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90年間、一度も変わらない「ロゴの強さ」の秘訣

フォレスト出版編集部の寺崎です。

先日、書店をぶらぶらしているときに、「やっぱりこの雑誌のタイトル書体は強いなぁ!」と思った、ある雑誌の表紙がありました。

これです。山と渓谷社からずっと出版されている雑誌『山と渓谷』です。

誰もが一度は目にしたことがあるのではないでしょうか。「山」「溪」「谷」という三つの漢字が塊になって並んでいる表紙のロゴ。書店の棚で背表紙を見ただけでも、すぐにそれと分かります。

画数の多い「溪」が重くなりすぎず、「山」と「谷」が呼吸するように置かれている。現代のロゴデザインを見渡しても、これほど印象に残る漢字組みはそう多くないような気がします。

「昔から変わらないこのロゴの強さはなんだ?」
「これって、誰がデザインしたんだろう?」

こうしてついつい気になるのが職業病。あらためて由来を調べてみました。すると、意外なことが分かりました。


素人が書いた題字が90年も生き残った

結論、あのロゴは有名なデザイナーの作品ではありませんでした。

『山と溪谷』が創刊されたのは1930年(昭和5年)。早稲田大学山岳部出身の川崎吉蔵という青年が、大学を卒業したばかりで立ち上げた山岳雑誌でした。

誌名そのものは、川崎が感銘を受けた登山家・田部重治の著書『山と溪谷』から借り受けたもの。そして肝心の題字は、川崎の親友だった坂野三郎という人物が書いたものだと記録されています。

創業者・川崎吉蔵が、英文学者で登山家の田部重治氏の著書『山と溪谷』から誌名を譲り受け、それを川崎の親友・坂野三郎氏が書き起こしたもの。90年以上の歴史がある、弊社の看板文字です。

山と渓谷オンラインより https://www.yamakei-online.com/journal/detail.php?id=7005

つまり、著名なデザイナーが緻密に設計したロゴではなく、創業者の友人が書いた題字が、そのまま採用され、90年以上ほとんど変わらずに使われ続けてきたわけです。これは、出版デザインの観点から見ると、かなり珍しいことではないでしょうか。

私たちはつい、名作ロゴには名デザイナーがいると思い込んでしまいます。しかし、『山と溪谷』は、そうではなかった。あの少し揺らぎのある筆文字には、洗練されたロゴタイプとは違う、生々しい生命感があります。

「デザインした」というより、「歴史が育てた」ロゴ。90年使われ続けたことで、もはや日本の雑誌デザイン史の一部になっています。

では、名デザイナーが手がけた雑誌ロゴはどうなのか。実は、そちらにも「変わらない」という同じ現象が起きています。

雑誌の黄金期を彩った伝説のロゴ

日本の雑誌ロゴを語るうえで避けて通れない存在が、伝説のアートディレクター・堀内誠一さん(1932〜1987)です。

『anan』『POPEYE』『BRUTUS』『Olive』『クロワッサン』──マガジンハウス(当時・平凡出版)を代表するこれらの雑誌のロゴは、すべて堀内さんが手がけたもの。しかも彼は、ロゴだけでなく創刊時のアートディレクションそのものを設計した、いわば雑誌の人格の生みの親でした。

面白いのは、堀内さんのロゴが決して「感覚だけ」で描かれたものではない点です。

たとえば、『BRUTUS』のロゴは、漫画『ポパイ』に登場する大男ブルートがモチーフで、文字に入ったギザギザは、力自慢のブルートが大木をへし折ったイメージを落とし込んだもの。近年、その設計図をあしらったTシャツが発売されましたが、公開された設計図を見ると、曲線や比率まで緻密に計算されていることが分かります。手描きの温度と、幾何学的な設計が同居しているのです。

そしてマガジンハウス自身が、これらのロゴについて「一度も変わったことがない」と紹介しています。1980年の創刊号と現在で、『BRUTUS』のロゴは寸分も変わっていません。

雑誌『BRUTUS』創刊号の表紙

素人が書いた『山と溪谷』も、天才が設計した『BRUTUS』も、両者に共通しているのは次の一点に尽きる。

「何十年も変えなかった

ここまで来ると、こう考えたくなります。「では、生き残るロゴには、何か共通の秘訣があるのではないか?」と。私も編集者として、その法則を知りたいと思いました。でも、ここに落とし穴があります。

「シンプルだから生き残る」は、生存者バイアス?

