#350[オハつぶ]自由って、"その人"と繋がることだった[エッセイ]
誰かに言うほどでもないけど、心の奥で胸が詰まること、ありませんか? 思いつくままに生きる奔放さとは違う「自由」の本質について、考えました。
(約 1,400 字)
私が実感している「自由」は、未知で得体の知れないものというよりは「自在」の方がしっくりきます。
「誰かに尽くし、誰かと繋がることを、自分の意志で選択できる自由」です。
社会の中で、自分を活かせない苦しみもありました。けれど、その時々の「痛み(素材)」は自然と問い(燃料)に変わり、「外」へ飛び出し、自らの力で新しい習慣と関係性、居場所を築いてきました。それは「誰かのため」に、自分の壁を取り払う「能動的な自由」です。
小学生の頃に求めた自由は、はじめは「不満の表明」だったと思います。勉強やアルバイト、好きな物を買いたいという欲求。家庭や社会の不条理を、誰かのせいにして、自分を納得させる「受動的な自由」です。
やがて、大人になると「自由」は「誰にも依存せず、何にも縛られない自由」へ変わり、心身と社会の矛盾を、誰かに理解してもらうことを諦め、孤独な哲学へと昇華、遷移していきます。これは、他者の介入を拒み、自分自身で自身の物語を歩むことを選んだ「自己防衛の自由」と言えそうです。
しかし、この3つの「自由」はどれも不完全でした。
「能動的な自由」は、他者との繋がりに依存し、その繋がりの脆さに傷つくこともあります。
「受動的な自由」は、不満という名の檻に自分自身を閉じ込め、「自己防衛の自由」は、深い孤独と虚無を生み出します。
では、「本当の自由」とは、どこにあるのでしょう。
私たちは、人という鏡に、自身の心の奥底にある「言葉にできない痛み」を映し、その痛みこそが、私たちが本当に求める「自由への羅針盤」となります。
それは、「自己」という曖昧なものを信じ、他者との健全な関係性を築くことでしか手に入れられない、「真の豊かさ」を伴う自由です。
この豊かさは、外側の成功でも、不満の表明でも、孤独な自立でもない。
過去や痛みと向き合い、理解や赦し、共存共栄という解を見つけ「足るを知る」。自分の手で言葉(技術)にできた時は、胸の奥がじんわりと温かくなるような、そんな満ち足りた気持ちになります。
もし、あなたも今、会社や家庭、あるいはご自身の心に、言葉にできない違和感を感じているなら、それはきっと、あなたの心が大切なヒントを教えてくれているのかもしれません。
その感情は、あなたが「自由闊達」に生きるための、かけがえのないヒントです。
あなたの羅針盤はどこにあり、どこを指していますか。そして、従うべきもの、道しるべ、羅針盤はあなたにとってはどんな存在でしょうか。
あなたの言葉で、ただ正直に、綴りましょう。
羅針盤は、私たちが言葉を紡ぐことで、多くの人が「共鳴する」開かれた道具、私のこのnoteです。
それは、あなたの人生の物語を、「偽りの自由」から「本当の豊かさ」へと導く、最初の一歩になることでしょう。
<了>
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鋭意修行中です。


久々のボツ画像です
※ タイトルと見出し画像を変更しました。
2025/9/3
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