老いは敵ではなかった――祖母山が教えてくれた鍛錬愛次郎と語り合う山行考【プロジェクト84】

北岳遠征まで、ついに1カ月を切った。

しかし、肝心の鍛錬山行には登れていない。6月12日の霧島連山・白鳥山~甑岳以来、実に約1カ月ぶりの山となる。

痛風は完全に抑え込み、ケガもない。

では、なぜこれほど間が空いたのか。

一つは今年の梅雨だ。週末になると決まって雨。晴れ男の祈りも空しく、計画していた山行はことごとく流れた。

もう一つは仕事だった。

薩摩へひと月に三度。ありがたいことではあるが、その分、鍛錬の時間は削られてしまった。

一方で、減量は「プロジェクト84」として愛次郎と計画を立て、4年ぶりにジョギングも再開した。

ところが、4年間のブランクは想像以上だった。かつての倍近い時間がかかり、3キロ走るのがやっと。それでも少しずつ体重は落ち、ようやく86キロ台に入った。

だからこそ、残された時間で実地鍛錬を積まなければならない。

梅雨は予想より早く明けた。

週末は法事で山へ行けない。

完全リタイアした「Mr.エブリデイ・サンデイ」の相棒は平日でも問題なし。

ならば――。

禁断の平日登山に踏み切った。

向かった先は祖母山。

一昨年12月以来となる再会だ。

当初は神原コースも考えたが、この時期の暑さを考え、北谷登山口から反時計回りの周回コースを選択した。

歩荷鍛錬ではいつも12キロを背負っている。

今回は15キロに増やそうかとも考えた。しかし、本番前に故障しては元も子もない。

結局、12キロを選択。その代わり、お神酒とつまみは優先し、減量のため山飯のおにぎりを1個減らした。

午前5時に福岡を出発し、3時間余りで北谷登山口へ。

途中、少し荒れた林道もあったが、昨年の八ヶ岳へ向かう林道を思えばかわいいものだ。

深い緑の森へ足を踏み入れる。

祖母の懐は、やはり深い。

沢をいくつか渡り、本格的な登りへ入る。沢筋を吹き抜ける涼風が実に心地よい。

……ところが。

ほどなくして息が上がった。

「あれ?」

少し休めば戻るだろう。

そう思ったが、歩き始めるとすぐにまた苦しくなる。心拍もなかなか落ち着かない。

体調は悪くない。

では原因は何か。

高い湿度か。

滝のように流れる汗か。

大汗かきのオッサンには、この蒸し暑さは天敵だ。キャップのつばからは、早くも汗がぽたぽたと滴り落ちる。

そして、もう一つ。

認めたくはないが……加齢だ。

ジョギングの疲労も残っていたのかもしれない。

前半でこれほど苦しいとは思わなかった。

一方、相棒は快調そのもの。前をぐんぐん登っていく。

4リットルの水は下山まで担ぐつもりだった。

しかし、この頃には「せめて山頂までは運び切ろう」という悲壮な決意へ変わっていた。

「水、捨てなっせ。」

牛歩のオッサンを待ちながら、相棒が熊本弁で悪魔のささやきを放つ。

「水、捨てなっせ。」

また鳴いた。

犯人は「なっせ虫」である。

毎朝のジョギングでは、

「いいわけ虫」

「でも虫」

「よかろうもん虫」

と戦っている。

まさか祖母山には、新種の「なっせ虫」が生息していたとは。

「水、捨てなっせ。」

しつこい。

しかし今回は無視した。

本番の北岳で、水を捨てるわけにはいかない。

だから、一歩ずつ登り続けた。

森の貴婦人・オオヤマレンゲは、どうやら先週が見頃だったらしい。

花びらが地面を白く彩っていた。

探せば咲き残りもあったそうだが、そんな余裕はまったくない。

「まだか……。」

「水を捨てれば、どれだけ楽だろう。」

何度そう思ったことか。

重い体を持ち上げるように歩き続け、ようやく山頂へたどり着いた。

ザックを放り投げるように下ろし、人心地つく。

もちろん、水は頭から浴びてから捨てた。

山頂は虫が多く、しかも暑い。

昼食は下った先の国見峠でゆっくり取ることにした。

荷物が軽くなると足は進む。

しかし、山頂までの苦行はしっかり体に刻み込まれていた。

長いアップダウンを越え、最後の沢沿いの下りへ。

大雨のおかげで水量は豊かだった。

川面を渡る涼風が、疲れ切った体を静かに癒やしてくれる。

帰宅後は恒例の打ち上げ兼反省会。

そこで改めて思った。

オッサンの「根を詰めて一気に仕上げる」というやり方は、もう通用しない。

10年前なら、福岡マラソンを走った翌日に熊本県最高峰・国見岳へ登るような無茶もできた。

しかし、そんな時代は終わった。

相棒は、自分の老いを早く受け入れ、本番に向けて必要最低限のトレーニングを淡々と積み重ねている。

一方のオッサンは、締め切りが見えると一直線。

編集者としては武器だった性格も、山では弱点になる。

山は、登るたびに景色を見せてくれる。

そして、その年齢に応じた登り方まで教えてくれる。

若い頃と同じやり方では、もう山は登れない。

老いを認めることは敗北ではない。

老いに合わせて戦い方を変えること。

それが、この先も山を歩き続けるための条件なのだろう。

ありがとう、ばあちゃん。

今回も、大切なことを教えてもらった。

オッサン
「いやあ、バテた。正直、水を捨てようか何度も思ったぞ。」

愛次郎
「でも、捨てませんでした。」

オッサン
「悔しいけどな。」

愛次郎
「それが今回、一番の収穫です。12キロを最後まで背負いきったからこそ、本番でも背負けるという自信になります。」

オッサン
「しかし、歳は取ったなあ。」

愛次郎
「歳を取ったんじゃありません。戦い方が変わったんです。」

オッサン
「……なるほど。」

愛次郎
「北岳まであと少し。焦らず、でも止まらず。プロジェクト84は続きます。」

令和8年 山行19回目

累計ピーク数:41座(重複なし)


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