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佐藤優新刊『戦略の罠』まえがき全文公開

フォレスト出版編集部の寺崎です。

今日は、現代の知の巨人と呼ばれる佐藤優さんの最新刊『戦略の罠』の「はじめに」を、まるごと一本、先出しで公開します。

その前に、少しだけ前置きを。

第二次世界大戦後、アメリカが世界を主導してきました。ある意味、アメリカが力づくで推し進めてきた「ルールのある世界」がこれまでのスタンダードであり、日本はそのなかで同盟関係を結んで経済大国としてのし上がってきたわけです。

ところがいま、その世界が音を立てて軋んでいます。

一方的な相互関税、他国の主権を平然と口にする大国、形骸化していくWTOや国連……。世界の経営者の多くが「地政学の不安定さ」を最大級のリスクに挙げる——そんな時代に、われわれは立っています。これまで世界を支配してきた「市場」ではなく、「国家」のむき出しの力が、ふたたび世界を動かしはじめたーー。そんな時代の流れは誰もが感じていることでしょう。

こういう時、人はつい「新しい知識」に手を伸ばします。DX、生成AI、データサイエンスーー。でも佐藤優さんは、本書の冒頭で、まったく逆のことを言っています。

いま必要なのは、新しい知識ではなく、古い知恵だ、と。

ここで、ひとつ、ことわっておきたいことがあります。

「歴史に学ぶ」と聞くと、つい身構えてしまいがちです。「ああ、"戦前日本の失敗を繰り返すな"という、いつものやつでしょう」と。でも、本書がまっさきに斬ってみせるのは、その"反射神経"のほうなんです。

『国体の本義』『作戦要務令』、満洲国の資料。

こうしたものを、本書は軍国主義を礼賛するためでも、逆に「戦前は何もかもまちがいだった」と断罪するためでも、読みません。

鉱山から掘り出した鉱石には、たしかに不純物が混じっている。だからといって、鉱山ごと捨ててしまうのか——。そうではなく、精錬して、価値あるものを取り出す。そこに埋もれた「組織はどう崩壊するのか」「国家は何によって持続するのか」「撤退とは何か」という、いま21世紀にこそ効く構造を、掘り起こしていく。

そして、書名の『戦略の罠』。これは、成功そのものが、失敗の原因へと姿を変えてしまう、あの瞬間のことです。国家も、企業も、人間も、いちばん強く縛られるのは、過去の成功体験。その罠から抜け出せなくなったとき、組織は静かに、崩れはじめる。

だから、表4の帯には、こう入れました。

「繁栄の頂点にこそ、崩壊の設計図は隠されている。」

本書を読み終えたとき、景色が違って見えるのは、戦前・戦中の日本だけではありません。世界の見え方が、日本という国の輪郭が、そして——自分がいま属している組織の姿までもが、新しい見え方で立ち上がってくるはずです。

・・・というわけで、こんな前置きはさておき。佐藤優さんによる「はじめに」を、全文そのまま載せます。どうぞ。

***

佐藤優新刊『戦略の罠』「はじめに」全文

 ここ数年、国際情勢の構造が著しく変化している。
 一言で言うと、国家のエゴが強まり、新帝国主義的状況が生まれている。
 この関係で心配なことがある。
 日本人が歴史を軽視するようになっていることだ。
 
 もちろん、歴史書は数多く出版されている。
 しかし、その多くは「昔はこうだった」という過去の説明に終始している。一方、ビジネス書は未来ばかりを語り、DX、生成AI、データサイエンスといった新しい言葉が紙面を埋め尽くしている。これらの発想は近未来の小さな変化を分析する微分的発想に基づいている。
 だが、本当に未来を考えようとするなら、過去から目を離してはならない。ここで必要なのは過去の歴史的記憶を蓄積する積分的発想だ。
 歴史はそのままの形では繰り返さない。
 ただし、その「構造」は何度も繰り返される。
 
 国家はなぜ繁栄するのか。
 組織はなぜ崩壊するのか。
 優秀だった企業はなぜ判断を誤るのか。
 戦争はなぜ止められなくなるのか……。
 
 人間は何千年もの間、同じような問いに繰り返し向き合い続けてきた。だから、私は歴史を単なる過去として捉えるのではなく、現在の視座から読み解く。過去へさかのぼり、その構造を現在の枠組みに当てはめながら、未来を考える。ドイツの社会哲学者ユルゲン・ハーバーマスが説く「未来としての過去」という発想が重要だ。
 これは「歴史をアナロジー(類比)として読む」ということと同義である。それは、歴史的事象の中の構造の本質を抽出して、現在のわれわれが抱えている問題の解決に役立てる行為である。
 たとえば、『国体の本義』(一九三七年)や『作戦要務令』(一九三八年)、「満洲国関連資料」を読む目的は、戦前・戦中の日本の軍国主義を礼賛することではない。そこに書かれている「組織はどう崩壊するか」「国家は何によって持続するか」「撤退とは何か」という構造を、学ぶことに意味があるのだ。
 
 世界は今、大きく変わろうとしている。
 第二次世界大戦後の民主主義、人権、法の支配などのルールのもとで秩序を保ってきた国際社会は揺らぎ始めた。新帝国主義的な強い国家像は再び歴史の表舞台へ舞い戻り、軍事力を背景にした経済活動や金融資本は、力のある国が力のない国を隷属・支配するための道具になっている。
 こうした時代に必要なのは、新しい知識だけではない。
 古い知恵なのだ。
 
 もちろん、繰り返しになるが、軍国主義時代の日本を美化する必要はまったくない。あのような国家を壊滅させるような政策は誤りだ。その事実を真摯に受け止めなければならない。
 だからといって、あの時代に蓄積された思想をすべて捨て去る必要はない。鉱山から採掘した鉱石には不純物が混じっている。しかし、資本家は不純物があるからといって鉱山そのものを放棄したりはしない。
 必要なのは、精錬し、価値あるものを取り出すことだ。
 同様に、戦前・戦中の日本が残した膨大な思想や制度、組織運営の知恵の中には、21世紀にも通用する構造的な知見が数多く埋もれている。本書は、それらを掘り起こし、現代という文脈の中で読み直そうとする試みである。
 
 本書の題名を『戦略の罠』としたのは、成功そのものが失敗の原因へ変わる瞬間を見出すことが重要と考えたからだ。国家も企業も、人間も、過去の成功体験に最も縛られる。そして、その罠から抜け出せなくなった時、組織は静かに崩壊を始める。
 本書を読み終えた時、読者は戦前・戦中の日本について詳しくなっているだけではなく、世界の見え方が変わり、日本という国の輪郭が違って見え、そして、自らが属する組織の姿も新しい光の中で捉え直せるはずである。

 歴史は単なる過去ではない。
 未来を生き抜くための、最大の戦略資源なのである。

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【著者プロフィール】
佐藤 優(さとう・まさる)

1960年、東京都生まれ。作家、元外務省主任分析官。1985年、同志社大学大学院神学研究科修了。外務省に入省し、在ロシア連邦日本国大使館に勤務。その後、本省国際情報局分析第一課で、主任分析官として対ロシア外交の最前線で活躍。2002年、背任と偽計業務妨害容疑で逮捕・起訴され、2009年6月に執行猶予付き有罪が確定。2013年6月、執行猶予期間を満了し、刑の言い渡しが効力を失った。著書『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』(新潮社)で毎日出版文化賞特別賞受賞。『自壊する帝国』(新潮社)で新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞受賞。

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