28歳シングルマザー|祖母との別れをきっかけに家族のお金と向き合った話
こんにちは。ichiです。
3歳息子と6歳愛犬と暮らしているシングルマザーです。
30歳までに、離婚、介護、看取り、墓じまい、永代供養、実家じまい、戸建て購入などいくつもの大きな出来事を経験した私ですが、ハードモードな人生の始まりは、祖母との別れでした。
私は小さい頃から祖父母と一緒に住んでいました。
シングルマザーの母の代わりにいつもご飯を作ってくれていたり、その日あったことの話をうんうんと聞いてくれたり、優しくて可愛い祖母が大好きでした。
結婚で一度は地元を離れましたが、子育てするなら地元が安心でしたし、闘病中だった母と認知が進み始めた祖母が心配だったので、実家に行きやすい地元に戻ってきて、頻繁に様子を見に行っていました。
異変から別れまで1週間
祖母は時折、「胃が痛い」と言っていました。
もう歳だし病院行っとこうと言っても、「病院代かかるからいいよ」「横になったら治るから」と、中々病院に行きたがりませんでした。
母も闘病中だったので通院に付き添うのも大変だっただろうし、私も育休復帰直後で休みを取りづらかったし、かと言って1人で行かせることもできないし。
ある日母が「何かおかしい」と異変を感じたようで、祖母を病院に連れて行ったところ、すぐに大きい病院での検査を勧められました。
ケアマネとも連携し、翌日朝イチで予約が取れました。
そして翌日、大きい病院で検査は始まり、CTも撮ることに。
当時私は出社していましたが、母からの連絡を見て「別れを覚悟しないといけないかも」と心がザワザワし、仕事が手につかなかったことを覚えています。
結局いてもたってもいられず、すぐに介護休暇を申請し、早退しました。
保育園にも、少しお迎えが遅れるかもしれませんと連絡をしてからすぐに病院へ向かいました。
祖母の診断結果は、「大動脈瘤破裂」でした。
そして、1週間後に息を引き取りました。
悲しむ間もなく現実が押し寄せてきた
祖母が亡くなり、入院費や葬式代など、すぐにお金が必要になりました。
祖母のお金は母が管理していましたが、口座凍結される前にお金をおろしておこうと、一度私が通帳を預かりました。
そして、気付きました。ギリギリの年金生活をしていたことに。
今まで生活費はどうしていたのか。
特養に入っている祖父の施設費はどうしているのか。
母に聞いてみました。
今までもお金のことは心配で聞いていましたが、「ichiには迷惑かけないから」と詳しいことは教えてくれなかった母が、不安からか、とうとう話してくれました。
・母の収入と貯金で、生活費と特養の費用を払っていること
・祖母の年金を、生活費の足しにしていたこと
・祖父の年金を、祖父の借金返済に充てていること
祖父に借金があるのは知っていましたが、残っている額を聞いて頭を抱えました。4桁万円も残っていました。
"え、待って"
"……え?そんなに残ってたの?"
