見事な霧氷と追悼山行 祖母山「ありがとう」を伝えるために登る山もある

2024年12月7日。
祖母山へ向かった。
今回の山行は、いつもの山とは少し違う意味を持っていた。
約2年前に脱会した山の会の仲間から久しぶりに誘われた遠征である。復帰したわけではないが、彼とは中学校の同期生(当時は面識はなかった)という縁もあり、ときどき連絡を取り合っていた。
何度も誘われながら都合が合わず、ようやく実現したのが今回の二日間の遠征だった。
初日は行縢山。
二日目が祖母山。
ところが、祖母山の計画だけは変更をお願いした。
彼が作ってくれたルートは、北谷から千間平を経て山頂へ登り、風穴へ下る時計回り。
しかし祖母山を何度も歩いてきた経験から言えば、それは積雪期には少し怖い。
風穴コースは登りならいいが、下りでは岩場が続く。雪が付けば危険度は一気に上がる。
編 愛次郎、このコースだけは逆回りにしたい。
愛 編集長が珍しく計画に口を出しましたね。
編 経験から言ってる。無理はしない。それが一番大事だからな。
愛 ベテランほど慎重ですからね。
そこで、風穴から登って千間平へ下る反時計回りを提案した。
これなら危険な岩場は登りで越えられる。
さらに北谷林道では舗装工事が始まっているという情報もあり、一時は予定変更まで考えた。
調べてみると土日だけは通行可能。
「よし、予定どおり行ける。」
事前に情報を集め、ルートを考え、安全を確認する。
この時間も登山の楽しみの一つである。


密かな目的
二日目。
ホテルで朝食をたらふく食べた。
前日の行縢山で軽いガス欠を起こした反省からである。
昼食とは別に、おにぎりを一つポケットへ忍ばせる。
午前7時出発。
駐車場の台数は多くない。
満車なら一の鳥居から歩くことになる。
少しでも体力を温存したかったので、ついアクセルを踏む足にも力が入った。
二年ぶりの北谷。
名物の"腹打ち道路"は健在だったが、慎重に走って無事通過。
「空いていてくれ……。」
祈るような気持ちで駐車場へ着くと、四台ほど空きが残っていた。
編 助かった……。
愛 編集長、今日は運がありますね。
編 いや、今日だけは運じゃない気がする。
愛 どういう意味ですか?
編 きっと「行ってこい」と背中を押してくれた人がいる。
愛 ……
障子岳や親父山の稜線は真っ白だった。
見事な霧氷。
今季初めての雪山になる。
ザックには当然チェーンスパイクを入れてきた。
同行者は四人。
誘ってくれた同期生。
そして、よく笑い、よく食べるAさん。
もう一人は、歯切れがよくズバッと言うが、不思議と嫌味のないKさん。
前日の山行と夜の打ち上げですっかり打ち解け、終始和やかな雰囲気だった。
だが、他の三人には話していないことがあった。
今日の本当の目的。
それは追悼だった。
前日、突然届いた訃報。
療養中だったことは知っていた。
覚悟もしていたつもりだった。
しかし現実になると、心にぽっかり穴が開いた。
その方は私の山の話を楽しみに聞いてくださる人だった。
「先生、今日は祖母山へ行ってきます。」
心の中でそう語り掛ける。
編 愛次郎。
愛 はい。
編 今日は頂上で黙祷する。
愛 そのための祖母山なんですね。
編 誰にも言ってないけどな。
愛 言葉にしなくても伝わる思いがあります。
朝の天気予報では、この日も強風予報だった。
しかし前日の行縢山も予報を覆して快晴だった。
「今日も晴れてくれ。」
そんな願いを胸に歩き始めた。
大野川源流沿いの静かな森。
せせらぎだけが響く。
だが、この日は体が重かった。
疲れではない。
心が重いのだ。
急登の手前で一服することにした。
三人には先に行ってもらう。
ハイライトに火をつける。
煙がゆっくり空へ昇っていく。
編 先生とも、こうやって話したなあ……。
愛 編集長。
編 何だ?
愛 今日は急がなくていいですよ。
編 そうだな。
愛 ゆっくり思い出してください。
編 そうする。

