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毎日BL短編小説③「冬の公園、隣には」

冬×男子高校生×マフラー

 冬の寒さが骨に染みる日だった。
 頬を撫でる風が冷たく、首元に巻いた赤いマフラーに顔を埋める。
 駅から徒歩十分、自転車で飛ばせば五分。
 駅前の大通りを抜けた先に、この地域で唯一の男子高、若葉台高校がある。
 寮も完備しているが、電車で通いやすい立地と、それなりの偏差値とそれなりの進学就職率で、それなりに人気のある学校だ。
 かく言う俺も、通いやすさと、学力が相応だからという理由で進学先に選んだのが、この高校だった。本当は共学がよかった。かわいい女子と一緒に並んで登校したかった……。
「おはよ、イノッチー」
「ぁだ、」
 道行く背中は、皆ブレザー。ミニスカタイツなんていやしねえ。
 切ない光景に遠くを見ていると、後ろから膝をかっくんとされて、バランスが崩れる。
「はよ」
 顔を上げると、満面の笑みを浮かべている佐東と、その隣で手を挙げる水上の姿がある。
 ふたりとも、クラスメイトだ。
「朝からどーも」
「何ぼーっとしてんの? 朝から!」
「どうせ女の子のこと考えてたんだろ」
「はあ? なんでわかるんですかー」
 朝から元気な佐東に続く呆れ顔の水上に、半眼で答えると、「正解じゃん!!」と佐東が噴き出して肩を叩いてきた。
「ってえな!」
 腹が立って佐東の茶髪をわしゃわしゃと撫で回してやると、「きゃー!」なんて楽しそうな声が上がる。小学生か。
「一年の頃からずっとだろ、女子に飢えてる」
「おまえらは! 飢えてねーのかよ!?」
 佐東の首を軽く締めながら勢いよく言うと、佐東と水上が目を合わせた。佐東はツリ目ででかい瞳、水上は垂れ目で切れ長の瞳、対照的なくせ、肩を竦める仕草が同時なのはどういうことだ。
「だって男子高だしねえ」
「今更喚いてもな」
「諦めがよすぎる!」
 それでもおまえら、健全な男子高校生か!?
 佐東の身体を離して言うと、佐東がけらけらと笑う。何がおかしいんだ。
「じゃあさ、イノッチー。してみたら?」
「あ? なにを」
「合コン!」
 童顔で中身が小学生の佐東が、ニッコリとした満面の笑みを浮かべて提案した言葉に目を丸める。その頃には既に、校門が見えていた。

 合コン。合同コンパ。男子と女子が入り乱れる禁断の花園。
 興味がないと言ったらウソになる。
 いや、正直、期待をしていた時期もあった。
 男子高といえども高校生、そういう出会いに飢えていて、毎日のようにそんな機会があるんじゃあないかと。
 だが、現実は無情……。
 高校に上がって、右も左も男ばっかりで、女のおの字も出やしねえ。
 出したら出したで、ギラギラと飢えた獣の男子高校生たちが狙ってるんだ、自分の姉や妹、女友達の話題なんか、罰ゲームでもなきゃ出すわけがない。
 すっかり期待するのも忘れて一年が過ぎ、二年になり、もうすっかり寒い季節になってしまったが、期待してもいいのでしょうか。
「合コン?」
「そ! イノッチがさあ、どうしてもしたいんだって!」
「おいおいおい何話広めてんだ佐東てめえこのやろう!」
 教室に着くとほぼ同時に、でかい声で俺の名前で話を広めやがる佐東の首根っこを、再び掴む。それを見て楽しそうに笑っているのは浅木だ。
「いいな、開くんなら俺も呼んで」
「当てがねえんだよ当てが!」
「りょーすけ、当てない?」
「ぶは、当てがあるなら今頃カノジョ三昧じゃね?」
「たーしかに」
 訊いておいてあっさり納得する佐東の首を離してやって、一番端、廊下側の席に向かう。
 扉にも一番近いこの席は、外の外気が入ってきて寒いハズレの席だ。
 ガタンと音を立てて椅子に座ると、前の席の鈴木が振り向いてきた。鈴木はぽっちゃり体系の丸顔で、どこか憎めないやつだ。
「井上、合コンしたいの?」
「おまえもかよ!」
 どいつもこいつも、そういう話に食いつくのが早すぎる。
 マフラーを外しながら突っ込んだら、鈴木が肩を揺らして笑った。
「ハルの声がでかすぎるんだよ」
「たしかにー」
 ハルというのは佐東のことだ。名を、佐東晴也と言う。お祭り男のような底抜けの明るさに似合う名前で、俺には少し眩しい。
「俺の彼女の友だちもさ、したいんだって。合コン」

「は?」

 今、さらっとこいつはなんと言った?

