ハイブランドも「客の財布」に合わせる──ラグジュアリー市場の異変から考えたこと
フォレスト出版編集部の寺崎です。
今日は世界のファッション業界のトレンドから2026年度のトレンドを読む試みをしたい。
・・・なんつって、いかにも「マーケット視点の偉い人」みたいな始まり方をしてしまいましたが、私自身、高校生のころからテレビ東京の「ファッション通信」を欠かさず見ていたぐらい、いまだにキラキラと煌びやかなファッション・モードへの憧れが抜けきれない中二病の中年という、ただそれだけの関心事です。
といっても、桁が1つも2つも違う、一般庶民の感覚とは違うハイブランドには手が出せないので、トレンドの浮世を眺めるだけですが。
ところで、いわるゆ「ハイブランド」って、トレンドを追うのではなく、先回りして世の中のトレンドを作り出す存在ですよね。消費者の気分を読むのではなく、消費者の気分を動かす側というイメージです。長らくそう信じて疑いませんでした。
ところが、最近のラグジュアリー市場のデータを読んでいると、それがどうやらちょっと違うかもしれないということがわかってきました(かの川久保玲さんも「ファッションは売れてなんぼ」的な発言をしていたとか。うろ覚え)。
気になったので、AIに手伝ってもらって調べてみました。
「狂った値上げ」で乗り切った3年間
ここ数年のラグジュアリーブランドの値上げは凄まじいものがあったようです。Diorのバッグは2019年から76%値上がりしたと言われています。それでも売れていたのは、コロナ明けの反動消費と中国富裕層の旺盛な購買欲があったからです。
しかし実態を見ると、「ラグジュアリーブランドがよく売れた」という言い方は微妙なようです。2023〜2025年の間、ラグジュアリー市場の成長の約80%は販売数量の増加ではなく値上げによるものというニュース記事を発見。売れる量が増えたのではなく、販売量が鈍化しているので、同じものをより高く売ることで売上を維持していた…ということです。
中国で起きていること──「ブランドロゴどーん!」の終焉
もうひとつの大きな変数が「中国」です。ハイブランドにとって中国はいまや世界売上の約3分の1を占める巨大市場となっています。
その中国の消費者が「ロゴ中心の誇示的な消費」から、控えめで価値観を重視したラグジュアリーへとシフトしています。最近、よく「クワイエット・ラグジュアリー」という言い方を目にしますが、まさにこの現象ですね。
中国の消費者の嗜好は、ロゴ中心の派手な装飾から、より控えめで価値観を重視したラグジュアリーへと明らかに変化している。「静かなるラグジュアリー」というトレンドが勢いを増し、露骨なブランディングよりも、さりげない洗練、品質、そして伝統が重視されるようになっている。
この流れを象徴するのが、2つの中国ローカルブランドの台頭です。
ひとつがSongmont(山下有松)。2013年創業のレザーバッグブランドで、価格帯は1,000〜3,000元(約2〜6万円)。ロゴに頼らず、素材と職人技で勝負するスタイルが支持を集めているそうです。オンラインのバッグ販売が前年比約90%増を記録しています。一方、王者グッチは約50%減、マイケル・コースは約40%減という対照的な結果になっています。
もうひとつがLaopu Gold(老铺黄金)。古代中国の金細工技術を現代に蘇らせたジュエリーブランドです。上半期の売上高が251%増、利益は285.8%増という驚異的な成長を記録しています。ロゴでも知名度でもなく、職人技と文化的背景に価値を置く——まさに中国の方々の「静かな本物」への移行を象徴しています。
この2つのブランドの存在感を決定づけた、あるエピソードを知りました。
世界のハイブランドの大ボスであるLVMHのベルナール・アルノー会長が上海を訪問した際、誰もがルイ・ヴィトンやディオールの店舗を視察すると思っていました。しかし彼がとった行動は予想外のものでした。上述した中国のローカルブランドであるLaopu GoldとSongmontで買い物をして周囲をビックリさせたそうです。この事実が、市場の変化の大きさを雄弁に物語っています。そして同時にLVMHアルノー会長恐るべし。
ハイブランドも、結局は客の顔を見ている
このエピソードを知ったとき、冒頭のイメージが崩れました。
「先回りしてトレンドを作る」というのは半分本当で、半分は違う。彼らも値上げできなくなれば戦略を変え、客の趣味が変われば打ち出すものを変える。ただその「変え方」が私たちより数段巧みなだけで、やっていることの本質は同じです。市場を動かしているようで、実は市場を精緻に読んでいる。
出版の仕事をしていても、これは思い当たります。
「読者が求めているものをつくる」か「自分たちが信じるものをつくる」か、という議論は常にあります。かっこつけたマーケティング用語で表現すれば、マーケットインの発想と、プロダクトアウトの発想の二項対立です。ただし、現実には、どちらか一方の二項対立ではなく、その両方の折り合いのどこかに「いい本」はあるような気がします。
美学は保ちながら、しかし市場の現実には応じる。その塩梅を、ハイブランドは何十年、何百年もかけて磨いているわけで、私たち一般庶民にも学べることは、けっして少なくないと感じます。

