見出し画像

母親になる悲しみは、親友が死ぬときのそれのようだった|母を脱ぐ



母親になることは悲しみだった。それを、認めてもいいじゃないか。


母親になる悲しみは、親友が死ぬときのそれのようだった

 否応なく変わっていく自分の身体に、恐怖と深い悲しみを覚えたのは、妊娠がわかってすぐのことだった。

そこかしこで言われていたような妊婦の幸せな光景とは程遠く、吐き気や怠さ、微熱といったマイナートラブルが襲う。

これまで自分で制御してきた身体が、全くの制御不能になって、まるで異生物に乗っ取られたような不快感が続く。(実際に自分とは違う生命が腹の中に巣食っているのだからこの表現はあながち間違いではないと思う。)

自分の身体が勝手に変わっていく恐怖は、妊娠経験のない人にどの程度伝わるのだろうか。

ホルモンバランスの影響か、やたらとイライラして、突然涙が出たり、電車に並ぶ他人への異常な嫌悪、身体だけでなく、わたしを形作ってきた心までもが、じわじわと侵食されていくのが手に取るように分かった。

「あぁ、わたしがわたしではなくなっていく。」その悲しみは、二十数年ものあいだずっとそばにいた自分という親友がじわじわと死んでいくのを見守るような、そんな悲しみだった。


 それに加えて、妊娠中は当然ながらとにかく禁止されるものが多く、コーヒーやアルコール、タバコはもちろんだめ。

母親になる前のわたしを形成していたのは、殆どそれらだったし、わたしの世界はいつもぼんやりとタバコの煙で曇っていて、缶ビールで乾杯して、十数万円もするマルジェラのパンプスを履いた脚を放り出し、大音量の音楽の中に溺れたり、夜通し遊んで頭痛のする頭にアイスコーヒーを流し込んで仕事に行くような、そんな世界だった。

それが心地よかったし、確実にそれはわたしを形成する一部だったと思う。

世界は一変して、あの頃わたしを取り巻いていたものは一掃され、手持ち無沙汰だった。何をして良いのかわからなかった。

それまでいた環境は、退廃的で自堕落だったけど、どこまでも自由なその生活を、とても愛していたことを思い知らされた。

ただただ悲しくて、あの世界はもうわたしには戻ってこないんだと、子供のために新しく引っ越したアパートの一室で泣いた。

ここまで一緒に生きてきた、どうしようもなく自堕落で自由奔放で考え無しで馬鹿げていた、大好きだった自分は死んだと思った。

これからは、守るべきものがあってその身体は重く、命の重責を抱えて、もうどこにも行けなくなってしまったわたしと生きていかなくてはいけない。


 子どもを持つことを決めた自分をほんとうに馬鹿で浅はかだと思ったし、同時に今まさに腹の中で心臓を鳴らしている小さな命を守りたくて、こんなにも大切で愛おしく、失いたくないものが出来たことが、苦しくて、苦しくて、吐き気がした。




エッセイ集『母を脱ぐ』
全19編
Amazonにて販売中

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集