"いやこれいつ貯金が底をつくのって話じゃん…"
祖母が亡くなると、当然年金が入ってこなくなります。
つまり、今までなんとか成り立っていた生活が、年金収入がなくなることによって母の貯金が減るスピードが速くなってしまいます。
そして、母に聞きました。
「貯金は残りいくらなの?いつまでもつの?」
母は答えられませんでした。
母は昔から、悪い状況でも前向きに考えられる人でした。それは母の良いところでもあります。
でも、この時ばかりは現実を見る必要がありました。
親を亡くしたばかりで、気持ちの整理もつかない中だったと思います。
でも、残された人の生活はまだ続く。
このままではまずい。
そう思い、私はお金の整理をすることにしました。
これからの生活のために、家族のお金と向き合った
貯金が底をつくまでのタイムリミット
まずは、母の貯金がいつ底をつくのかを確認する必要がありました。
当時、私は離婚の話が進んでいたのでいずれ母や祖母との同居を考えていました。そんな矢先に祖母が亡くなってしまったので、なるべく早く母との同居の準備を進めなければと。
私は月の収支を確認するために項目を洗い出し、母に金額を確認してもらいました。そして、母の貯金がいつ底をつくのか計算しました。
すると出てきた結果は、半年。
ここでまず、半年以内には同居を開始させようと、ひとつ目安ができます。
様々な問題がある中で、どう立て直すか
でも、問題はまだ山積みです。
・祖父の特養の費用が払えなくなること
・祖父の借金が4桁万円も残っていること
・どこに住むのが最適なのか
私と息子たちが実家に戻ってくれば、私が家賃を払う必要がなくその分祖父の特養の費用に充てられます。母も長年住んでいる実家なのでそのほうが安心だろうなとも思いました。
でも、私の収入で払える家賃よりも特養の費用のほうが高かったので、ちょっと背伸びをしないといけなかったのです。
そこで、毎月の返済額を減らすことができないか、銀行へ相談しに行くことにしました。
毎月の返済額を減らすことができれば、実家に住み続けることができるかもしれないと思ったからです。
私は、母のためにも、自分のためにも、息子のためにも、実家を残したい気持ちがありました。
理想と現実の間で、最適解を考える
母と一緒に銀行へ行き、事情を伝えた上で相談してみました。
・祖母が亡くなったこと
・年金収入がなくなることで生活が厳しくなったこと
・祖父は特養に入っているから本人は窓口に来られないこと
・毎月の返済額を減らしてもらうことはできないか
銀行の回答は、こうでした。
「毎月の返済額を変更することは難しい」
「家が担保になっているため、売却することが一番現実的だと思います」
・・・やっぱりな。
ある程度わかってはいたんです。
家を売れば、借金が完済できる。
借金が完済されれば、祖父の年金を特養の費用に充てることができる。
そうしたらお金の心配がなくなることは、私も母もわかっていました。でも、そう簡単に家を手放す覚悟はできなかったのです。
実家じまいの経験がある人はわかってくれるかもしれませんが、なんと言っても寂しい。実家にはたくさんの思い出が詰まってましたから。
加えて、母は音楽家だったのでピアノが数台置いてあり、家を売却したらピアノも手放さないといけないと、そこまで覚悟しないといけなかったのです。
それでもやっぱり実家を手放すしかないのかと落ち込んでいた矢先、私にとって、ひとつの光となることを銀行の人が教えてくれました。
それが、「親族間売買をする」ということ。
親族間売買という選択肢
銀行の人はこう言いました。
「家を売る方法は2つあって、1つは市場に売りに出すこと、もう1つが親族間売買をすること。おじいさんが特養に入っているなら認知機能が落ちないうちにしないとできないので、急いだほうがいいです。」
この時初めて「親族間売買」という言葉を聞いた私は、家に帰って調べてみました。銀行の人が教えてくれた以外にも色々問題はあり、難易度も高いとわかりましたが、挑戦してみる価値はあると思いました。
どうすれば、みんなが安心して暮らせるのか。
生活面、金銭面、環境面などそれぞれ何かしら諦めなきゃいけないことがある中で、家族にとっての最適解は何か。
そうずっと考えていたところに親族間売買という方法があることを知り、「これなら家族も家もお金も守れるかもしれない」と、希望が見えました。
・・・でも、現実はそんなに簡単ではありませんでした。
親族間売買への挑戦についての詳細はまた別の記事で書きたいと思いますが、結論、この方法を取ることはできませんでした。
そして私たち家族は、実家を手放す決断をするしかなくなったのです。
家族を守るための大きな決断
実家を手放すことは、本当に寂しかったです。そして、まさか自分がここまで大きな決断に関わるとは思ってもいませんでした。
小さい頃から過ごした家。
母が長年暮らしてきた家。
祖母との思い出もたくさん詰まった家。
できることなら、残したかった。
でも、実家を売却することで祖父の借金も完済でき、それまで借金返済に充てていた祖父の年金を特養の費用に回せるようになり、家族のお金に対する大きな不安は解消されたのです。
実家を守ることはできなかったけど、家族を守ることはできた。
そう思うようにしています。
親族間売買に挑戦した話や、実家じまいについてはまた別の記事で書こうと思います。
ここまで読んでくださりありがとうございました。
