第9回:長男との対峙。露呈した「経営者」としての危うさ
弁護士さんとの面談を終えてから、私の頭にはひとつの疑念がこびりついて離れなくなりました。
「税理士が提示しているあの相続金額は、本当に正しいのだろうか?」
その疑念を解消するため、妻は長男へLINEを送りました。相続の根拠となる書類の写しを見せてほしい、という正当な依頼です。
* 保険の受取人は誰か
* 負債(借金)はいくらあるのか
* 不動産の評価はどうなっているのか
* 葬儀費用にはいくらかかったのか
これらは遺産分割を話し合う上で、避けては通れない「事実」です。
しかし、この依頼に対する長男の反応は、私たちの違和感をさらに強めるものでした。
なぜ、そこに「第三者」が介在するのか
妻が送ったLINEは、なぜか即座に「次男のパートナー」へと転送されました。
「なぜ親族間のデリケートな問題を、法的な当事者でもない第三者に共有するのか?」
この時点で、言いようのない不気味さが漂い始めます。
数日後の土曜日。長男から「一度相談したい」と呼び出された場所は、長男が経営する会社でした。
「会社には俺しかいないから」
「事務員しかいないから大丈夫だ」
そう押し切られ、妻はは指定された場所へ向かいました。ファミレスのような開かれた場所を拒むその態度に、拭いきれない不安を抱えたまま。
平行線をたどる対話
対面して早々、資料の開示を求めると、長男はこう答えました。
「税理士が書類を全部持っている。俺の前でコピーを取るなら見せてもいい」
同じ相続人である妻に対し、「個人情報だから」という理由でコピーを渡そうとしません。さらに、話の内容も支離滅裂でした。
「弁護士が見せてもらうべき書類だってそう言ってたよ」
……えっ?税理士ではなく、弁護士?相続税のことなんだから税理士じゃないの?なんで弁護士??
そこから噛み合わない?噛み合わないまま会話は空転していきます。
葬儀当時の話も「口座残高はほとんどなかった。分けるものなんてない」と言われたけど、そんなことは言ってない。
しかし、生前にまとまった金額が引き出されていた事実は隠せません。そこを指摘すると、「言った・言わない」の泥沼に引きずり込まれました。
「お前はいくら欲しいんだよ」
業を煮やしたのか、長男は突然こう言い放ちました。
「で、お前はいくら欲しいんだよ」
私たちは事前に、法的根拠に基づき「3等分」を前提とした資料を用意していました。しかし、彼はその中身には一切目を通そうとしません。
「今ある現金で分ければいいだろ」
「残った現金を3等分じゃダメなのか」
不動産や保険、生前贈与の可能性……そうした「遺産の全体像」を無視し、目の前の現金だけで帳尻を合わせようとする。その枠組みから一歩も出ようとしない姿勢に、対話の限界を感じました。
しまいには、「じゃあ俺は放棄する。この会社もお前がやれ」という極論まで飛び出す始末。
「私、一度でも会社の株や土地が欲しいって言いましたか?」
「法人と個人は別でしょう。最初のあの分割案を見せられた時、私がどう思うか考えたことはありますか?」
妻の絞り出すような反論も、どこまで彼の心に届いたのかは分かりません。
経営者として、あまりに衝撃的な告白
そして、話は核心に触れました。
父が所有していた土地を、長男の会社に貸していた件です。
「お父さんの口座、亡くなるまでずっと(地代で)増え続けていたよね?」
妻の問いに対し、長男が口にしたのは耳を疑う言葉でした。
「いや、会社から地代は払ってないよ」
驚いて理由を尋ねると、彼は平然とこう言い放ったのです。
「死んだ人に、誰だって(お金を)払いたくないでしょ」
……一瞬、言葉を失いました。
大家さんが亡くなったからといって、家賃を払わなくていい道理などありません。ましてや、彼は一企業の経営者です。会社として支払うべき経費を、「相手が亡くなったから」という私情で止めてしまう。
その法的・倫理的な危うさを指摘しても、「なんでそれ(家賃)と同じになるの?」と返されるばかり。
彼が守ろうとしているのは、一体何なのか。
兄としての誠実さ以前に、経営者としての資質にまで、決定的な疑問符が打たれた瞬間でした。
結局、この日は「税理士が書類を持ってくるまで保留」という形に。
深まったのは絆ではなく、解消しようのない不信感だけでした。