生き残ったロゴを並べて、共通項を挙げることはできます。

たとえば、背表紙のように小さく刷っても成立する(実用の強さ)。その時代の流行に乗りすぎていない(だから時代の刻印が薄く、古びにくい)。手描きのわずかなゆらぎがあって、機械的でないぶん記憶に残り、真似されにくい。『山と溪谷』の絶妙なバランスも、堀内さんのロゴが緻密なのに手の温度を残しているのも、この線で説明はつきます。

けれど、ここで立ち止まる必要があります。

これらはすべて「生き残ったロゴに共通していた要素」であって、「生き残らせる条件」ではありません。同じくらいシンプルで、同じように手描きで、それでも消えていったロゴは無数にあるはず。生き残ったものだけを見て法則をつくると、それは典型的な生存者バイアスになる。

だから、正直に言えば「これをやれば生き残る」とは言い切れない。造形の共通項は語れても、生き残る条件までは語れない。

でも──語れないことを突き詰めていくと、逆に、一点だけ言い切れることが残ります。

そしてその一点を確かめるのに、ちょうどいい反例があります。堂々とロゴを変えたブランド「ZARA」です。

ZARAは、なぜ堂々とロゴを変えられるのか?

ほかにもロゴを改変したブランドの事例はたくさんありますが、身近なサンプルとしてファストファッションのZARAを取り上げてみます。

ZARAは2019年1月にロゴを大胆に刷新しました。手がけたのは、『ハーパース・バザー』『インタビュー』のアートディレクションを歴任したファビアン・バロン。それまで2010年から使われていた、字間を大きく空けたロゴを、文字同士が重なり合うほど極端に詰めたデザインに変えています(didot系の書体)。

この記事によれば、ZARAがロゴデザインを変えたのは2度目のようです。ここで考えたいのは、なぜZARAは変えられて、『山と溪谷』は変えられないのか。

答えは、ロゴの役割が違うからではないか。ロゴの役割を考えてみると、雑誌やブランドのロゴのように発行体や人格そのものを背負う記号としてのロゴがまずある。CHANELやルイヴィトンといったラグジュアリーブランドの場合、着る人が帰属や地位を誇示するための記号にもなりえます。

一方、ZARAのような、単なる企業の識別記号である場合。H&Mでも、ユニクロでもなく、無印良品でもなく、ZARAであるという識別です。

ぶっちゃけZARAのロゴを「これ見よがし」に着ている人はあまり見かけません。自分自身、「今日は全身ZARAとユニクロです。笑」と自虐的に言うことはあれど、自慢げに着る服ではない。むしろ「あ、それZARAだ」と気づかれたくない。隠したいくらいです。

・・・つまり、ここに補助線が引けます。ロゴを変えられるかどうかは、そのロゴに「時間=資産」が蓄積されているかで決まるのではないか。

雑誌もラグジュアリーも、ロゴに何十年もの時間が乗っている。だから変えることは、その資産を捨てることになる。だから変えられない。

一方でZARAは、商品が毎週入れ替わることそのものが価値であり、ロゴに時間を蓄積させるビジネスではありません。だから変えても失うものが少なく、軽やかに変えられる。ZARAが頻繁にロゴを変えられるのは、節操のなさでも失敗でもなく、そのビジネスモデルの必然なのだ、と。

強いロゴとは、「変えないでいられたロゴ」である

ここまで来て、最初の問いに戻ります。

時代を超えて生き残るロゴの秘訣とは何か。

造形の巧さは、たしかに大事です。でも、それは決定的な変数ではなさそうです。決定的だったのは、造形の外側にある、たった一つのこと。

変えなかったかどうかです。

どれだけ造形が優れていても、変え続ければ資産にはならない。逆に、『山と溪谷』のように素人が書いた題字でも、変えなければ90年かけて名作になる。

だから編集者としての結論は、こうなります。

強いロゴとは、うまいロゴのことではなく、「変えたくならなかったロゴ」のことだ、と。もっと言えば、「変えないでいられるビジネスを選んだロゴ」とも言えるかもしれません。最初に「変えたくならない」だけの強度を仕込めれば、あとは時間が価値を積み上げてくれる。

編集者は、つい新しいものを作りたくなります。新しさで評価されたいし、担当が代われば刷新したくもなる。売上が落ちれば、まずデザインを疑う。でも、本当にブランドになるのは、新しく作ったものではなく、育てたものの方なのかもしれません。

翻って、弊社のロゴはどうか。

これが『山と溪谷』や堀内誠一さんのロゴのような存在になれているかは、正直、分かりません(いや、おこがましいだろ)。けれど、変えずに積み重ねることの意味は、この記事を書きながら、あらためて腹落ちしました。新しい冠を次々に立てるより、「これを見たら○○○○○だ」と思ってもらえる資産を、時間をかけて育てる。長い目で見れば、そちらのほうがはるかに強い(かも)。

最後に、あなたに問います。

あなたの好きなロゴは、なんですか?」