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令和七年 六月 【夏至】転籍

朔日詣

早朝の内宮でバッタリ人に出会ったことがキッカケで
タイミングが合わず長らく諦めていた、朔日詣をすることになった。

この日が初めて。

午後は、初めて鏡岩へ足を伸ばした。

月末月初は仕事が忙しく、以前から外宮の清掃ご奉仕にも誘って頂いていたけれど、唯一行けると思った日に台風で新幹線が終日止まった。

無理にしがみつくのは止めて家を掃除すべき。
と、朔日詣はすっぱりと諦めたのだけど
今回は、ご縁が転がってきたので、素直にしたがう。

勾玉池の前で朔日の朝いただいた一服は、大層しあわせでした。忘れられません。

ありがとうございます。

また、資料館では不思議な瞬間があった。

尊敬する神職さんが御饌についてご説明をして下さったのだけど
御饌の前に立たれたお姿が…何というか…
何故か遠い昔にも、こうやって神さまのお食事の前に立たれているような景色にみえ。

瞬き三度👀

国崎 神宮御料鮑調整所

翌日は、志摩へ。
行先は決めていなかった。

地図を見ながら気になった場所がたまたま国崎だった。
初めての場所。

皇室にも縁が深い。

まず、すぐ側に祀られている山の神にご挨拶。
琉球にきたような強い気配に驚き眩暈がした。
とても心地よい。

月次祭が近いので、熨斗鮑をつくられていて
地元の方が、親切に説明をして下さった。

きょうはもうおしまいで、開いている時なら
見学させて下さるとのこと。やさしい。

御礼を申し上げて、上の拝所へ。

すると、ここは倭姫の石碑があるが完全に御嶽だった…。

チカチカと光が差し込み、木々の内に入ると
懐かしいような何とも言えない感情が押し寄せてきて、立っていられず
一歩も前に進めなくなり、しゃがみ込む。

止まらず、その場で声をあげてわんわん大泣きする羽目になった。
もう涙で顔がぐしゃぐしゃになるまで泣いて泣きじゃくった。

訳は分からなかった。
勝手に溢れでる。

大泣した場所は今まであまりなくて
嗚咽や身体の震えにも種類がある。

ここは琉球の天武大主の墓での涙に近い。

円覚寺での般若心経 透明感あふれるあたたかな涙
伊平屋クマヤ洞窟手前の海 透明感あふれるあたたかな涙
首里森御嶽 吐くような重圧と混沌の涙
斎場御嶽  吐くような重圧と混沌の涙
天武大主の墓 あたたかくなつかしいうれしい涙
出雲大社 八足門内 震え、人生最大の恐怖とかなしみの涙