 ガタッ、と、クラス中の椅子が動いた音がした。
 そう、ここは男子高。女のおの字を出そうものなら、獣たちが黙っちゃいない。
「陽太その話詳しく!」「俺も!」「俺にも!」「はいはいはい彼女募集中!!」
 一気に、鈴木の席の周りに男たちが集まって来やがった。
 もちろん、興味ないですよなんて顔をしている奴らもいるが、そっちの方が少数だ。
「さすがに、全員は無理かなあ」
「つーかおまえカノジョいたのかよ! 誰!?」
「小学校から付き合ってて」
「リ・ア・充どかーん!」
 爆発させたがっているのは白瀬だ。浅木も興味津々の顔で身を乗り出している。
「今女子高に行ってるんだけど、友だちも出会いがないって言ってるみたいでさ」

 ――女子高?
 ――女子高と男子高が合コンしたら、それはもう必ず、生まれるんじゃないでしょうか。
 
「出会いってやつが!」

 俺は思わず、机の上に足を乗せて、勝どきを上げていた。

「イノッチとは限んないけどねえ」
「うるせーぞ佐東!」
「うるせーぞ井上ー、机から足降ろしなさい」
 のんびりという佐東に突っ込んでいたら、ガラガラと前方の扉が開いて、担任である宮原先生が顔を出した。無造作な黒髪、分厚い眼鏡、数学教師なのにワイシャツの上から白衣を着ている。まだ若いのに、あまりやる気が感じられないが、熱血ではない分気が楽だった。
 先生から注意をされて大人しく椅子に座り直したが、心の中は気が気じゃない。
 その日のホームルーム、いや、授業は、上の空のうちに幕を閉じた。
 それはきっと、俺だけじゃない。

 「じゃあ、彼女に聞いてみるね」鈴木が別れ際にそう言い残してから、早二週間。あれよあれよと話が進み、冬休みに入る直前に、女子高との合コンが実現する運びとなった。
 と言っても、俺たちはまだ高校生。居酒屋なんかじゃなく、カラオケの広い一室で、パーティ料理を食べながら、いろいろな話をする程度だ。(店の予約も、料理の注文も、鈴木が全部仕切ってくれた。俺は今度から鈴木を神と呼ぼうと思う)
 鈴木を含めて、男は四人。鈴木のカノジョを含めて、女も四人。
 テーブルを挟むようにして座り、最初は緊張しまくりだったが、なんとか打ち解けて、雑談に興じるようになった。
 男の席は二つしかなく、壮絶な争い(じゃんけん一発勝負だ)を経て勝ち取った。
 俺ともう一人、西山が、スマートな仕草で女子に飲み物を渡している。いやおまえ、ここに来る必要あった?
 鈴木と、俺たち、じゃあ残る一枠は誰かと言うと、

「どうも、鈴木侑太です」

 自己紹介をしただけで、女子たちから、「きゃあ」と歓声が上がるなんて、芸能人以外に有り得るか?

 どうやら、「鈴木のカノジョの友だち」は、最初から、「鈴木の弟」を目当てに合コンをしたいと思っていたらしい。
 鈴木はそれに気付いているのかいないのか、「絶対弟は連れてきてって言われててさあ」と困ったように笑って理由を説明しただけだった。
 ぽっちゃりで背が低く、人のよさそうな笑顔が癒し系である鈴木とは似ても似つかない。
 180はあるであろう長身(俺でも少し見上げないといけない)、さらさらの黒髪ストレートヘア、切れ長の黒い瞳と、通った鼻筋。非の打ちどころがない。こりゃあ、俺が女の子でも、弟くん一択だな。
 女性陣の目はハートだ。鈴木のカノジョは鈴木にハートだ。唯一弟くんを見ていない子は、西山に釘付けだ。わかるぞ、西山もイケメンだもんな……。
 つまり、ここには、俺の居場所はないってこと。
 はーあ。
 ありがとう現実、さようなら理想。
 空になったグラスを持って、息を吐く。
 顔を上げると、女性陣から質問攻めに合っている弟くんのグラスも空だったから、手を伸ばしてそれを取った。
「何飲む?」
「え」
「ついでだから」
「じゃあ、コーラ、で」
「りょ」
 交わした言葉はそれだけだったけど、遠慮がちに頼まれた言葉を、不思議と嫌とは思わなかった。これだから、イケメンは。
 メロンソーダをなみなみ注いで、ついでのコーラも上手い具合に調整して、再びハートが行き交うカラオケの部屋へと戻った。
 そこから先は、まあ、お察し。

