#435[雑記]苛立ちに隠された、切実な願い
もしあなたが、言葉で安心を守ろうとしたことがあるなら──これはその風景だった。
──駅前の雑踏を抜けると、ふと胸の奥にざらついた感触が広がる。
苛立ちと熱狂
「時代の空気をつかむ人」に熱狂した。彼の言葉は、僕の心を掴んで離さなかった。僕が一番苦手な「感情や感性の動き」を掴んで、世の中を軽やかに動かしているように見えた。憧れと劣等感が、同時に押し寄せてきた。
それに「成功の考え方」を知れば、僕の人生はもっと自由になるんじゃないか。そう思って、彼らの動画を見たり、教材を買ったりした。
要は、人生の答えを、手っ取り早くお金で買う。
好きなものに努力を惜しまない。その興奮と同じだった。
酸素マスクと、セカンドオピニオン
見知らぬ人との集まりにも参加した。理由は単純だ。「環境を変えれば、僕も変われるはずだ」という期待、新しい環境と出会いに期待していた。
それはまるで、名医を探す旅に似た、セカンドオピニオンを求めるような。
「わざわざ飛行機に乗って遠方の名医のところまで行った」という行動自体が、僕にとっては自分を認める “最後の方法” に思えていた。
高額な費用は「努力の証明」だった。
慣れた場所では「変われない自分」が目につく。だから遠くへ行けば、新しい刺激を得て、心が根元から動くきっかけを見つけられる。そう思った。
治療なんだからいいだろうと言い聞かせても、
不安が消えることはなかった。
結局、僕は「時間」や「地道な努力」という不確実なものに耐えられなかった。「お金」という確実な対価を支払うことで、早く安心を手にしたいと焦っただけだった。
涙に隠された、切実な願い
苛立ちの裏にあったのは、ただ「安心したい」という切実な願いだった。
人や環境に苛立ちを憶えたのは、
全部「安心を買いたい」という気持ちの裏返しだった。
それに気づいたとき、涙が静かに落ちた。
努力の証明や環境の変化よりも、本当に必要だったのは「時間をかけて積み重ねる小さな安心」だったからだ。
そのとき、少しだけ自分を許せたような気がした。
苛立ちも、逃避も、全部その願いの形を変えたものだった。そう思うと、心に少しだけ静かな理解が広がり、軽やかな風が通り抜けていった。
安心は、僕ひとりでは育てられない。
だれかと一緒に育てていくものなんだね。
──今日もまた、僕は小さな努力を積み重ねる。安心は、買うものではなく、育てるものだから。
君の育てていた、このゼラニウムのように──。
<了, 約 1,000字>
(全文 約 1,200 字)
◼️11/1に書いた記事が気に入って、書き始めました(12月中旬まで)
この歌が生まれるきっかけ、雑記のシリーズです。
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それではまた、次の記事でお会いしましょう🌟
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