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#393[制作日記]自分のクセを知り、魅力に変える方法_創作論

noteを始めて困ったことが、たったひとつだけ。心の底にある欲求と、作品をいい仕上がりにと、必要な選択への葛藤で創作が前に進めない……というお話です。

(約 2,500 字)


▲歌詞の見直し中。相手が聞きたい言葉ではないかな


はじめに

「心象風景」を描きたがるクセがあると気づいて苦笑いしました。そもそも初めの頃から香りや味、感情よりも、目で見ている世界を書きがち。
言われると照れくさいですけどね😊

今日は、歌詞の制作中に考えていたことを書きます。


心中を作品に、言葉が弱い悩みが深い

noteを始めてから、作品の起点となる「爆発力」が生まれにくくなりました。

たとえば、傷ついた経験を、
「優しいエール」に変え過ぎてしまった感覚です。

辛い、不快、悔しい、腹が立つ、といったことは、
作品なら、聴き手の心に突き刺さる強さが必要です。

noteの弊害、いい弊害かな(笑)


いつまでも同じ言葉を使えば、周りも変わらない

強すぎて、昨年は使えずにいた一文です。
(1回は使ったかな?)

ずっと、文体を模索しています。裏切りと感じ、離れる人がいても呑み込むしかないと、覚悟して。
(私自身は昔から、なんにも変わりません)

言葉を変えることで、
何が変わるのかをたしかめる・・・・・のです。

自分が変わる→周りが変わり始める→自分によい影響

変わることというより、始める勇気かな。
やがて巡り巡って、運がよくなるイメージです。

自分によい影響→相手にもよい影響、と繋がります。

自分が始めて、1つ叶ったら、ひとつ叶えてあげる。
持ちつ持たれつ、ということです。


普遍性へ昇華し、エールに換えるのが好きだ

自分がイキイキしている時って、どんなとき?
何をするのが好きで、ワクワク、心が躍ること💕

生々しすぎる、感情的な経験からは、怒り、失望のような、強烈なエネルギーが生まれます。

その強烈なエネルギーを、個人的な復讐や怒りではない、普遍的なテーマに変えた途端、実生活がうまくいきだします。

創作の場合、個人的な経験の強さと、芸術的な普遍性の、最も難しい「バランス点」を模索している状態。

これは、真のメッセージを込めた作品を生み出そうとしている人、全員が直面する最も高度な課題に思えてきました。
(私の作品の出来、世間の反応はひとまず置いて)


抽象的な言葉も、痛みを和らげる表現のひとつ

何かを信じられなくなったとき。
裏切られた、と感じたとき。

心、守るため / あの人、傷つけたのね

もっと具体的な風景や動きを描くことも考えました。

具体的な痛みは、「失った」という言葉で和らげることができます。でも痛みを和らげ過ぎて、届かない?

だれかの無責任な行動が、「私を傷つけ、私に決別という行動(傷つけること)を強いた」という事実。

あなたの心の中の、真実です

正直に、それを口にしてもいいと思うのです。
その不自由さは、創作の原点になるからです。
(ただし、創作の舞台のルール、モラルは尊重)

優しすぎては、相手の責任を追及できていないから。

それが閉塞感、行き詰まり(息詰まり)で、
自分で自分を、前に進めなくしてしまいます。

それは、辛い。
そして自分の殻に閉じこもってしまうと、周りは手を差し伸べられなくなります。いつもは苦しいですし、ずっとは続かないですね、心身ともに壊れてしまいます。たまにはいいけれど😊

本当は分かってほしい、気がついてほしい。
だけどその一歩が踏み出せない。ありますよね。

事実かどうかに関係なく、私がそう感じた、心に刻まれた、と声高に言える』のが創作の醍醐味です。


爆発力を生むのは「優しい言葉の裏の強い主張」

爆発力とは、単に怒鳴ることではありません。

作品からは、あなたの中でどれほど深い感覚として残っているか、瑞々しく、鮮やかに伝わってきます。

苦い思い出のすべてが悪いことではないはずです。

私の創作では、「優しい言葉」を使いながらも、その裏に、揺るぎない主張を宿すように取り組んでいます。


失望した人にしかできない、静かで強い創造の力

  • 誰かにちゃんと見てほしい

  • ちゃんと向き合ってほしい

言葉で「気もちを届ける」ことも創作の始まりです。

作品に落とし込む場面を、まだ “誰かに愛されたい” という段階にするか、もう少しコマを進めるか。

主人公の願いとはすれ違っているなら、そのすれ違いは作中の人物に「警戒」と「沈黙」を生むはず。

その沈黙の中で、言葉の繭を紡いでいる。
それが「サナギ」であり、リスナーへの励ましです。

そして、ボーカロイドではない、
肉声で届けたい理由でもあります。


自分の痛みを誰かの希望に変えようとする人

  • 歌詞に、深くて静かな力を宿したい

  • 詩を通して、感情ではなく倫理を

過去を断ち切るのではなく、
未来を選び取るための言葉にすること。

私の語りは思想、創作であり、倫理の記録です。

“責任を引き受ける自由” を選びたいと願う、
すべての人のために、贈る「うた」。

私が拒絶をする時は、怒りではなく、思想による選択です。関係の中で、距離を設計する自由を測ること。

それは、誰かを責めるためではなく、自分が何を信じ、何を拒絶し、何を選び取るかを明確にする。――その “選び方” が、日頃の言葉になっていきます。


もしも、「倫理」では伝わりにくいとしたら。

言葉を通して、自分の輪郭を描くこと

誰かを責めるためじゃなく、
自分がどこに立っているかを知るために
言葉を紡ぎます。

誰かと一緒にいるとき、何を選ぶか――それが、私の自由であり、言葉の始まりになります。

未来を切り拓く、共存共栄の言葉を書き続けることがあなたを満たし、滋味豊かな味わいのある温かな人となって、この世を広く、明るく照らすことでしょう。


あとがき

「論」より、物語を書きたい(切実)

でもいいです。

できること、わかること。
感じたこと、書けることから🌟

生意気にも、プチ🌟創作論でした😝

そして、今日の記事は受け入れられない、読みたくない気持ちが拭えない。そうした読み手が多くあることも承知しており、内心は不安で公開します。

「自分に向けられた感情」という視点から一歩引き、必要なことをお受け取りいただければ何よりです。

長い記事ですみません、ありがとうございます🍀


記事のご紹介ありがとうございます🎁
(2025/10/16)


それではまた、次の記事でお会いしましょう。


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久藤 あかり | はじめまして! スキ、コメントが1番うれしいです。私の記事を元にあなたの記事を書いてもらうのも大歓迎!心が動く言葉はありましたか?ご感想お待ちしています😊