山の神

国崎で山の神にご挨拶をしたが
翌日も、行く先々に山の神がいらっしゃった。
式年遷宮の木本祭をおもふ。

山の神は、海の神でもある。

鴨沂、保田與重郎

自宅で部屋を整理していたら、でてきたものがいくつか。

ひとつは、卒業証書。
このマークは、出町の鴨川、糺の森の三角州。
あまり考えたことがなかった。


もうひとつは、保田與重郎に関する本。
日本の古典を研究、評論した文学家である。

彼のことを良くも知らないながらに
何故か買わねばならない気がして、この分厚い本を購入していたが、ずっと傍に置いてあったものだ。

ページを開くと
出身は、奈良県桜井市であるという。

クラクラした😵‍💫
生家は、三輪山と鳥見山の間にあるそう。

三輪に参る際、鳥見山の霊畤(まつりのにわ)には足を運んだことがある。等彌神社だ。
初めて大嘗祭が行われたと言われている。

出雲で、大国主が葬られた経緯を出雲井神社で一子相伝、口伝継承していると言われている富家の「とみ」と同じなのだろう。

著書は、国家や皇室、言霊に言及したものが多い。

晩年の居住は、京都の鳴滝
太秦と貴船の間にあり、隣は金毘羅さん。
祖霊の巣窟のような場所だ。

能の翁の「嬉しや水、鳴るは滝の水、日は照るとも、絶えずとうたり」

不思議なものです…💭

私は、ここから何に気付けるだろうか。

印の登録

何故か、あゝもう抗えないのだ。
という自覚が訪れていた。

印の登録とともに、本籍を伊勢に転籍することを決めた。

用紙を書き、区役所へ行く前に
まず、今の居住地のお社に御礼とご報告に行った。
御祭神は祖霊である。

京からこの地へ来て長い長い間
ずっと傍で見守って下さったことに対する深い御礼

その途中まで、全く祖霊の存在に気付いておらず
沢山の失礼をしたお詫び

本日これから印の登録に行くこと

本籍を移す覚悟を決めたこと
さしあたっては、まず六月の月次祭で神前にてご報告をしてから事を成すこと

今すぐに転居できる訳ではないので、今しばらくはこの地でお世話になること

それまでの間、懸命に生きるので背中を押していただきたいこと

日は選ばなかったけれど、偶然にも、乙巳の変の日だった。

啓示

実印、銀行印、すべての登録を終え
六月の月次祭目前、今回の旅は決まった目的地や啓示もないので、転籍の覚悟のご報告のみでゆったり過ごそう。と考えていた。

明確に何処へ行き何をする。という具体的なプランはなかった。

月次祭で伊勢に向かう前夜、うとうとしていると

千田姫〜
あゝ千田姫〜 千田姫〜

みんな貴方のことが、だいすきなのですよ〜
というおばぁの声がする。

「せんだ」と言っていた。
漢字も明確に浮かぶ。

うんうん。と話をききながら
ハッと目が覚める。

え?
千田姫とは誰?
調べると近江に千田の玉姫伝説があるという。
玉依姫を想像したが、明日から行くのは近江ではなく伊勢なので、伊勢の千田を調べると

伊雑宮の程近くに千田の御池という場所があり
そこには、かつて大物主、少名彦、久延彦、が祀られていたという。

唖然とした。
三輪と同じ。

そういえば、以前「神米」と言われる夢をみた。
意味は分からなかった。

一羽の鳥が降りたつ。
辺りが光っている。夜が明ける。

おびただしい数の神さまの名前が、漢字でずらりと何行も書かれていた。

田んぼに関係があるのだ。
千田と、カケチカラ発祥の地である、多気郡明和町に行かねばならない。

何故か確信めいた気持ちとともに眠った。

多気郡明和町 竹

竹神社は数回訪れている。
ここは、野宮だ。

何故、竹なのか?
ずっと分からなかった。

確かに竹神社は、今は移転しているが
かつて竹藪の中に存在した。

祖霊のことに気づき始める前、唐突に高畑勇の映画かぐや姫をみたことを思い出した。

昔は、竹そのものが高貴であり
そこら中に生えるようなものではなく
あえて場所を限定し植えられていたという。

正にかぐや姫だ。

確かに竹藪で翁は、女児を拾い育て
見目麗しく

彼女は神の子で
大切な育ての両親のいる実家からも離れざるを得ず
好きな人と一緒にもなれず
天皇からの求婚もはき捨て
全てをかなぐり捨てて、天に帰らねばならない。
迎えにくるのは神だ。

斎王そのものである。
心臓がぎゅっとなった。

大淀禊場 海神社

斎王尾野湊御禊場という場所がある。
カケチカラを追い、社を回りながら禊の場に辿り着いた。

どうしても、ここには来なければならない気がした。
今は堤防があるが、昔は浜だったのだろう。

足を踏み入れると、強い祓を感じた。
身体が強烈に軽くなる。
斎宮から月次祭に向かう斎王が、ここで禊をしたとある。

明日から月次祭だ。

地図をみた時から、とても心地よく気になったのは
向かいの淀姫の社なのだが、それより何より異様な程荘厳な力を放っているのは、その側にある海神社だ。

夥しい量の鷺の声が対岸の森に響き渡っている。
尋常ならざる声だ。

社に向かいひっきりなしに鷺が舞っては
吸い込まれていく…。

あまりの強い気配に立ち竦むくらいだったが
行かねばならない。

想像通り、淀姫の社は柔らかく明るく澄んでいて
心地よかった。

意を決して海神社に向かう。
下闇の社は、雨で湿っていて、闇の中に天から光が差し込んでいた。

耳を劈くような声と、鶏のえもいえぬ匂い。

生い茂る草を踏み締め、進むと白鷺の真っ白な羽がそこかしこに散らばっていた。

孵化した後だろうか
割れた卵の殻も転がっていた。

社の入り口には、「竜宮の松」と書かれていた。
琉球にとって松は象徴的である。
私の母方の祖先の名前にも「まつ」がたくさんついていた。

ひとり、しばらくその中で拝んだ。

(しばらくは、私から動物園のようなものすごいかおりがしたかもしれません…)

鏡宮 加努弥

忘れられず、二度目の訪問。
朝熊神社と鏡宮。

蟹が居ますよ。とはきいていたが
人生でこんなに蟹を見たことがない…👀
というくらいに夥しい数の蟹が走り去っていく。

朝熊神社は、御前の神がとても気になる。
そして、鏡宮と加努弥神社が、好きだ。

御塩殿神社から松下社へ

久しぶりに御塩殿神社へ。
ここも好きなお社。

いつも、うつくしく掃き清められている。
砂は、ふわふわほろほろしていて落雁のよう。

ちょうど清掃の時間でお掃除をされていたので、ご挨拶。

いつも美しいこの社が大好きで、きょうは地元の方に連れてきていただいたんです。とお話をすると
笑顔でお社のパンフレットを下さった。

とても嬉しかったので、深々御礼を申し上げ
また参ります。とお別れした。

後からみると、堅塩をつくっていらっしゃる方だった。
塩をつくられる頃また来たい。

潮汲みは、友枝昭世先生の能の融を思い出す。

そして、ここまで来たからには、松下社に寄りたい!