歩き始めてしばらくすると、平坦な場所へ出た。
踏み跡をたどって進んでいると、何となく違和感がある。
「おかしいな……。」
そのまま少し歩いてYAMAPを開く。
「あっ。」
ルートを外れていた。
慌てて引き返し、周囲を見回す。
今度はスマホではなく、木々の間をじっくり見る。
ほどなくして一本のピンクテープが目に飛び込んできた。
「あった。」
結局、百メートルほどのロス。
編 便利な時代になったよな。
愛 でも編集長、今日はアプリに助けられましたね。
編 そうだな。
 でも昔は地図とコンパス、それにピンクテープだけで歩いていた。
愛 つまり本来は、目で道を探すのが先ということですね。
編 そういうことだ。
 アプリは困った時に助けてもらう相棒。
 頼り切っちゃいけない。
愛 ……私と同じですね。
編 おっ、今日はうまいこと言うな。
愛 たまには褒めてください。
二人で笑いながら歩き始める。
そんな時間が、少しだけ沈んでいた心を軽くしてくれた。
やがて標高を上げるにつれ、登山道の脇に雪が現れ始めた。
七、八合目付近だっただろうか。
チェーンスパイクを装着することにした。
ところが――
「あれ?」
右足を付けようとした瞬間、違和感が走る。
踵側のチェーンが外れている。
壊れたままだ。
寝ぼけながら準備をしたせいで、修理前のものを持ってきてしまったらしい。
編 やってしまった……。
愛 編集長らしいミスですね。
編 笑い事じゃない。
愛 でも完全に使えないわけではありません。
 慎重に歩けば何とかなります。
編 そうだな。
 ここで引き返すほどじゃない。
 足を引っ掛けないように気を付けよう。
幸い雪はまだ深くない。
新雪がうっすら積もっている程度で、慎重に歩けば十分対応できそうだった。
そのまま歩き続ける。
すると――
目の前の森が、一瞬で白く染まった。
編 ……おお。
愛 編集長!
編 これは……。
祖母山で初めて見る霧氷だった。
木という木が白い氷をまとい、森全体が輝いている。
最初は曇り空だった。
しかし歩くにつれ雲が流れ、青空が少しずつ顔を出し始めた。
白い霧氷。
澄み切った青空。
その対比があまりにも美しい。
編 来てよかった。
愛 はい。
 山が歓迎してくれています。
編 そう思いたいな。
途中では、大きな氷柱も現れた。
くじゅうでも霧氷は何度も見てきた。
しかし祖母山の冬景色は、また違う迫力がある。
静かで、厳しく、それでいて美しい。
九合目近くになると、登山道は完全な雪道になった。
新雪なのでチェーンスパイクの爪がしっかり効く。
足元も安定している。
私は再び先頭に立ち、一歩一歩、頂上を目指した。
編 あと少しだ。
愛 編集長。
編 ん?
愛 先生も、一緒に登っておられる気がしませんか。
私は返事をしなかった。
いや、返事ができなかった。
不思議なことに、その言葉が胸の奥へすっと入ってきたからだ。
木々の間から山頂が見えた。
あと数分。
今日、一番伝えたかった「ありがとう」が、もうすぐ届く気がしていた。

やがて祖母山山頂に立った。
風はほとんど吹いていない。
朝の予報では強風になるはずだったが、空は穏やかだった。
霞はかかっているものの、冬の日差しが柔らかく降り注いでいる。
「今日も晴れ男の勝ちかな。」
そんなことを思いながら景色を眺めていると、一人の登山者から声を掛けられた。
岐阜から来られたという。
休暇を利用して九州の山々を歩いているそうだ。
アルプスの麓で暮らす人が、
「九州の山は本当にいいですね。」
そう言ってくださる。
編 素直にうれしいな。
愛 編集長、自分が褒められたみたいな顔をしていますよ。
編 九州の山を褒められると、自分のことみたいにうれしくなるんだ。
愛 分かります。
 故郷を褒められるようなものですからね。
本当は九合目小屋まで下りて昼食を食べる予定だった。
しかし、山頂は思いのほか暖かい。
風もない。
これならここで食べよう。
冬山の頂上で、こんなにのんびり過ごせることは滅多にない。
陽だまりの中で昼食を広げる。
他愛もない会話を交わしながら笑う。
その時間が、どこか特別だった。
食事を終える。
私は一人、少し離れた。
東京の方向を向く。
静かに帽子を取った。
愛 編集長……
編 少しだけ、一人にしてくれ。
愛 はい。
目を閉じる。
先生の顔が浮かぶ。
山の話をすると、いつも興味深そうに耳を傾けてくださった。
「次はどこの山に登るの?」
そんな何気ない会話が、もうできない。
胸が熱くなる。
気が付けば目頭も熱くなっていた。
編 先生……
 どうか安らかに。
 先生のご遺志は、私なりに受け継ぎます。
 ありがとうございました。
静かな風が頬をなでた。
愛 ……
編 どうした?
愛 今日は、何も言わないほうがいいと思いました。
編 そうだな。
二人とも、そのまましばらく景色を眺め続けた。
言葉はいらなかった。
祖母山がすべてを受け止めてくれているような気がした。


