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大河ドラマ「べらぼう」での『写楽』の正体を考察してみました

もはや日曜日の視聴が生活の基点になるほどにハマりまくてしまった大河ドラマ「べらぼう」。ここまでハマってしまうとは、自分でも驚きなのですが、その理由が判明しました。

それは、今回の大河ドラマがあまりにも妄想歴史家の私の専門(?)分野にガッチリハマっているからです。という、どうでもいい個人的だけれど重要な理由だったのです。

はじめは、「商売」を素人にも分かりやすく楽しく教えてくれる面白いドラマだなと思っていました。と、同時に、「これは自分にとっては、もしかするとハマるタイプのドラマなのではないだろうか」という漠然とした予感のようなものもありました。

回が進んでいくにつれてドラマの厚みと深みが増しに増し、その面白さにべらぼうの沼にハマって抜け出せない状態となり、ただただ毎週日曜日をひたすらに待つ、そんな日々を過ごしてきました。

ところが、春町先生の悲しい最期が描かれた第36回のあるシーンを観た時に、雷に打たれたように私の妄想歴史の脳が目覚めたのです。それは、春町の訃報を受けた松平定信が、誰にもばれないように一人で慟哭したシーン。

「あれ、この松平定信は何か違うぞ?」と、鬼太郎の妖怪アンテナよろしく妄想歴史家の私のアンテナが急に反応し、活動し始めました。

実は以前読んで私の頭の片隅に残っていた「べらぼう」 脚本・森下佳子先生がインタビューに答えた記事があります。↓

私にとっての写楽の謎は、彼が誰なのかということよりも、その出し方です。なぜ蔦重があの時期に写楽を出し続けたのか。

(引用)ステラnetよりhttps://www.steranet.jp/articles/-/4320

これを読んだ時は、「写楽」についてついてそこまで重要視していなかった、と言うより、ドラマがあまりにも面白過ぎて、私のクセである先読みとか考察とか妄想とかを、しようとすら考えなかったんですね。

毎回ドラマを観た後に、知らなかった登場人物や史実の出来事などを追いかけて調べて、それから再度改めて何度も観なおしては、「なんてよくできた脚本なんだろう」としみじみと味わう。これがこれまでの私の「べらぼう日課」でした。

ところが、前回の松平定信の慟哭を観て、これまではさほど気になっていなかった「べらぼうでの写楽は誰?」という謎が私の脳みそを急に支配するようになったのでした。

こうなってしまった場合、もう、この謎を解明するしかなくなるのが妄想歴史家のサガ。まるで古代日本史最大の謎である「邪馬台国はどこだ」に挑むがごとく「べらぼうの写楽は誰だ」に挑むしかありません。そして、これを止めることはできないのです。

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と言うことで「べらぼうの写楽」を考察(ほとんど妄想)し始めたのですが、ハタと、ある事を思い出しました。

私には、ずーっとずーっと気になっていたことがあったのです。それは、平賀源内が事件を起こした屋敷の床の間(だったような)にあった箱。あの箱はおそらく源内の持ち物だと思われるのですが、何故か必要以上に長く画面に映っていて、そのことにものすごい違和感があったのです。

多分、あの箱は絵とかをいれて運ぶものだったと思うのですが(いい加減な記憶でスミマセン)、仮にそうだったとしたら、一気に「べらぼうの写楽」の謎が解けるのです。

結論から言うと、現時点で私が考察する「べらぼうの写楽」は、蔦重がプロデュースする源内先生の敵討ちを目的にした「プロジェクト写楽」です。

「プロジェクト写楽」の概要は、ざっとこんな具合です。

源内が描いた大首絵の原案的な絵があの謎の箱に入っていて、それは一橋治済の手元に残されていた。
何かのきっかけでそのことを知った蔦重が、とうとうラスボス一橋治済の陰謀にたどり着き、市井の本屋にすぎない自分ができる敵討ちを、いや自分にしか出来ない敵討ちの形を考えて「プロジェクト写楽」を立ち上げる、というもの。

この考察に置いて、私が現時点で押さえているポイントを以下に記します。

・前述の「源内の謎の箱」の必要以上?に長い映像
・松平定信の失脚年(1793年)
・写楽の登場年(1794年)
・実際の写楽の正体で最も有力な説は、阿波徳島藩主である蜂須賀家お抱えの能役者の斎藤十郎兵衛
・松平定信が連れてきた儒学者柴野栗山も阿波蜂須賀家に仕えていること

他にも、
・最近、やたらと源内が思い出される
・一橋治済は大の能好き。特にここ最近は「能がらみのシーン」が多い
・一橋治済が何かを思い出すように「顔ねえ」と言ったシーン(大首絵のことを考えているのか?これは考えすぎかもしれません)
・松平定信が、大好きだった春町を意図せず死に追いやったことを後悔していること(実際の定信も、失脚後は朋誠堂喜三二などに執筆依頼などをしているらしい)

