なんでも話せて、なんでも聞ける場が、社会には存在しないからこそ、意味を生む宇都宮読書会
いまの社会に「気軽になんでも話せて、なんでも聞ける場」はあるのか。
ふとした違和感に対する僕の答えはNoだ
なんでも話せる場があるように見えて、
実は「目的」「成果」「評価」が前提に置かれている。雑談ですらそう。
自由に話せる雰囲気に見えて、
無意識のうちに空気を読み、忖度し、周りを気にしてる。
ビジネスにおける会議でも、教育現場でも、家庭の中でも、子どもとの間でも、SNSでも同じ。「相談」「商談」「コーチング」「カウンセリング」も同じ。
だからこそ、「なんでも話せて、なんでも聞ける場」を作ることは、すごく意味があると思っている。
なぜ?
それは「関係性よりも成果が優先される社会」になっているから。
話すとは「情報を伝える・得る手段」であり
聞くことも「情報を得る・判断する」ことが目的になってしまっている。
しかし、人は本来、「話すこと」「聞くこと」そのものに喜び、充実感、癒し、創造性を感じる存在。
目的がなくても、整理されていなくても、
言葉が交わされること自体に意味が生まれる。
目的を持たないという目的。
僕が主催する「宇都宮読書」には、結果として、様々な人が集まってくれています。
・ただ話したい人
・アドバイスが欲しい人
・頭の中を整理したい人
・難しいテーマを一緒に考えたい人
ありがたいことに皆が共通して言うのはこうだ:
「ここでは、変に気を使わずに、自分のことをそのまま話せる」
「ちゃんと聞いてもらえるだけで、こんなに心が整うなんて思わなかった」
「はじめて会った人たちなのに、昔から繋がっているような感覚になる」
このような場は、“あえて"作らない限り生まれない。
だからこそ、「なんでも話せて、なんでも聞ける場」は、今の社会において貴重で、必要不可欠な文化的営みなのです。
どうしてそのような場が作れるのか?
それは会話、関係性の思想の核に「無」であり「空」を添えているから。「色即是空 空即是色」を体現しているから。
それは、良い悪い、正しい間違っている、必要不要、やるやらない、と言った、相対的な意味を詰め込まず、心と思考に余白を作りながら話す。"今ここにいる人として"接するからです。
相対的、分別する、二元論的領域を捨て去る状態が「無」であり、「空」の状態。プラスでもマイナスでもない、ゼロ地点。
※この著書、記事が分かりやすいので勝手ながら共有させていただきます。
もし、この価値に少しでも何かを感じたなら、
その感覚を無視しないでほしいです。
・個人として
・組織として
・社会として
「そんな場、あったらいいな」そう感じたなら、
ぜひ一緒に、この“ただ話せる場所”を守り、育ててほしいです。
それは、ただの対話の場ではなく、
人が“人で在ること”を取り戻す、社会の希望そのものになると信じて。
『人に決められてきた人生から、自分で決める人生へ』
常識や固定観念に囚われず
他人や環境に左右されることなく
自分のルールを自分で決めていく生き方
それが納得の人生
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