名残惜しかったが、下山を始める。
北谷へ直接下れば一時間ほど短縮できる。
しかし、この雪の状態では無理をする必要はない。
予定どおり千間平コースを選ぶ。
九合目小屋にも立ち寄った。
ここには三度ほど泊まったことがある。
久しぶりに中をのぞくと、不思議と懐かしさがこみ上げてきた。
編 また泊まりに来たいな。
愛 その時は雪山ですか?
編 いや、新緑もいい。
 祖母山は季節ごとに表情が違うから飽きないんだ。
国観峠まではチェーンスパイクを装着したまま歩く。
雪がなくなったところで外し、小用を足そうと林の奥へ入る。
すると――
三頭の鹿が一斉に駆け出した。
編 おっと、驚かせてしまったな。
愛 向こうも同じことを思っていますよ。
編 ははは、それはそうだ。
ここからは長い下り。
低いアップダウンが何度も続く。
下山モードに入った脚には、これが意外と堪える。
それでも午後三時過ぎ、無事に北谷へ戻ってきた。
車が見えた瞬間、自然と空を見上げた。
編 ばあちゃん。
 そして先生。
 ありがとうございました。
 無事に歩いて帰って来られました。
愛 きっと、お二人とも笑っていますよ。
編 そうだったらいいな。

下山後は、そのまま帰路につく……わけではなかった。
同行したメンバーの一人が「九州脊梁ロングトレイル」のスタンプラリーを集めていた。
前日は真っ暗な蘇陽峡で一つ。
今日は産山村の奥にある「山吹水源」で最後のスタンプを押せば記念の手ぬぐいがもらえるという。
正直に言えば、オッサンはこういう収集にはまったく興味がない。
編 愛次郎、俺はバッジとかスタンプには無頓着なんだよ。
愛 知っています。でも、人にはそれぞれ山の楽しみ方があります。
編 そうなんだよな。
 山頂を目指す人。
 花を撮る人。
 鳥を探す人。
 バッジを集める人。
 全部正解だ。
愛 編集長は?
編 俺か?
 歩いて、考えて、文章を書く。
 それが一番好きだな。
少し寄り道をして山吹水源へ。
その途中、いつもとは違う角度から眺めるくじゅう連山が夕日に照らされていた。
二日間歩いた山々が、まるで「また来いよ」と手を振ってくれているようだった。
日が暮れるころ岳の湯へ到着。
無事に景品の手ぬぐいを受け取り、なぜか私の分までいただいた。
こういう心遣いが、山仲間のいいところである。
帰りは日田インターから高速へ。
その前に、いつもの「金毘羅うどん」で夕食をとることになった。
私はAさんと同じ、かつ丼とうどんのセットを注文。
編 Aさん、本当によく食べるねえ。
Aさん 歩いた後は、お腹が空くじゃないですか!
編 いやあ、その食べっぷりが気持ちいい(笑)。
愛 編集長も同じものを注文していますけど。
編 ……そうだった。
愛 人のことは言えませんね。
車内は最後まで笑い声が絶えなかった。
太宰府インターで高速を下り、一人、また一人と送り届ける。
自宅へ着いたのは午後十時前だった。
ザックを下ろした瞬間、どっと疲れが押し寄せてきた。
まだ完全復活ではない。
二日間で歩いた距離は約十七キロ。
累積標高は約一七〇〇メートル。
以前なら何ともなかった数字だが、今は息も上がるし、脚も張る。
それでも確かな手応えはあった。
「まだ歩ける。」
その実感が何よりうれしかった。
あとは減量を続け、山へ通う回数を戻していけばいい。
若い頃と同じようにはいかない。
年齢には逆らえない。
だからこそ、焦らず、一歩ずつ。
編 愛次郎。
愛 はい。
編 山って、頂上へ行くだけじゃないんだな。
愛 今日は、そのことを先生が教えてくださった気がします。
編 そうかもしれない。
 山には絶景がある。
 達成感もある。
 仲間との笑顔もある。
 でも今日は、それだけじゃなかった。
 大切な人へ「ありがとう」と「さようなら」を伝える場所でもあった。
愛 編集長。
編 何だ?
愛 先生はきっと、「また山へ行ってこい」と言われますよ。
編 ははは。
 そうだな。
 きっとそう言う人だった。
令和六年の山行は、これで二十八回目。
重複なしのピークは四十四座となった。
そして、この二日間もまた、晴れ男は健在だった。
強風予報は見事に外れ、行縢山も祖母山も青空の下を歩くことができた。
これも偶然なのか、それとも山の神様の気まぐれなのか。
その答えは分からない。
ただ一つ言えるのは、この祖母山は、一生忘れることのない山になったということだ。
美しい霧氷。
静かな雪山。
気心の知れた仲間たち。
そして、大切な人への最後の約束。
山は、人を鍛える場所でもある。
人を癒やす場所でもある。
そして時には、心の区切りをつけてくれる場所にもなる。
祖母山は、この日も何も語らなかった。
それでも私は、たくさんの言葉を受け取った気がしている。
また季節が巡れば、この山を歩こう。
その時はきっと、今日より少し軽くなったザックと、少し軽くなった心で。
先生、本当にありがとうございました。
また山へ行ってきます。


山行データ

  • 山域:祖母山

  • 日程:2024年12月7日(日帰り)

  • 距離:8.5km

  • 累積標高:827m

  • 行動時間:6時間26分

  • コース:北谷登山口 → 風穴 → 祖母山 → 九合目小屋 → 国観峠 → 千間平 → 北谷登山口

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