春町の死を知った定信を慟哭させることで、このキャラは完全な蔦重の敵ではないのではないか、と感じました。また、私考察の「プロジェクト写楽」では松平定信の協力は不可欠なのですが、今のストーリーの流れだと蔦重と定信がタッグを組んでも違和感なし、ですね。

ただし、当時は全く売れなかった絵だけれど後世に傑作の評価を得るような早すぎた作品を生みだせるのは鬼才平賀源内なら十分あり得そうですが、それを商品として完成させる必要があります。しかし、源内は既に亡くなっています。ならばどうするか。

そうです。ここで歌麿です。ここで人まね歌麿が生きてくるのです。唐丸としての出会いからずっと「人まね」推し。べらぼうの世界では、実在の天才絵師喜多川 歌麿というより「人まね歌麿」の印象が強いと感じてきましたから。

そして、これらのことを踏まえて、いよいよ「プロジェクト写楽」を考察(妄想)してみましょう。

蔦重が何らかのきっかけで、源内の絵が一橋治済の手元にあることを知ります。そこで、一橋治済から源内の絵を入手するために松平定信と協力。
絵の入手を阿波徳島藩主である蜂須賀家お抱えの能役者の斎藤十郎兵衛に命じ、能が大好きな一橋治済に近づかせ実行します。

手に入れた原画をもとに、人まね歌麿が「大首絵」を描きます。

全てが整い蔦重は「プロジェクト写楽」を始動します。その目的はただ一つ。一橋治済のみにむけられた「俺(蔦重)はお前(一橋治済)の陰謀を知っているぞ」という強いメッセージです。

そして、発売された大首絵のことを何らかのきっかけで知った一橋治済は驚愕。この絵のことを知っているのは自分だけのはずなのに、と。

これならば、敏腕プロデューサーでありヒットメーカーだった蔦重が、なぜ、当時の江戸の人には人気のなかった写楽の絵を大々的に売りに出したかの理由(動機)としてしっくりくるのです。

実際に当時はあまり売れなかったそうですが、べらぼうの中の蔦重にとっては、プロジェクト写楽では売れることが目的ではなく、ラスボス一橋治済に対する、一橋治済の数々の悪行に対する敵討ちが目的だったので売れなくても良かった、のではないでしょうか。

しかし、この「プロジェクト写楽」は蔦重にとっては命がけでした。写楽という正体不明の架空の人物を創ったことで、このプロジェクトに関わった歌麿たちを守ることはできます。しかし、版元は蔦屋です。これは隠せない。しかも、一橋治済はすでに蔦重を実際に見ていてロックオン済み(乞食に扮してまで打ちこわしを扇動した時にしっかり目視しておりましたね)。

ただ、蔦重は覚悟ができていたことでしょう。一橋治済が自分をただではおかないことは承知の上です。この潔い覚悟と気風の良さがこそが蔦重。これこそが、べらぼうな生きざまなのです。

プロジェクト写楽は短期間で終了します。その後、蔦重は…。

とまあ、こんな具合に勝手に考察(妄想)してしまいました。

しかし私は単に、「べらぼう」の世界における謎の絵師写楽を考察(妄想)してみたにすぎません。その考察(妄想)においても、どうやって蔦重が松平定信と出会うのか、とか、どうやって一橋治済が写楽を知るのか、蔦重と一橋治済はどう対峙するのかしないのか、とかいったことは考察や妄想がおよばない部分ですので「何らかの事情」とか「何かのきっかけ」でごまかしています。

もっと言えば、私のこの考察(妄想)は完全にとんちんかんかもしれません。

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私にとって「べらぼう」は、もはやこれまでの大河ドラマの域をおおきく超えた壮大な江戸サスペンスミステリードラマであり、まるでアガサ・クリスティーの世界に浸るような、極上なスリリングヒューマン江戸絵巻となっています。

史実や実在の人物をきちんと踏まえた上で、歴史として分かっていない部分をあっと驚くような創作で描きながらも、それが納得もいき、かつ違和感もなく、まるで「ああ、あり得るかも」と思ってしまえるかのような完成度の高いストーリーに仕上げているこの「べらぼう」の脚本のすばらしさは、妄想歴史家として学ぶべき最高の教科書の一つです。

妄想歴史家として日々歴史のあれこれを妄想しまくっている私が、勝手に独断で妄想して楽しんでいるだけなので、実際のドラマがどうなるかは全く不明ですが、これからの「べらぼう」は、私にとってははまるで答え合わせのように感じることでしょう。

そこが考察(妄想)を楽しむ醍醐味でもあります。(大ハズレが怖いけれど)

でも、どんなストーリー展開になったとしても、きっと面白いに違いない「べらぼう」。これからも、いよいよ終盤に入ってきた「べらぼう」を心ゆくまで楽しみ尽くしたいと思っています。

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foyou 最後までお読みいただきありがとうございました!