せっかくなので、松下社に行きませんか?
潜島でのご縁は、松下さんからなので、出逢うはずもない人たちがこうやって集まるのは不思議なもんです。
蘇民でソフトクリームを食べましょう!

という私の提案にのって下さり
そうやなぁ!と、一路皆で松下社へ。

そもそも、私が潜島に行こうと決めたのは
12月の月次祭で伊勢に向かう電車の中、朝当日だった。
松下駅で降りて松下社で道中心細いと道案内をお願いした。

その場に現れたおふたりは、どうやって約束したのか。
前からそこへ行くことが決まっていたのか。
疑問だったので尋ねてみた。

すると、当日の朝決まったと仰る。

同行者のAさんは、道先案内人のBさんから、しばらくぶりに電話が鳴って、突然、満月で潮がどうのこうの言うたはって、何言うてんのかさっぱり分からへんけど、きょう今から行こう。って。

Bさんは潮見表をみたら、きょうやな。と思って電話した。と笑ってらした。

不思議…💭

到着すると何やら祭をやっていて
御扉がひらいていた。

せっかくなので、奉拝させて頂く。
感動的だった。

氏子のおばぁちゃまが、正式参拝はこっちから入って
こっちからでるんよ。そこの水は湧水でね。と色々教えて下さった。

きょうは夏のお祭りなんだそう。

氏子総代の方が宮司さんにあそこの木もお祓いして下さい。こっちも。とお願いされるがままに宮司さんがお祓いをされていた。

記念に御札を買おうと、社務所にいらしたおじいさまにお声がけすると、はて…いくらやったかなぁ💭
とのこと。

やっぱり松下社は、大好きなお社だなぁ。と噛み締め
皆でソフトクリームをたべた🍦

御卜

今回は晴れ🌞

三つの出来事があった。

ひとつ
初めて御卜を奉拝した時からの知人の衛士さんがその日も警備をされていて、色々とお話をした。
謎のご縁で、訪れるたび何度も何度も会う。
お会いすると、何故かほっとする。

ふたつ
人ではない何かから名前を呼ばれた。
それが何かは分からない。

みっつ
ご正宮の前にいるというのに
夕暮れの桃色の空の下、何故か花の香りが漂ってきた。
そして、それは何故か明確に梔子の花の香りだと感じた。
微かではなく、はっきりと香る。

私は花に詳しくない。
梔子の花がどんな見た目でどんな香りなのか全くわからないのに、何故かそれが梔子だという確信があった。

梔子とは何か意味があるのだろうか…。
宿の部屋に戻りぼんやり調べてみたが、さっぱり分からなかった。

梔子と斎王

翌日、今回の旅の目的地、千田に向かっていた。
と、その途中、倭姫機織所という場所が目に入る。
瞬時に参らねばならない。と思った。

山の上まで登り、訳も分からず機織所を目指す。
不思議な場所で、またしても完全なる御嶽だった。

機織所の岩壁の前に立った時
昨夕、内宮で香ったのと全く同じ香りがした。

梔子の香りがする!

