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本当は好きだったことをやっと思い出した


毎日の自問自答

「ねばならない」を卒業しようと決めてから約10年。ものすごく心は軽くなった。

この10年間で自分と本気で向き合い、幼少期からの概念とか本心とか、あらゆるものを心の中の箱の奥底にぎゅーっと押し込んで来たことに気づいた。

その箱を開けて、次々と必要のない物を涙とともに捨ててきた。

私がいちばん嫌いな「嫉妬」という気持ちが自分の中にもあったことにいちばんショックを受け、ここを乗り越えるのがキツかった。
手放すことよりも、それが自分の中にもあったこと、それを1回受け入れるまでが時間がかかり、自分が嫌で嫌でたまらなくなった。

この10年間はそれまで生きてきた35年間の中で出せなかった自分を見ることになり、かなりハードで目まぐるしい年月だった。

箱に詰め込まれた荷物が空になったら、その中から『宝物』が見つかった。


本当は好きだったこと

好きだってことすら忘れてしまっていたこと。

それは「イラスト」を描くこと。

初夢にGGが登場したおかげで、それを絵に描き、どんどん形になって絵本、うた、ダンス、LINEスタンプにした。

これが楽しくてしょうがない。基本、時間を忘れて集中するようなスタイルで何かをするということはほぼない。

ところがGGに関してだけは次から次へと描けて、歌も自然に口から出てきた。
「あ〜可愛い♡♡♡」とか言いながら。


何故忘れていたのか

子供たちのためにアンパンマンの絵を描いたり、新しいプリキュアを考えたり、子供が小さい頃は良く描いていた。

決して上手くないが子供が喜ぶから私も嬉しくなって描く。

年賀状も大人になっても手描きで(上の子が赤ちゃんの時だけ写真)一人一人違うイラストを描いていた。

だけど、それが好きなんだという自覚はなく、ゆっくり絵を描いてみようなんて思いもしなかった。

そしてようやく気がついた。

箱の底の底にこびりついていた、4歳くらいの頃の記憶。


幼い日の記憶

保育園の参観日なのかなんなのか忘れたけど、母の日に「お母さんの絵を描きましょう」って日があった。

お母さんの顔なんて描いたことが無い。

私がいつもやっていたお絵描きはお人形さんの絵。

どう描けばいいか分からず、肌色のクレヨンで顔を描き、パーマ頭を黒いクレヨンでモクモクした感じに描いた。あの絵は何故か今も覚えている。

「お母さんに渡しましょう」と先生が言った時に皆がお母さんに渡しに行く。

その時の母の言葉

「全然似てないわ」

これが私の中の箱の一番下から出てきた。

私は小さい頃から母の顔色を伺う子供だった。それを自覚もしていた大人な子供だった。

母は悪気なく正直に「似てない」と言ったのだろうが、他のお母さんたちは「上手にかけたね〜」「ありがとうね〜」とか言ってるのに、私はそんなに下手くそなんだ、と自分を責めた。

3月生まれで動きもトロくて、何一つ得意なことがない。既にその頃に劣等感を常に抱いていた。

「美味しそうによく食べる」とだけ褒められたので、褒められたくて無駄に食べてポッチャポチャになる。

小学生の頃から、私はデブなことをコンプレックスに思って痩せたいと頑張ろうとすると阻止される。「私が太った子供が好きだから」と母は言っていた。太らして食うつもりか?なんていうシャレは通用しないので心の中でボヤいていた。


下手ならやったらダメという思い込み

なんだろう。いつからだろう?
そんなふうに思い込んだのは。

自分の子供にも周りにも、下手でもいいじゃん、好きなら。好きなことなら続けられるじゃん!

なんて言ってる。本当にそう思ってるから言うんだけど、私自身がそれをできてなかった。

大晦日、ちょっとしたきっかけがあり、実家と距離を置くことにした。

そして初夢。

GGが私の「好き」を思い出させてくれた。


最終章だからこその経験

【人生の最終章】を実感する出来事が次々と巻き起こり、日々忙しく喜怒哀楽を味わっている。

自然の中で、自然に自由にのびのびと、身体も心も頭もかる〜くしていっぱい笑って生きていこう♪♪♪

それは、目を逸らすということではない。
真正面からぶつかって乗り越えて。だからこその喜びを味わうということだ。


★トップ画像は昨日友達と一緒に食べたモンブラン♡♡笑い声とともに美味しくいただきました(*^^*)


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