩んでいく。
その他
ゲーム依存の背景には
・発達特性(ASD・ADHD)
・不安障害
・抑うつ
などが隠れていることも少なくない。
だからこそ
「ゲームだけ」を標的にしないことが重要。
子どもの脳と心をゲーム以外の場所で育てる。
その環境を作る努力をする。
6,最後に
家庭で一番つらいのは、親御さんだと思う。
どう関わればいいのか分からず、
正解のない毎日に疲れてしまう。
ご自身の仕事やキャリアにも
影響が出ることも多いと思う。
だけど、依存になってしまったのなら
ゲームがなくても大丈夫だと
子どもが感じられるようになるまで
大人が一緒に立ち続けること。
とても根気がいるし
辛い時期だけど
これが必要になると思う。
親御さんもスクールカウンセラーや
個人でやっているカウンセラーさん
保健所にある依存症相談ナビ
精神保健福祉センター
などに是非相談して欲しい。
私自身も、対応できるように現在
事業構築中。
次回は「子育ての『このままでいいのかな』を考える」というテーマで書いていく。