衝撃だった。
匂いのする方角を向くと群生して花が咲いていた。
花弁に顔を近づける。

間違いなく同じ香りだ。
この花が梔子か分からず、梔子の画像を検索したところ
見た目の特徴も一致した。

姫梔子…ヒメクチナシ…。

何とも言えない気持ちになった。

さらに少し登ると、小さな鳥居とお社があった。
どなたが祀られているのだろう。

みると倭姫と書かれていた。
そして、その社の前にも、また梔子が生えていた。
他の場所にはなく、明らかに意図してそこに生えている。

しばらくその場に居たい気持ちになり
梔子の香りが漂う社の前に腰を下ろした。

吹く風はなまぬるかった。

翌朝、早朝参拝で内宮を訪れた際
内宮で香ったあの香りが気になった。
梔子は何処かに生えているのだろうか💭

そんなことを考えながら歩いていたら
また、あの香りがした。

驚き目をやると、目線の先には梔子が生えていた。
それは斎館の入り口であった。

驚きすぎて声も出なかった。
口なし…。

斎王と梔子は密接な関係であることだけはわかった。

千田姫と神の田

千田は、倭姫の田の隣にあった。
ここでは、ちだ。と呼ばれている。

池は涸れていて、その背後は竹藪…。
竹…。

この地にはかつて鏡が祀られていた。
ということは水が通っていたのだ。

祓の場でもあった筈である。

涸れた御池を前に、立ち尽くすしかなかった。
ここから何を汲み取るべきか。

まだ分からないまま。

後日談として、東京へ戻りタクシーに乗ったら
レシートが、千田タクシーだった…。

以前、玉箒の夢をみた時は、箒タクシーだった。
二度と見ないレシートだ。

消化しきれていない時は、気づくまで追いかけてくる。

賀茂 松尾

二見を以前バスで走っていた時のこと
バスの中で、何この場所!気持ちいい!という場所があり、慌てて地図をひらくと
賀茂、松尾、という場所だった…。

ご縁しか感じないので、その日は賀茂神社を訪れた。

磐座の前で手を合わせた瞬間
磐座の上に美しい蛇が音もなく現れた。

日の光で光っていた。
息を飲む。

松尾大社でお会いした蛇にそっくりだった。
いくらなんでも続き過ぎて驚く…。

大嘗祭のこと

大嘗祭のことがずっと気になっていた。

千田、神田、斎田、神米💭

皇學館で出されている出版物で気になる冊子があり購入。
京都吉田神社社家の鈴鹿家の資料による大嘗祭に関する冊子だ。筆者は、加茂正典氏

吉田神社、鈴鹿、加茂、大嘗祭、かなり濃いキーワードだ。

冊子を購入し、自宅へ戻り、数日。
早朝にニュースが流れていた。

皇學館が大嘗祭の資料として、神職・鈴鹿家の資料を新たに収蔵。というもの。

え。
瞬きした。

私が購入した冊子は、平成27年に刷られたもので
最近の話ではなかった。

少し先に起こる何かが、事前にやってくることがある。
不可思議。

夏至 【転籍】

月次祭にて、正式参拝をして決意表明したものの
記載した紙をいつ出しに行くかは決めていなかった。

夏至の日、私は鍼を予約していたが唐突に
家に来客が来る急用が発生し
家中のモノを捨て清掃に励む必要があった。

鍼をキャンセルしたが、その週にウイルス性胃腸炎をもらい寝込み、来客もキャンセルになった。

家中の不用品を捨て、整え
あぁ、、、人を迎え入れると考えると
客人はこうだったら気持ちいいだろうな。と考えるのに
自分にはなんて粗末な応対をしてきたのだろうか。
と思った。

この身体すら、天からの預かりものであるのに
自分自身のような気になっているのだ。

その日が夏至であることは気づいていなかったが
ポッカリあいた夏至の早朝、唐突に用紙を提出するのはきょうだ!と思った。

土曜日だけど、区役所は開庁日
ヨシ!と早朝いそいそ区役所へ向かった。

太陽の力が最も強く
すべてが切り替わるきょう以外、ありえないという気持ちだった。

道すがら、不意に
あれ?と違和感を感じ立ち止まる。
きょうは本当に開庁日か?
サイトを見直すと、間違えていた…。
開いているのは来週。

絶対にきょうだと思ったのに
何をやっているんだろう…。

引き返すしかないな。と携帯をみていたら
伊勢の某氏からの連絡。

たわいない雑談のメッセージをやり取りして
私は、本籍地の変更に区役所に出かけたら、今サイトを見直したら休みで
今から帰るところだ。と伝えると

結婚の人とか休日窓口で出さはるし、開いてるんちゃうかなぁ。きっと出せるよ!とのこと。

確かに…👀
御礼を言って、区役所へ向かう。

婚姻届、死亡届はコチラ。
という看板があった。

ご年配の男性が受付に座っていらしたので
あのーー…。結婚でも死亡でもなく、転籍なんですけど
用紙は受理いただけますか?

とお尋ねすると
転居じゃなくて、転籍ですか?
と仰るので、ハイそうです。
と言うと、笑顔で受け取ってくださった。

‼️
🙌🙌🙌

すんなり手続きが終わり
先程、きっと出せるよ。と言ってくれた某氏に
何度も御礼をお伝えした。

来客の予定が無ければ、鍼に行ってた。

鍼に行ったら区役所には来れなかった。

胃腸炎をもらわなければ、来客対応で区役所には来れなかった。

何故か開庁日を勘違いしなければ、家を出なかった。

たぶん大丈夫。という連絡をもらわねば
きっと引き返していた。

いくつかの偶然が重なり、夏至に伊勢への転籍が叶った。

京都から神奈川に転籍した時、かなしかったんだ。
ということにようやく気づいた。

何故か涙が出て、初めて自覚した。

戻すなら京都なんだろうなと
ずっと思っていた。

人生って分からない。

区役所をでたら公園でリスが踏ん張っていた。
かなりの踏ん張り。


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