 「絶対連絡してくださいね! 絶対!」
 はい、イケメンは帰り際もモテモテです。
 高校生らしく、日が落ちたら解散になったわけだが、女性陣から押しに押されている鈴木弟は、困ったように眉を下げるだけだ。鈴木兄はカノジョと次の約束をするのに夢中で、西山と西山の傍にいた女の子は気付いたら消えていた(これが不純異性交遊ってやつか)。仕方ねーなあ。
「はいはい、俺も俺も。連絡してきて」
「えー?」
「ほら、俺男子高だし。好みのメンズ紹介できちゃうかもよ」
「じゃあ、一応しとこっか」
「上から~?」
 軽い調子で言うと、女の子たちがくすくす笑う。
 スマホを差し出して連絡先を交換すると、かわいらしい自撮りのアイコンが見えた。
 熱望した女の子の連絡先だが、まあ、彼女たちの目は俺を通り越してイケメンに向かってるんで、全くもって嬉しくない。
「はい、解散な! 解散! またねー! 鈴木兄はおしあわせに!」
「あ、うん、またねー」
 鈴木兄はぽやっとしている。
 手を振って見送ってくれるもんだから、なんとなく、鈴木弟の背中を押して、その場を後にしていた。

 「な、なんか、すみません……」
 そして今は、公園だ。
 商店街を外れたところにある寂れた公園のベンチに座るイケメンに、缶のココアを手渡してやる。
「ありがとうございます……」
「すげー疲れた顔してるけど、だいじょぶ?」
「実は、ああいう場所、苦手で」
 げっそりしながらそう告げる弟くんに、ぶは、と思わず吹き出してしまった。
「いやなんで来たし!」
 超絶イケメンが来なかったら俺にも少しは可能性があったかもしんないでしょーが!
「兄さんがどうしてもって言うから……」
「兄貴に弱みでも握られてんの?」
「まさか! 兄さんはいつも優しくてしっかりしててなんでもできて、」
「あーそーですね」
「だから、少しでも兄さんの役に立ちたかったんです、けど……」
 はあ、と深く重いため息が吐き出され、俺もベンチの隣に座った。
 顔を上げると、星が浮かぶ空が見える。冬は、日が暮れるのが早い。
「結局、うまくしゃべれずに、盛り上げることもできなかった……」
「いやめちゃくちゃ盛り上がってたじゃん」
 少なくとも、女の子は、目がハートだったぞ。
 俺が言うと、鈴木弟は顔を上げて俺を見る。
 情けなく眉を下げてちゃ、イケメンが台無しだぞ。
「だいじょーぶだいじょうぶ、女の子はイケメンがいるだけで喜ぶんだから」
「イケメン……」
「自覚ねーのかよ、こわ」
「井上さん、は」
「おう」
 名前を覚えていたらしい。
 恐る恐ると名を呼ばれ、鈴木弟を見ると、目が合った。

「俺のこと、イケメンだと思いますか」

 うわ。
 うわー。
 黒い瞳で真っ直ぐと見つめられてそんなことを囁かれると、ドキリとする。
 思わず目を逸らして、缶コーヒーを一口飲んだ。
 マフラーも着けていない首元が寒そうに見えて、俺は、自分の首元に巻いた赤いマフラーを、鈴木弟の首に無理矢理巻いてやる。
「わ、」
「寒そう!」
「す、すみません……?」
「ほら帰んぞイケメン、先輩が送ってやろう」
「あ、ありがとうございます?」
「おーおー、感謝したまえ」
 なんて軽口で誤魔化して、立ち上がって歩き出した。

 くそ。
 イケメンは卑怯だ。
 女の子の気持ちが少しだけわかってしまった。

 次の日、学校にて。
「ねえ、井上」
「おー、昨日はサンキュな」
「侑太がどうしても井上にまた会いたいってうるさいんだけど、何かした?」
「――は?」
 これから年下のイケメンに無駄に懐かれることになるなど、そのときの俺には知る由もない。


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